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私の誕生日に、彼は決まって別の女へ手紙を書く

私の誕生日に、彼は決まって別の女へ手紙を書く

By:  桃瀬乱破Completed
Language: Japanese
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毎年、私・佐伯美月(さえき みづき)の誕生日が来るたび、婚約者の高橋悠斗(たかはし ゆうと)は決まって書斎にこもり、誰にも見られないよう、手紙を書いていた。 ある年、私がそのことに気づくと、悠斗は少し照れくさそうに笑って言った。 「結婚したら見せるよ」 その言葉を、私はずっと信じていた。きっと私へのサプライズなんだと思って。そう信じて、1年、また1年と待ち続けた。 そして、入籍前日。 悠斗は取引先との会食で酔いつぶれ、帰宅するとソファへ倒れ込んだ。 「手紙……見たか……?」 酔ったまま、かすれた声でそうつぶやいた。 それって、今、見てもいいってこと……? 胸を高鳴らせながら、私は書斎へ向かった。机の引き出しを開けると、きれいに束ねられた手紙が何通も入っていた。 震える指で、1番上の封筒を開いた。けれど、最初の1行を読んだ瞬間、頭の中が真っ白になった。 【紗妃。俺が美月と付き合ってても、お前は本当に何とも思わないのか?】 その名前を目にした瞬間、息が止まりそうになった。 朝倉紗妃(あさくら さき)。私が誰よりも信じていた親友だった。 信じられない思いのまま、私は慌てて他の封筒を開いた。 【紗妃。今日は美月の誕生日で、うどんを作ってやった。でも、海外にいるお前はちゃんと食事ができているのかと思うと、胸が苦しくなった】 【紗妃。美月とキスをするたび、お前のことを思い出してしまう。俺はどうすればいい?】 最後の1通の日付は、2か月前。 そこに書かれていたのは、たった1行なのに、その短い言葉からは、紗妃への想いを諦めきれない気持ちだけが痛いほど伝わってきた。 【ごめん。俺は美月と結婚する】 気づけば、私は手紙をぐしゃぐしゃに握り潰していた。 そのとき、不意にリビングから悠斗のスマホが鳴り響いた。画面に表示された名前を見た瞬間、私は息をのんだ。 紗妃。 私は震える指で通話ボタンを押した。 次の瞬間、受話器の向こうから、今にも泣き崩れそうな声が聞こえてきた。 「悠斗!ちゃんと避妊したって言ったよね!?なんで私、妊娠してるの……!」 私はしばらく黙ったまま、その声を聞いていた。少し間を置いてから、ようやく口を開いた。 「……悠斗なら寝てるわ。明日、かけ直してもらえる?それとも、私が伝えてあげようか?」

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Chapter 1

第1話

電話は、そのまま一方的に切れた。

全身の血が凍りついたようだった。耳鳴りだけが耳の奥で鳴り続けていた。

「……ごめん」

ソファに横たわったまま、悠斗がまた寝言のようにつぶやいた。

今度は、私の名前だった。

「……美月、ごめん……」

喉の奥がきゅっと締めつけられた。

苦しそうに眉を寄せる悠斗を見つめながら、思わず笑ってしまった。皮肉な笑いだった。

私と結婚することは、紗妃だけじゃなく、彼自身の想いまで裏切ることだった。

そのくせ、結婚前に紗妃と関係を持ち、私のことまで平然と裏切っていた。

私は無言でキッチンへ向かい、コップいっぱいに冷たい水を注いだ。

戻ってきた頃には、コップを持つ手が震えていた。次の瞬間、私はその水を悠斗の顔へ思いきり浴びせた。

「悠斗、起きて」

冷たい水が髪を伝い、頬からシャツへと流れ落ちていった。

悠斗は勢いよく目を開けた。怒るどころか、慌てて私の手をつかもうとした。

「ごめん、美月。飲みすぎた……あいつらに無理やり飲まされてさ……

変な夢を見たんだ。寝坊して、君と入籍に行けなくなって……君に嫌われる夢を見たんだ……

そうだ……今、何時だ……?」

そう言ってスマホを探そうとした悠斗は、私の足元に落ちていた手紙に気づいた。

その瞬間、酔いは完全に醒めたようだった。

悠斗は飛びつくように手紙を拾い上げた。

「……どこで見つけた!?」

さっきまでとはまるで違う声だった。抑えきれない動揺と焦りが滲んでいた。

「誰が読んでいいなんて言った!?」

私は冷たく笑うと、悠斗の手からスマホを取り返した。

通話履歴を開き、録音をそのまま再生した。

「悠斗!ちゃんと避妊したって言ったよね!?なんで私、妊娠してるの……!」

静まり返った部屋に、紗妃の叫び声だけが鋭く響いた。

「……これは、どういうこと?説明してくれる?」

「美月、違う。ちゃんと説明――」

悠斗が言いかけた瞬間、私は込み上げる吐き気に耐えきれず、洗面所へ駆け込み、その場で激しく吐いた。

その間にも、スマホの画面には何度も紗妃の名前が表示されていた。

私は知っていた。悠斗の心には、ずっと紗妃だけがいたことを。

高校時代、悠斗は3年間ずっと紗妃に想いを寄せていた。

卒業後、ようやく恋人同士になれたものの、その幸せはわずか2か月で終わった。紗妃が海外へ留学し、2人は別れることになったのだ。

一方、悠斗と初めて出会ったのは、中学時代だった。

彼の名前を初めて知ったのは、教室のどこかで誰かが「高橋悠斗!」と呼ぶ声を耳にしたときだった。

ちゃんと話すようになったのは、それから何年も経ってからだった。

社会人になってから、地下鉄で偶然再会したことがきっかけだった。何年も止まっていたLINEが、また少しずつ続くようになった。

ときどき食事へ行ったり、一緒にハイキングへ出かけたりするようになった。

そんなある日、私の誕生日だった。

お酒の勢いもあって、中学の頃から悠斗が好きだったことを、冗談まじりに打ち明けた。

3か月後、悠斗は私に言った。

「今の俺は、美月に恋をしてる」

返事をする前に、私は紗妃と2時間電話で話した。

紗妃は声を詰まらせながら言った。

「美月が好きなら、付き合いなよ。私は本当に、美月に幸せになってほしいから」

その言葉を聞いて、胸のつかえがすっと消えた気がした。

数日前、私は紗妃へ電話をかけ、悠斗と入籍することを伝えた。

電話の向こうは、しばらく沈黙した。

少し間を置いてから、ようやく明るく振る舞うような声で言った。

「本当?よかったじゃない、美月。おめでとう。幸せになってね」

あのときは、ただ驚いているだけなんだと思っていた。

でも今なら分かる。あの沈黙は、驚きなんかじゃなかった。

友情も恋も、このままずっと失わないものだと信じていた。それなのに、入籍前夜に突きつけられたのは、2人からの最悪の裏切りだった。

彼の心は、ずっと紗妃のものだった。そのうえ、2人は身体の関係まで持っていた。

恋人と親友。1番信じていた2人に裏切られた現実が、私の心を容赦なく引き裂いた。

胃の奥がきりきりと痛み、息を吸うことさえ苦しかった。

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松坂 美枝
松坂 美枝
主人公何も悪くないのに2人を切り裂く障害みたいにされて可哀想 主人公が身を引いてやったらウダウダしてさあ 身勝手なカップルに関わってしんどかったね 黒沢部長は退職したのか異動したのかわからなかった(笑)
2026-10-21 09:29:16
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haya
haya
何で人の彼氏を寝とった女友達はこんなに図々しく恥知らずな登場人物ばかりなんだろう…。 きちんと生きていたヒロインは本当に迷惑だと思う。 何にも悪くないのに、子供は流産、別れた男の付き添い迄して、めちゃくちゃ言葉を我慢して責めないで伝えたのに、結局…死ぬ程、後悔するなら、責任逃れするな。。。
2026-10-21 09:37:56
2
0
8 Chapters
第1話
電話は、そのまま一方的に切れた。全身の血が凍りついたようだった。耳鳴りだけが耳の奥で鳴り続けていた。「……ごめん」ソファに横たわったまま、悠斗がまた寝言のようにつぶやいた。今度は、私の名前だった。「……美月、ごめん……」喉の奥がきゅっと締めつけられた。苦しそうに眉を寄せる悠斗を見つめながら、思わず笑ってしまった。皮肉な笑いだった。私と結婚することは、紗妃だけじゃなく、彼自身の想いまで裏切ることだった。そのくせ、結婚前に紗妃と関係を持ち、私のことまで平然と裏切っていた。私は無言でキッチンへ向かい、コップいっぱいに冷たい水を注いだ。戻ってきた頃には、コップを持つ手が震えていた。次の瞬間、私はその水を悠斗の顔へ思いきり浴びせた。「悠斗、起きて」冷たい水が髪を伝い、頬からシャツへと流れ落ちていった。悠斗は勢いよく目を開けた。怒るどころか、慌てて私の手をつかもうとした。「ごめん、美月。飲みすぎた……あいつらに無理やり飲まされてさ……変な夢を見たんだ。寝坊して、君と入籍に行けなくなって……君に嫌われる夢を見たんだ……そうだ……今、何時だ……?」そう言ってスマホを探そうとした悠斗は、私の足元に落ちていた手紙に気づいた。その瞬間、酔いは完全に醒めたようだった。悠斗は飛びつくように手紙を拾い上げた。「……どこで見つけた!?」さっきまでとはまるで違う声だった。抑えきれない動揺と焦りが滲んでいた。「誰が読んでいいなんて言った!?」私は冷たく笑うと、悠斗の手からスマホを取り返した。通話履歴を開き、録音をそのまま再生した。「悠斗!ちゃんと避妊したって言ったよね!?なんで私、妊娠してるの……!」静まり返った部屋に、紗妃の叫び声だけが鋭く響いた。「……これは、どういうこと?説明してくれる?」「美月、違う。ちゃんと説明――」悠斗が言いかけた瞬間、私は込み上げる吐き気に耐えきれず、洗面所へ駆け込み、その場で激しく吐いた。その間にも、スマホの画面には何度も紗妃の名前が表示されていた。私は知っていた。悠斗の心には、ずっと紗妃だけがいたことを。高校時代、悠斗は3年間ずっと紗妃に想いを寄せていた。卒業後、ようやく恋人同士になれたものの、その幸せはわずか2か月で終わった。紗妃
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第2話
紗妃からの電話は、一度切れたかと思うと、すぐにまた鳴り始めた。私は悠斗の目の前で電話に出ると、そのままスピーカーへ切り替えた。「美月、さっきの電話だけど……あれ、罰ゲームだったの。信じて。私、悠斗のことなんて好きじゃない。彼とは何もない、妊娠なんてあり得ない話だよ。あんなこと、自分で言ってても気持ち悪くなるくらいなの……」悠斗はその場で固まった。私は、その表情を見逃さなかった。その瞳をよぎった、ほんのわずかな失望を。「……美月?」スピーカー越しに、紗妃がもう一度私の名前を呼んだ。震える声だった。悠斗は我に返ると、慌ててスマホへ手を伸ばし、そのまま通話を切った。部屋には重苦しい沈黙だけが残った。悠斗は小さく息をのみ、しばらく黙ったあと、かすれた声で口を開いた。「……ごめん、美月。全部、俺が悪かった。こんな形で知らせることになるなんて思ってなかった。本当に、ごめん」私は黙ったまま彼を見つめた。爪が食い込むほど、拳を強く握り締めた。「あなたたち、いつからまた、そういう関係だったの?」悠斗は答えなかった。沈黙だけが流れた。私は苦く笑うと、返事を待たずに続けた。「2か月前。私の誕生日だったよね。あなた、サプライズだって言って、帰国してくれた。でも、その数日後には急に仕事が入ったと言って、先に戻っていった。あのときのあなた、どこか様子がおかしかった。何か言いたそうだったのに、結局何も言わなくて……ただ『ごめん』って、そればかり繰り返してた」私はまっすぐ悠斗を見つめた。「私に謝っていたのは、一緒にいられなかったからじゃなかった。唇が切れていた理由も、今ならようやくわかった。私が紗妃を見送って帰ってきた、その日に、あなたは私へプロポーズした。罪悪感があったからでしょう?罪悪感を打ち消すように、急に優しくなって……夜も、いつも以上に私を求めた!」「もういい!」悠斗はついに声を荒げた。額には青筋が浮かび、顔色は見る見るうちに悪くなっていた。「もう、それ以上言わないでくれ」「どうして?」私は震える声で問い返した。「自分でやったことなのに、言われるのは嫌なんだ?」悠斗は目を閉じ、大きく息を吐いた。今にも崩れ落ちそうな顔で、私の前に膝をついた。「……美月。本当に悪かった。でも、だからっ
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第3話
私は、紗妃が何度も自分のお腹を叩く姿を、ただ見つめていた。目は真っ赤に充血し、もう私の知っている紗妃じゃなかった。背筋がぞっとするほど、別人のように見えた。本当に私と悠斗の関係を壊したくなかったというなら、あんな夜中に悠斗へ電話なんてしなかったはずだ。悠斗の声を聞く前から、「妊娠した」なんて口にするはずもなかった。まして翌日が、私たちの入籍日だと知っていたのに。その瞬間、不意に強い吐き気が込み上げた。何度もえずいたのに、何も吐けなかった。「美月、大丈夫?」紗妃は慌てて私の背中をさすり、そのままキッチンへ駆けていった。水と薬を持って戻ってくると、不安そうに私の顔をのぞき込んだ。「ごめんね、美月。また胃が痛いの?顔色も悪いし、唇まで真っ白だよ……」頭が割れそうに痛かった。私はその手を勢いよく振り払った。コップは床に落ち、水が飛び散った。薬も辺りへ転がっていった。私は乾いた笑みを浮かべた。「むしろ、お礼を言わなきゃ。結婚なんていう地獄に飛び込む前に、止めてくれたんだから」紗妃は傷ついたように目を見開いた。後ずさった拍子にバランスを崩し、そのまま後ろへ倒れた。ゴン、と鈍い音が響き、後頭部を棚の角へ強くぶつけた。「紗妃!」玄関のドアが勢いよく開き、悠斗が飛び込んできた。悠斗の視線が私に向いたのは、一瞬だけだった。怒りに満ちた視線を私へ向けると、そのまま紗妃を抱き上げた。「悠斗、降ろして!私が勝手に転んだだけだから!大丈夫!それより美月が――」「先に病院だ」その声には、怒りと焦り、そして隠しきれない心配が滲んでいた。そう言い切ると、悠斗は私を振り返ることさえなく、紗妃を抱えたまま駆け出していった。静まり返った部屋には、割れたガラスと散らばった薬だけが残された。ここにはもう私一人しかいなかった。私はもう一度えずいた。そして鏡へ目を向けた。そこに映っていた私は、血の気を失った顔に、目だけが異様なほど赤く充血していた。まるで幽霊みたいだった。無理に笑ってみると、余計に不気味だった。私は夜が明けるまで、ただぼんやりと座り続けた。朝日が差し込む頃、抜け殻のように立ち上がり、荷物をまとめ始めた。悠斗に関わるものは、もう何一つ残したくなかった。高校時代、勉強を教えてくれたときの
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第4話
唇がわずかに動いた。声になったのかどうかも分からないまま、視界が暗転し、そのまま意識を失った。次に目を覚ましたのは病院だった。もうすぐ空になりそうな点滴をぼんやり眺めながら、悠斗と顔を合わせる覚悟だけはしていた。けれど、看護師の後ろから病室へ入ってきた男性を見た瞬間、私は思わず息をのんだ。黒沢晃(くろさわ あきら)先輩だった。「まだ動かないで」晃はすぐベッドの反対側へ回り込み、私をそっと支えた。「ちょうど君に電話したら、管理人が出てな。『この携帯の持ち主とは、どういうご関係ですか』って聞かれて……」私は呆然としたまま晃を見つめた。しばらくして、ようやく状況を理解した。スマホを見ると、悠斗と紗妃から着信が何件も入っていた。メッセージも何十件と届いていた。部屋から私の荷物がなくなっていることに気づいたらしく、「どこにいるんだ」と何度もメッセージを送ってきていた。何度も謝り、「帰ってきてほしい」と必死に訴えていた。悠斗は「結婚するのは美月だけだ」と何度も繰り返し、紗妃も「子どもはちゃんと堕ろすから」と必死に弁解していた。けれど、何気なくSNSを開いた瞬間、その言葉が全部嘘だったと思い知らされた。おすすめに表示された紗妃の投稿が、目に飛び込んできた。【赤ちゃん、よく頑張ったね。これからはママが守るからね】幸せいっぱいの投稿だった。共通の友人たちは「おめでとう」と祝福のコメントを寄せ、「いいね」も次々と増えていった。伊藤真奈(いとう まな)は、紗妃以外で今も付き合いのある、唯一の高校時代の友人だった。結婚式では、ブライズメイドをお願いすることになっていた。そんな彼女からも、メッセージが届いていた。【美月って、親友の元カレと付き合って平気だったんだね】【悠斗がずっと紗妃を忘れられなかったなら、もう身を引いたほうがいいんじゃない?お腹の子まで犠牲にしようとするなんて、本当に最低だよ】胸の奥を、もう一度深くえぐられたような痛みが走った。息をすることさえ苦しかった。2日後、私は退院し、とりあえずホテルへ身を寄せた。その夜、悠斗の母・高橋由紀子(たかはし ゆきこ)からLINEが届いた。私たちから入籍の報告がないことを不審に思った由紀子は、悠斗を問い詰めて真実を知り、そのまま倒れて入院した
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第5話
見知らぬ男が、美月を抱きかかえたまま病室を出ていった。悠斗はそれを見て、慌ててあとを追ったが、廊下にもロビーにも、美月の姿はもうなかった。電話をかけても、当然つながらなかった。病院の玄関に立ち尽くしたまま、照りつける日差しに目の前がくらんだ。それなのに、体が凍りついたように冷えていた。そのとき、紗妃から電話がかかってきた。「悠斗……私、出血してるみたい……」悠斗は頭の中が真っ白になった。どれくらい立ち尽くしていたのか、自分でも分からなかった。気づいたときには、もう病室へ駆け戻っていた。――美月は、まだ受け止めきれないだけなんだ。彼はそう何度も自分に言い聞かせた。――あれほど俺を想ってくれていたじゃないか。中学の頃から10年以上も想い続けてくれた美月が、本当に俺の前からいなくなるはずなんてない。紗妃は3日間入院し、その後はうちで安静にすることになった。退院してからも食欲は戻らず、ほとんど何も食べようとしなかった。悠斗が何度勧めても、ようやくスープを少し口にしたかと思うと、紗妃はスプーンを置き、悠斗を部屋の外へ追い出した。「お願いだから……美月のところへ行ってあげて。もし美月に何かあったら……私、一生自分を許せない……」部屋を出た悠斗は、ゴミ袋を持ってマンションのゴミ置き場へ向かった。エレベーターを降りても、美月のことが頭から離れなかった。――もうつながるはずなんてない。そう分かっていても、美月の番号へ何度も電話をかけずにはいられなかった。すると、呼び出し音が鳴った。悠斗は思わず息をのんだ。耳の奥で、自分の鼓動だけが大きく響いていた。「美月!?今どこなんだ!頼む、返事をしてくれ!」返事はなかった。長い沈黙だけが続いた。ようやく聞こえてきたのは、驚くほど落ち着いた声だった。「悠斗。私たち、もう終わったでしょう。もう電話してこないで」怒っているわけでも、泣いているわけでもない。それが余計に怖かった。本当に、美月を失ってしまう――そんな予感だけが悠斗の胸を締めつけた。「紗妃にも伝えて。私は一生あなたたちを許さない。でも、それ以上責めるつもりもない。これで終わりにしましょう。それがお互いのためだから。2人とも、そこまで想い合っているなら、今度こそ幸せになって」そこで通話は途切
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第6話
美月の仕事は激務だった。終電近くまで残業することなんて珍しくなく、「もう辞めたい」が口癖になっていた。悠斗も何度も転職を勧めた。「少しぐらい休んでもいい、俺が支えるから」と。2か月前にプロポーズしてからは、給料が振り込まれる口座も、貯金も、全部美月に預けていた。その数日後だった。残業中に胃の痛みで倒れかけたことがあって、美月はようやく退職を決意した。「先輩」悠斗の知る限り、美月がそう呼ぶ相手は、1人しか思い浮かばない。黒沢晃。3つ上の大学の先輩で、同じ学科の卒業生。そして、美月を会社へ誘ってくれた直属の上司だった。そういえば以前、美月がこんなことを言っていた。「黒沢先輩って、声がちょっと悠斗に似てるんだよね」そのとき悠斗はわざと拗ねたふりをした。「じゃあ、先輩との会議が夜遅くまで続いても平気なわけだ」美月はくすっと笑って、首を横に振った。「そんなわけないでしょ。好きなのは悠斗だけなんだから」10年間、胸の奥に想いを隠し続けてきた美月は、付き合い始めてからは驚くほど真っ直ぐだった。――心のどこかに醜いものを抱えていたのは、美月じゃない。俺のほうだった。悠斗はそう思わずにはいられなかった。美月の会社へ向かい、晃のことを尋ねると、思いがけない答えが返ってきた。「黒沢部長なら、半月ほど前に退職されましたよ」受付で名刺を受け取ると、その場ですぐ電話をかけた。十数回コールが鳴ったあと、ようやく相手が出た。「……美月は、あなたと一緒にいるんですか」電話の向こうで、小さく鼻で笑う声がした。「ずいぶん必死なんですね、高橋さん」そんな皮肉に言い返す余裕はなかった。「お願いします。美月に、電話に出てほしいって、伝えてもらえませんか。俺はもう……全部知ったんです。美月が――」そこから先は、喉が詰まって言葉にならなかった。「高橋さん。美月は、もう君とは終わっています。それを受け入れられるかどうかは、君自身の問題です」晃の口調はやけに美月を気遣っているように聞こえた。悠斗の胸のうちは、たまらなく苦しかった。「これ以上、美月を苦しめるのはやめてください。後悔しているなら、その気持ちは胸の内だけにしまってください。今の彼女には、何の救いにもなりません」何か言い返したかった。けれど、何
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第7話
半年後――海都市。大きなプロジェクトを終えた打ち上げで、晃が食事をご馳走してくれ、そのついでに一緒にカラオケにも行った。ゲームで盛り上がっていた最中、不意に胃が鋭く痛み出した。顔をしかめた私を見た晃は、小さく息をついた。「帰ろう」それだけ言って立ち上がると、私の返事も待たずに会計を済ませ、そのまま私を連れて店を出た。後ろからは同僚たちの冷やかす声が飛んできた。「部長、抜け駆けですか!」「美月さんだけ連れて帰るなんてずるいですよ!」晃が振り返ってじろりと一瞥した瞬間、場は水を打ったように静まり返った。その空気がおかしくて、私は思わず笑ってしまった。「私たちは先に帰るね。みんなは気にせず楽しんで」そう言い残すと、晃は何も言わず、そのまま私を車まで連れて行った。車へ乗り込むと、晃は常備していた胃薬を取り出し、私に差し出した。「また無理をしてたんだろう。一度ちゃんと検査を受けたほうがいい」私は軽く頷くだけだった。けれど、その日は胃薬も効かなかった。痛みはどんどん強くなり、そのまま病院へ運ばれた。検査の結果、すぐに手術が必要だと言われ、そのまま入院することになった。手術までの2日間、晃は仕事の合間を縫って何度も病室へ顔を出してくれた。晃の優しさに触れるたび、あの頃のことを思い出した。それでも、もう胸が締めつけられることはなかった。傷は消えない。けれど、時間は、その輪郭を少しずつ薄くしてくれた。今でも、ときどき胸の奥が疼くことはある。それでも、その痛みに足を止めることは、もうなかった。私は電話番号を変えた。SNSも連絡先も、悠斗と紗妃はすべてブロックした。この半年、2人のことは何ひとつ耳に入ってこなかった。晃なら何か知っているのかもしれない。でも、私が聞かない限り、彼も何も話そうとはしなかった。手術は2日後に無事終わった。麻酔から目を覚まし、病室へ戻ると、大きなお腹をした紗妃が立っていた。一瞬、幻でも見ているのかと思った。けれど、晃が立ち上がり、険しい顔で問いかけた。「……どうやってここが分かった?」紗妃は答えず、まっすぐ私のベッドへ歩いてきた。「美月……」お腹にそっと両手を添えたまま立ち止まった。もう隠しようもないほど、お腹は大きく膨らんでいた。
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第8話
私が断っても、紗妃は病室の前から動こうとしなかった。あれだけ大きなお腹では、無理に帰らせることもできなかった。結局、退院後、私は紗妃と一緒に汐見市へ戻ることになった。晃も最後まで付き添うと言って、一緒に来てくれた。飛行機の中でも、紗妃はまるで身内のような顔をして、晃にあれこれと口を出していた。「美月を泣かせたりしたら、絶対許さないからね」私はとうとう我慢できなくなった。「紗妃、もういい加減にして。そんなこと、よく平気で言えるね」紗妃は俯き、また目を赤くした。私は皮肉っぽく笑うと、アイマスクをつけ、そのまま口を閉ざした。空港へ着くと、紗妃はそのまま病院へ向かおうとした。けれど、晃が静かに口を開いた。「美月は退院したばかりだ。まずは休ませて、何か食べさせよう」紗妃もそれ以上は何も言わず、小さく笑った。「黒沢さんが美月を大切にしてくれてるなら、安心した」その日はホテルで一泊した。翌日、私は一人でICUへ入った。悠斗はベッドの上に静かに横たわり、人工呼吸器をつけたままだった。眉間にはかすかな皺が寄っていた。それでも、目を閉じたその姿は、ただ眠っているだけのようにも見えた。その姿を目にした瞬間、胸の奥へ押し殺していた苦しみと憎しみが、一気に込み上げてきた。――このまま、目を覚まさなければいい。私は、そう思ってしまった。5分ほどで病室をあとにした。待っていた紗妃が駆け寄り、私の腕を掴んだ。「どうだった!?悠斗の様子は?」私は無言でその手を振り払った。「私は神様じゃないわ。私が会ったくらいで何かが変わるなら、誰も苦労しないでしょう」紗妃は目に見えて肩を落とした。私と晃がタクシーへ乗り込んだ直後だった。また紗妃から電話がかかってきた。「美月!悠斗が……悠斗が目を覚ましたの!」涙混じりの声だった。「この子……お父さんを失わずに済んだ……」何度も「ありがとう」を繰り返しながら、紗妃は電話を切った。私は思わず笑ってしまった。「私、本当に神様だったのかもしれない」どうして私たちの人生は、こんなにも皮肉な偶然ばかり重なるんだろう。1か月後、紗妃は女の子を出産した。悠斗も歩けるまでには回復した。けれど後遺症が残り、動きも受け答えも以前よりずっと鈍くなってい
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