LOGINタイラーが目を覚ますと、部屋は明るく今日も良い天気になりそうな予感がしている。
こんな日は、マリアとロドルフはまた僕を一人残して、二人で出かけるのだろう。
僕は二人の間に何かあるのを薄々感じてはいるが、それを口にできないまま、数日が過ぎていた。
マリアは日が経つにつれて、ますます楽しそうにしている。
ロドルフは、積極的に運動をして、その様子を見たマリアは、嬉しそうに応援している。
僕も運動しているけれど、僕の運動はゆっくりで地味だし、周りから見るとやっているように見えないものだから、体を大きく動かすロドルフの運動とは、比べものにもならない。
僕達の関係は、どうしてこうなってしまったんだろう?
僕は心がどんどん沈んでいくけれど、どうすることもできない。今日はもう、執務さえもしたくないな。
そんなことを考えていると、マリアが部屋に入ってきた。
ここ数日ずっと笑顔だったけれど、その中でも一番の笑顔だ。
「タイラー様、おはようございます。
今日は執務をお休みして、一緒にお出かけしましょう。」「えっ、どうして?」
「一緒に行きたいところがあるんです。
ねっ、お願いします。」「でも、僕は車椅子がないと、どこにも行けないよ。」
「大丈夫です。
ロドルフが背負ってくれますから。」「はい、タイラー様お任せください。」
ロドルフが近づき、笑顔で頷いている。
「それなら、いいけど。」
急に何なんだ?
突然の提案に戸惑うが、マリアが望むのなら、僕はできることを精一杯する。心がふしくれだっていても、僕の信念は健在だった。
「そしたら、朝食を食べたら出発ですよ。」
「わかった。」
僕は朝食を終え、着替えをロドルフに手伝ってもらい、車椅子に座らされ、玄関ポーチまで行くと今度は馬車に乗せられる。
この別邸に来た時、寝たきりだったから、別邸には僕が寝たまま移動できる特別な馬車が用意されている。
「タイラー様、短い距離なら普通の馬車でも大丈夫かもしれませんが、今日は疲れてしまうと思うので、この馬車で行きましょう。」
「わかった。」
僕は何がなんだかわからないけれど、ほぼもう投げやりで、言われたままにしている。
もし、心が元気ならば、どこにどのくらいかけて行き、そこで何をするのか、詳しく聞いたかもしれないけれど、もういいや。
考えるのさえ、億劫だ。「タイラー様、一時間ぐらいはかかりますので、寝ていても構いませんよ。」
「ああ、じゃあ、そうするよ。」
馬車に寝たまま乗っていると、馬車の天井しか見えないし、これ以上、仲の良い二人を笑顔で見続ける自信がない。
僕はゆっくりと目を閉じた。すると最近、夜一人で悩み、寝不足だった僕は、馬車に揺られ、静かに眠りについた。
「タイラー様、起きてください。 行きますよ。」「わかった。」
マリアが僕をそっと起こして、優しく声をかける。
ん?
何か匂いがする。 …これは僕が最近不思議に思っていた匂いだ。それに、馬車の外から何か繰り返す音がする。
けれども、それは一定ではなく、不規則でこれは一体何なんだ?僕は何がなんだか訳がわからないけれど、もう僕はなすがままだ。
御者が馬車の扉を開けると、ロドルフが降りて、マリアにさりげなく手を差し出し、馬車から彼女が降りる手助けをする。
くそっ。
ロドルフのやつ、マリアの手を握っているじゃないか。 しかも、自然に。いつかきっと、僕もあれができるようになってみせる。
生きる気力を失いがちな僕ではあったが、やはり嫉妬の炎は消えないんだな。
「さぁ、タイラー様、僕がおんぶします。」
ロドルフは僕を起こすと、背中に背負う。
「ロドルフ、頑張って。」
マリアが僕達の横で、ロドルフを笑顔で応援している。
ロドルフが立ち上がると、彼の背中越しに、一面の青い空と輝く海が見える。
僕は驚きに目を見開いた。多分、これが海なのだろう。
領地にあるのは知っていたし、本で読んだことがある。 でも、実際に見るのは初めてだった。じっくりと海を眺めていると、ロドルフが砂浜に足を取られ、ふらつく。
「おい、大丈夫か?
サエモンの方が力なら断然強いだろ? 交代したらどうだ?」「サエモンは護衛です。
タイラー様に何かあった時に、すぐに動けるようにしていないといけませんから。 僕が落とさないようにしますので、大丈夫です。」とは言うものの、ロドルフの足元には白い砂浜なので、歩くたびに左右に揺れて、転ばないか心配になる。
それでも、ロドルフは慎重に歩を進め、砂浜にぽつんと置かれた椅子に僕を下ろした。
ようやく座ると、僕はやっと安心して、海を眺める。
「タイラー様、お誕生日おめでとうございます。
ここにタイラー様をお連れしたかったの。 どうですか?」マリアは嬉しそうに椅子に座る僕と並び、海を眺める。
「海を初めて見たよ。
とても綺麗だね。」実際に目にすると、海は水面がキラキラ輝いてどこまでも広がっているし、不思議な匂いの風が吹き、波が絶えず寄せては返し、その音が心地よく響く。
「ふふ、良かった。
誕生日のお祝いに、タイラー様と海に来れたら楽しいなと思ったんですよ。」マリアの明るい笑顔にすべてを悟り、僕は嬉しくて、胸がいっぱいになり、泣きそうになる。
そうか、今日は僕の誕生日だったんだ。
すっかり忘れていた。 以前は、そんなものに祝う意味も見つけられないでいたから。マリアと出会う前は、誕生日を祝おうとするロドルフに嫌な顔をしてしまっていた。
誕生日は、動けないまま年だけとっていく自分にウンザリする日だったから。
今はマリアがいて、日々動けるように努力する自分が嫌いじゃない。
そんな僕の誕生日を祝おうとしてくれるマリアは本当に優しい。
それにしても、車椅子生活の僕を外に連れ出す計画を立てるのは、かなり大変だっただろう。
あらかじめ下見をして、人に協力を仰ぎ、段取りだって整える必要がある。
それでも、マリアはロドルフに頼んで、実現してくれた。
僕をこんな素敵な海に連れてきてくれるために。それなのに僕は、マリアとロドルフの関係を疑い、再び殻に閉じこもろうとしていた。
マリアが僕を喜ばせようと動いてくれているその時に。
「マリア、連れて来てくれてありがとう。」
「ふふ、実際に背負ったのは、ロドルフよ。
砂浜を歩けるように運動したのよね。」「はい、運動の甲斐あって転ばないで歩けました。」
「ロドルフもありがとう。」
「いえ、僕もタイラー様のお誕生日をお祝いできて、嬉しいですから。」
「ねぇ、タイラー様、我慢できないわ。
私ちょっとだけ、海に入って来ますね。 はしたないけど許してね。」マリアはそう告げると、靴を脱ぎ捨て、海に入って行く。
「大丈夫?」
僕は心配になり、海に足を入れるマリアに届くように叫んだ。
「平気よ、冷たい。」
マリアは裸足で波打ち際を歩き、楽しそうに笑っている。
「海って楽しいわ。
キャー、大きい波よ。」マリアはスカートの裾が濡れないように、砂浜の方へ走り、波から逃げている。
「ロドルフとサエモン、マリアの足は見ないように。」
「わかりましたよ。
もうタイラー様は、相変わらず独占欲が強いですね。」「だって、マリアが可愛い過ぎるんだよ。
こんなにはしゃぐ彼女を見たのも初めてだし。二人で下見に来てたんだろ?
本当は腹が立つけど、マリアが計画してくれたから、特別に許してやる。今度から、マリアが出かける時にも、護衛が必要だ。
女性の護衛を探して。」「えー、難しいことを言いますね。
探してみますけれど。やはり、今回の計画をタイラー様は気づいていましたか?」
「ああ、君達二人から同じ匂いがしていたからね。」
「匂いって?」
「海の匂いだよ。
潮の匂いって言うのかな。 ずっと何の匂いだろうと不思議に思っていたけれど、海ってこんな匂いがするんだな。」「えっ、海の匂い?
まぁ確かにするような。」ロドルフは首を傾げている。
海を目の当たりにすると、その雄大さと美しさ、波の音や、砂浜に気を取られて、匂いなんて細かいことは気にならないのだろう。でも、その海から離れた時、匂いだけが体に残る。
海って本当にすごいな。「タイラー様、お話してもいいですか?」 タイラー様の居室には、タイラー様とロドルフがいて、マリアを迎えた。「どうぞ、座って。」 そう話すタイラー様は、微かに笑みを浮かべているが、瞳は何も映さず、心は見せない。 その姿はいかにも貴族だ。 彼の部屋に入って、今ここにいつもの三人でいるけれど、私の心は一人ぼっちで、タイラー様の気持ちが遠くにあるのがわかった。 そう感じたのは、この部屋で初めて出会ったばかりの時以来だった。 いや、違う。 あの頃ですら、私を受け入れてないのにも関わらず、タイラー様は婚約破棄され、傷ついた私を気遣ってくれた。 今、目の前にいるのは、それよりももっと遠い存在の人。 どう言葉を紡げば、再びいつもの優しいタイラー様の心を取り戻せるのかわからない。 「これからのことを自由に考えて。」と彼は言っていたけれど、もう心の中ではすでに、私との決別を決めてしまったのだろうか? カーステン様との話し合いを終わらせて、タイラー様に伝えたい想いがたくさんあるから、それを胸にこの部屋に来たけれど、もうそれさえもあなたには終わってしまったことなの? 手を伸ばせば届く距離にいるのに、到底彼に近づくことなどできそうにもない。 今ここにいるタイラー様は、ちょっとした知り合いのような心の見えない侯爵令息そのもので、私は彼といるのに切なくて、話すこともできずに泣き出した。「ちょっと待って。 どうしたの? 話を聞くから。」 そう言って、慌ててハンカチを差し出して、私を慰めようとするタイラー様はいつもの優しい彼で、私は涙が止まらなかった。 タイラー様と心が離れるということは、こんなに胸が苦しいのね。 私もタイラー様のように冷静に自分の気持ちを伝えようと思ってここに来たのに、口から出て来るのは、私の心の奥底の一人ぼっちの寂しがりな自分だった。「だって、タイラー様が私と距離を置こうとしているのよ。 私は、タイラー様といつものようにしていたのに。 私を一人にしないで。」 タイラー様は、そんな私を慰めようとしてくれる。「わかった。 わかったから、まずは座ろうか。」 優しく促されてソファに座らせると、タイラー様は、並んで一緒に座ってくれる。 私は、タイラー様の手をぎっちり掴む。 優しい彼と離れるのが、怖くてたまらない。「何があったの?
タイラーが、マリアに想いを告げ、マリアが居室から出て行くと、部屋にはタイラーとロドルフだけが残った。 部屋は静まり返り、沈黙が二人を覆う。 僕はきっといつかこんな日が来ることをわかっていた。 だから僕は無意識に、この邸に戻り兄とマリアを会わせるのを、できるだけ後回しにしていたんだ。 マリアを失うのが、怖かった。「タイラー様、どうしてマリア様に、これからのことを好きに選んでいいって言ったんですか? 今はタイラー様と婚約中なんだから、何も言わなければ、マリア様は、このままタイラー様の婚約者でいてくれたかもしれないのに。」 そう言うと、ロドルフは悲しげに僕を見つめ、目に涙を浮かべる。「どうして、ロドルフが先に泣くの?」「だって、僕ですよ。 タイラー様を、ずっと見てきた僕ですよ。 タイラー様が、マリア様に相応しい男になるために、陰でどれだけ運動も、領地経営も頑張ってきたかを、ずっと見てきた僕ですよ。 こんなにもマリア様を大切にしてきたって、僕ならいくらでも語ることができます。」「そうだったね。 ロドルフ、泣いていい。」「タイラー様~。」 ロドルフは、椅子に腰掛けているタイラーに抱きついて泣きだした。 長い付き合いだけど、ロドルフがこうやって泣く姿を見せるのは初めてだった。 以前は一人で僕を看病し、負担に感じていた時もあっただろう。 その時だって、僕の前でこのように感情を見せることはなかった。 なのに今、僕のために涙するロドルフは僕より僕の心に正直だ。 それに、いつも僕とマリアがうまくいくように、手助けしてくれていた。 そんなロドルフの気持ちを僕は裏切ってしまったのかな。 でも、頑張っても手が届かないこともあるし、変えられないものもある。 それでも、感謝だけは伝えないと。「マリアとのことをいつも応援してくれたね、ロドルフ、ありがとう。」「タイラー様、かっこつけないで、マリアは僕のものだって、言えば良かったじゃないですか。 絶対に誰にも渡さないって。」 泣きつくロドルフの背中を撫でながら、静かに口を開く。「僕は、かっこつけたわけじゃない。 本当にただ、マリアの幸せを優先したかっただけ。 僕は、彼女と知り合ってから、たくさんのものをもらった。 この動くようになった体も、皮膚がボロボロでも、受け入れてくれる女性がい
私は、タイラー様とのことも気がかりだけれど、それと同じぐらいハリエットのことが心配だった。 カーステン様を頼りにして、クライトン家に身を寄せていただろうに、その彼にあんなことを言われて、この侯爵邸で一人、さぞ傷ついて、心細い思いをしているのではないかと思った。 今私は、カーステン様のことは置いておいて、侍女に案内してもらい、ハリエットの部屋を訪れた。 すると、ドアは閉まっているが、中から女性の怒鳴り声が聞こえてきた。 私が慌てて居室に入ると、ハリエットが暴れていて、部屋の調度品を薙ぎ倒し、部屋は無残なありさまだった。 周りにいる侍女達は、彼女の暴力に恐れながらもそれを必死におさめようとしていた。「ハリエット、落ちついて。」「来たわね、私を笑いに。」 ハリエットは、お酒に酔っているらしく、私を見つけると焦点の定まらない目で睨みつけながら、ふらふらと近づいて来る。 とりあえず暴れることはやめたので、ハリエットをソファに侍女達と共に座らせる。「ハリエット、お酒を飲みたくなる気持ちはわかるわ。 でも、侍女達に迷惑をかけたり、物に八つ当たりしてはいけないわ。」 私は、ハリエットが落ち着いて来たようなので、目配せして怯える侍女達を下がらせた。 そして、侍女に託された水の入ったコップをハリエットに手渡す。「相変わらずね。 お姉様は、どんな時でも正しくて、イライラするわ。」「まずは、お水を飲んで落ち着いて。 話ならいくらでも聞くから。」「ねぇ、お姉様の頭の中はいつまでお花畑なの? もしかして、まだ、気づいてないの? どうして、クライトン侯爵に、お姉様が妾の子であるとバレたと思っているの?」「さぁ? わからないけれど、事実だから気にしても仕方ないと思っていたわ。 お父様が話したのかどうかもわからないし、考えても答えが出るとは限らないし。」「もう、お姉様はどうしていつもそうなの? どこまでも聖人で腹が立つわ。 もっと怒ってよ。 どうして婚約者を奪われても、そんなに平然としていられるの?」「声を荒げるのはやめて。 みんなビックリして集まって来てしまうから。 私だって冷静でいられたわけじゃなかったわ。 私はカーステン様のことを想っていたから、あの時は随分ショックを受けたのよ。 私の痛みは見えにくい、ただそれだけだわ。」
次の日、目を覚ますと自分が使っているベッドの中だった。 そのすぐそばにはタイラー様がいて、すでに目を覚まし私を見つめていた。「おはよう、マリア、ぐっすり寝れたようだね。」「おはようございます、タイラー様。 あれっ、私、どうしてここに? ごめんなさい、帰りの馬車で寝てしまって。 それに、どうして今まで起きなかったのでしょうか? きっとタイラー様に、ご迷惑をおかけしましたよね?」「迷惑だなんて思っていないよ。 昨日のパーティーの祝杯で酔ってしまったんだね。」「すみません、口をつける程度にしたつもりですが、お酒は今まで飲んだことがなかったのでこうなるとは、わかりませんでした。 私、お酒にかなり弱いんですね。」「飲み慣れていないから酔いがまわったんだよ。 その後、ダンスも踊ったし、王都に来てからの疲れも溜まっていたのだろう。」「それにしても、私どうやってこのベッドまで来たのですか?」「それは、もちろん僕が運んだんだよ。 僕はマリアを抱いて歩くと、めちゃくちゃ遅いし、力もまだ弱いから、ロドルフに支えられながらだけど、他の誰とも君を抱く役目を代わりたくなかったんだ。」「そうだったんですね。 すみません。 私、その間も全然起きなかったのですね。」「ああ、僕とロドルフが大騒ぎしながら運んでいても、君はスヤスヤと気持ち良さそうに寝ていたんだ。 今思い出すと、ちょっと笑えるよ。 君には、お酒に慣れるまで僕がいない時は、外で飲むのを控えてもらうかな。」 そう言って、タイラー様は笑う。「はい、約束します。」 私は、そんな優しい彼に苦笑いするしかなかった。 なんて恥ずかしいの。 その様子を邸の者達は、微笑ましく見守っていたのだろう。 そう思っただけで、顔が熱くなる。 こちらの邸の人達の前では、令嬢らしく振る舞いたかったのに、早速、失敗してしまったわ。「昨日は色々あったけど、馬車の中でマリアを初めて抱きしめられたし、その後も抱っこして運んだり、寝顔も久しぶりに見れた。 僕にとっては、とても素敵な一日の締めくくりだったよ。 マリアは、以前僕の傷に練り薬を塗ってくれたことがあったけど、僕から君に触れたのは、手を繋ぐことぐらいだからね。 昨日は、君が心配で思わず抱きしめてしまったけれど、嫌じゃなかったかい?」「そんなタイラー様が
王子のご成婚披露パーティーの前日に、私達は王都のクライトン侯爵家に、馬車で到着した。 別邸へ向かった時と違って、タイラー様が、ゆっくりと歩いて馬車から降りると、クライトン侯爵、カーステン様、ハリエットが揃い、その姿を見守るように待ち構えていた。「よく帰ったな。 タイラー。 本当に歩けるようになったんだな。 肌も元通りに綺麗になって本当に良かった。 手紙ではそのことを聞いていたけれど、実際に見ると感極まるよ。」 クライトン侯爵は、目に涙を浮かべている。 彼のその反応には、別邸に移ってからの長い時を感じさせた。 それほどの間、私達は王都に戻らなかったということだ。「タイラー、良くやったな。 おめでとう。 疲れただろうから、応接室に行ってから挨拶をしよう。」「ああ、そうしてくれると助かるよ。」 私とハリエットは、お互いに笑顔を交わすと、クライトン侯爵家の方々と、応接室へと移動した。 それぞれ並んでテーブルを囲んでお茶を飲んでいると、上機嫌のクライトン侯爵が話し出す。「改めて、こうして全員が揃ったのは初めてだな。 息子たち二人が共に婚約中で、未来の義娘達を連れてこの邸に来てくれたことに感謝する。 私は、義娘達とは顔を合わせているが、息子達は初めてだろうから、それぞれ紹介してくれ。」「じゃ、僕から。 僕は、兄のカーステンです。 隣が婚約者で、マリアの妹のハリエットだ。 僕は、マリアとは手紙のやり取りをしていたけど、会ったのは初めてだね。 よろしく。」「次は、僕だね。 僕は、弟のタイラー。 以前は寝たきりだったけれど、マリアのおかげもあって、今はこの通り、ゆっくりなら歩けるようになったんだ。 今はマリアと別邸に住んでいる。 そして、隣にいるのが婚約者のマリア。 マリア達は、姉妹だね。 よろしく。」「それにしても、君達姉妹は全然似ていないんだね。 逆に僕達兄弟は似てるだろ? 眼の色が水色か、紫かの違いだけなんだ。」「そうですわね。 私達姉妹は、母親が違うからあまり似てないんです。 顔も性格も。」「性格なら、僕達も違うよ。 兄さんは昔から何でもできて、僕の憧れなんだ。」 穏やかな会話をしているが、テーブルの下でタイラー様は、私と手を繋いだまま離さなかった。 翌日の夜、王宮では王子のご成婚披露パーティ
楽しい旅から別邸に戻った後、タイラー様の歩行状況はどんどん良くなり、今では走るや踊る以外であれば、ゆっくりだがすべてのことができるようになっていた。 いつものように二人で手を繋いで庭園を散歩していると、これはお世話なのか、ただのカップルの手繋ぎデートなのか、もうわからない。 タイラー様は、顔のブツブツが消えてから、お顔が数段美しくなったので、日増しに私は、彼に見つめられると胸が高鳴り、意識せずにはいられない。 それだけではなく、以前のぎこちない立ち振る舞いが、いつの間にか美しい貴族の所作に変わって、さらに私を夢中にさせる。 でも、それを直接伝えるのは恥ずかしくて、タイラー様には内緒にしていた。 「タイラー様、もう安定して歩けるようになったから、歩く時に手を繋ぐのはやめますか?」 実は彼が、いつまでも私にお世話をされたくないと、内心では思っているかもしれないので、一応確認のために聞いてみた。 すると、「絶対にダメ。 僕の歩行訓練の意欲を奪うようなことを言ってはいけないよ。」 と珍しく強く拒否された。 こんなに否定されたのは、高熱を出している時は近づかないと約束させられた時と、護衛の数の話以来だった。 私は少し驚きながらも、多分タイラー様は、私と手を繋ぐのが好きなんだと思う。 だから、もうこれはカップルの散歩なのでしょう。 そう受け止めて、今日も彼とのデートを続ける。 だって私も、恥ずかしさはあっても、彼から求められる嬉しさは、私が欲しかったものそのもので。 そんなある日、王都のクライトン侯爵から、タイラー様宛に書状が届く。 それを見て、タイラー様はみるみる険しい表情を浮かべる。「マリア、僕達は王都に戻らないといけなくなった。 第一王子がご成婚されるそうだ。 だから、貴族は全員、ご成婚披露パーティーに出席しなければならない。 僕は、療養中だから無理しなくていいとあるが、兄とマリアの妹さんが、父の邸にいる。 君は、彼らと一緒にパーティーに出席しなければならないから、僕も行くよ。 父上にもう歩行は問題ないと伝えているが、まだ信じきれていないのだろう。」「そうですか。 一人では不安なので、タイラー様も一緒に来て頂けるなら心強いです。」「急いで僕達の夜会用の衣装を作ろう。」「はい。」 その日から、半年後のご成婚披露パー







