Masukジェイドは、細くて小さなセラの身体を壊したりしないよう、そうっと、けれど彼女の身体の熱まで感じられるほど力を込めて抱きしめた。
腕の中で、セラが身じろぎする。
彼女は戸惑うようにしながらも、触れ合うことを嫌がる様子はない。いつもなら、彼女はただじっとしている。
身じろぎした彼女の手が、そうっとジェイドの背にまわされて、戸惑いながらもすこし力をこめて抱きしめようとしていることが感じられた。
セラ……。
ジェイドは、ぎゅっとさらに力をこめて抱きしめ返した。
少し前まで荒れ果てていたジェイドの部屋は、今はすっかり整えられている。セラのおかげで、そこらじゅう傷つけてまわることはなくなった。手入れの行き届いた暖炉で薪がはぜる小さな音。そして、腕の中にある、はかなげに小さな身体。甘えたくなるような落ち着
静かな庭園の奥で、第二王子カイルの視界に、一人の不審な女が飛び込んできた。 女は小さな泉の縁に屈み込み、その腕を水の中に突っ込んでいる。 ……こんなところで何をしている? 今日は王妃である母上が主催する、あの忌々しいお茶会サロンが開かれている日だ。華やかな仮面を被った女たちが集まり、他人の足の引っ張り合いに精を出すあの不快な空間。 おおかた、何かやらかしでもして、サロンからはじかれた、つまはじきものだろう。 にしても、妙なことをしているな。 女は噴水のなかに腕をつっこんで、じっとしている。 噴水の前へ足を進めると、カイルの気配に気づく様子もなく、その女はただじっと水面を見つめていた。 第一王子ジェイドの婚約者——セラだった。 俯いた彼女の顔から、ぽた、ぽた、と涙が落ち、静かな水面に小さな波紋を描いていた。 腕を水につけたまま、声を押し殺して涙をこぼしている。 あまりにも惨めで、哀れで、無防備だった。 どうせ母上や、あの群がりたがる令嬢どもからきつい物言いで嫌がらせでも受けたのだろう。社交界の陰湿なやり口など目新しくもない。 ……惨めったらしく、一人で泣いて。 つくづくイラつく女だな。 胸の奥に湧き上がる歪んだ不快感を隠そうともせず、カイルは冷ややかに声をかけた。「こんなところで何をしている」 その声にセラは弾かれたように跳ね起き、あからさまにうろたえた。慌てて捲り上げていた服の袖をバッと引っ張り下げ、目元を乱暴に拭う。
セラは、朝から長い時間をかけて身支度した装いで、しっかりとその場に立っていた。 ここは、王妃様が主催する毎週恒例のお茶会サロンだ。 輝く緑が美しい庭園には、色とりどりのドレスを纏った淑女たちが集い、いくつもの綺麗なテーブルが設けられていた。「お好きな席にお座りなさい」 王妃の冷ややかな声が、セラに投げかけられる。 彼女が座る中央の主卓には、オディールをはじめとする高位貴族のご令嬢方やご婦人方が、固まって座っていた。 主卓にあまっている席はない。 セラは、王妃様への礼をつくし、席を探すために視線を巡らせた。しかし——どのテーブルを見渡しても、空いている椅子がひとつもない。 セラは、示されていた時間よりも早くに到着したが、すでにどの席にも人が座っていて、まるでセラが遅れてやってきたような感覚もあって、おそろしい気持ちになった。 何度、確認してみても、空いている椅子はない。 セラは、会場の中央あたりで、ただひとり立ったまま取り残されることとなった。「まあ、自分の立場も弁えずにお茶会にやってくるなんて。どこにお座りになればいいかもお分りにならないのね」「お育ちが知れますわ。王太子妃候補だなんて名ばかりでは? 本当に招待されたのかしら」 どこからともなく聞こえる言葉に、耳をふさぎたくなる。 どのテーブルからも、クスクスとひそやかに笑う声が聞こえる。扇で口元を隠しながら不躾な視線を向けてくる者も多くいた。セラに声をかけて助けようとする者は、誰一人としていない。 セラは、会場のはしに移動した。 オディールの笑い声
熱い口づけと甘い愛撫がひと段落すると、ジェイドがセラの隣にそっと寝ころぶ。 となりに身体を横たえた彼の姿を、セラはそっと盗み見た。 いつも隙なく着こなしている正装や執務服とは異なり、いまのジェイドは胸元を少し緩めた、くつろいだ部屋着姿だった。着崩した衣服の隙間からのぞく男らしい鎖骨や胸元、少し乱れた髪——普段は見ることのできない彼の無防備なプライベートの姿に、セラはどきどきした。 かっこいい……。 男らしい腕に、すじばった手。かたちの良いながい指。 さっきまで、あの魅惑的な男らしい手が、自分の体に触れていたのかと思うと、さらにどきどきしてしまう。触れられて与えられた感覚の余韻がまだ身体に残っている。内側からじんわりと湧き上がってくる熱い疼きを、セラは呼吸を整え、必死で抑え込もうとした。 もっと触れてほしいと思っているなんて、知られたら、恥ずかしい。「最近、なかなかきみとの時間を作れなくてごめんね、セラ」 ジェイドがセラのほうへ顔を向け、少し申し訳なさそうに眉を下げた。 セラは彼の顔を見つめ返して、かぶりを振る。「こうして今、会えたことが、わたし、とっても嬉しいです」 ジェイドの表情が柔らかくほころんだ。 彼はセラの細い指先をすくい上げると、愛おしそうに自分の頬へ寄せる。 セラの手が、ジェイドの頬にふれた。 あたたかで、なめらかな頬。「きみのおかげだよ。こうして夜になっても、魔獣の姿にならず、人の姿を保っていられるのは」「あの日以来、こうして姿を保てていることが、とても嬉しいです」&n
ここ数日、ジェイドはひどく忙しそうだった。 セラは、ジェイドと、朝と夜には必ず顔を合わせる。お互いにふれあい、セラがジェイドの呪いの魔力を引き受けるため以上の、親密な時間はあった。だが、それはつかの間のことで、ジェイドはほとんど外出し、白亜宮にいても執務室にこもっている。 夜遅くまで灯る執務室の明かりを見つめながら、セラは、彼が様々な物事に対して奔走しているのだと察していた。 だが、寂しく思う余裕はなかった。 ジェイドが不在の間、セラにも新しく学ぶべきことが山のように押し寄せていたからだ。「セラ様、姿勢が少し崩れております。王太子妃となるお方は、ただ美しく座るだけではなく、あらゆる角度から見られても隙のない気品を漂わせねばなりません」 セラに王族としての作法を教えてくれるのは、侍従長のバーニーだった。 長くジェイドに仕え、この白亜宮で過ごした時間も長いバーニーは、王族として必要とされる物事について、多くのことを知っていた。 通常の貴族としての作法なら、セラもこれまである程度は身につけていた。しかし、王族の——それも、単なる婚約者にとどまらず、すでに宮の中に招き入れられた王太子妃候補としての作法は、通常の作法よりもずっと厳しいものだった。「ただの婚約者であれば、ここまでの厳しさは求められません。ですが、セラ様はすでにこの白亜宮に住まわれ、ジェイド様の唯一無二のお方としてお立ちなのです。周囲の見る目も当然厳しくなります」 張り切るバーニーの指導は、しっかりと厳しかった。 歩き方、扇の使い方、杯の持ち方から、身に着けるドレスの仕立てや装飾品の格に至るまで、細かな決まりごとが次々とセラへ伝授されていく。 次々と覚えるべきことに、目をまわしそうになるセラを親身に支えてくれたのは、侍
空が茜色から深い濃紺へと移り変わる夕暮れ時、ジェイドが白亜宮へと戻ってきた。 セラとジェイドは、ふたりで食事を終えたあと、ジェイドの部屋の暖炉の前にある大きなソファーへと移動した。 パチパチと薪がはぜる温かな音を聞きながら、セラはジェイドの隣に腰を下ろした。ジェイドがセラの肩を抱き寄せ、自らの身体へと引き寄せる。彼の心地よい体温と、男らしい身体に、セラもそっと身を委ねた。「昨日、呪いの影響が強くなったことについて調べてみた」 ジェイドが静かな声で切り出した。「調べてみたといっても、分かったことはほとんどないけれどね……。昨日、白亜宮で見つかった呪いを助長させるあの道具のことだ。いまも、調査中だが……」「あれは、どういったものだったのですか?」 セラは、ガラス質の不思議な塊を思い出した。「あの道具は、かなり高度な魔術を用いて作られたものだ。王国内で出回っている一般的な魔導具ではない。どこで作られ、どのようなルートで持ち込まれたのか、出どころは依然として不明だ」 誰が、何のためにそこまでのものを用意したのだろうか。 敵意を向けるものの正体が見えないことがおそろしい。「だが、この王宮の内部に、わたしの呪いに関わる者が確実に潜んでいる……その証拠にはなった。何者かが、はっきりと尻尾を出した。手掛かりこそ掴めていないが、……こちらに敵意を向ける者もかなり焦っているのかもしれない」「敵が、焦っている……?」「わたしにかけられた呪いが解かれつつあることや、白亜宮での動きに対して耐えきれなくなり、強引な
まだ夜の残り香が漂う、ほの暗い早朝。 セラは、自身の身体がふわりと浮き上がる不思議な浮遊感に包まれて、まぶたを開けた。「……あ……」 かすれた小さな声を漏らすと、セラをその大きな腕でしっかりと抱きかかえていた人物が、甘く低い声でささやく。「起こしてしまったね。まだ寝ていていいよ、セラ」 ジェイドだった。 彼の胸に顔を寄せると、昨夜のなまめかしい記憶が一気によみがえる。 いつの間にか、眠ってしまったんだわ。 まどろみの中で、ひどく優しく、頭をなでられたような気もする。 全身に残る心地良いようなだるさと、身体の奥にかすかにくすぶる痺れのような痛みが、昨夜あったことが夢ではなかったのだと教えていた。 ジェイドはセラを優しく抱きかかえたまま、部屋の隅へと歩みを進めた。彼が壁の装飾の一部に手を触れると、カチリと小さな金属音が響き、壁の一部がひらいて、その奥に通路が現れる。 いくつかの窓がある、細い廊下だった。 常には開かれないのか、すこしこもったような空気がある。「ジェイド……ここは……?」 ジェイドは愛おしそうに目を細め、セラの額にそっと唇を寄せた。「わたしときみの部屋をつなぐ、隠し通路だよ。きみの部屋は、わたしの妻となる者のために用意された部屋だ。人目を気にせずいつでも自由に行き来できるようになっている」「人目を気にせず?」「夜に妻の部屋へしのんでゆく夫の姿を、使用人たちの目







