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第5話

Author: 無敵ロリポップ
父はその申込書を見るなり、ひったくるように取り上げた。

「家が同じ市内にあるんだぞ。わざわざ学生会館に入る必要なんてないだろ」

堀田先生は父と言い争わず、医療ソーシャルワーカーがまとめた退院後の生活支援に関する書類をテーブルに置いた。

「恵利さんには、退院後もしばらくは、安定した見守りやケアを受けられる環境が必要です。学校からは、提携している学生会館を紹介できます。私も学校側の連絡窓口になります」

堀田先生はそこで一度言葉を切り、私を見た。

「ただ、最終的にどうしたいかは、恵利さん本人の気持ちを一番に考えたいと思っています」

全員の視線が私に集まった。

母の表情が和らぎ、ベッドの脇まで来て布団の端を直してくれた。

「恵利ちゃん、お母さんも今回は本当に悪かったと思ってるの。つらい思いさせちゃったよね。

絵凪のレッスンが終わったら、ちゃんと恵利ちゃんのところに戻ってきて、そばにいるから。だから、学校にまで話を広げなくてもいいでしょう?」

母が私を「恵利ちゃん」と呼んだのは、半年ぶりだった。

次の瞬間、絵凪が胸を押さえ、息苦しいと訴えた。

母はすぐに布団の端から手を離し、絵凪の発作時用の吸入薬を取りに向かった。

私はペンを取り、学生会館の入居申込書に自分の名前を書いた。

「誰がそんなところに入っていいって言った?今すぐ申し込みを取り消せ!」

父は私のスマホとカバンをまとめて棚にしまい込み、鍵をスーツのポケットに入れた。

蘇生を受けたばかりで判断力が鈍っているはずだから、保護者の同意も得ずに学校が勝手に書類にサインさせるなんておかしい、と父は言った。

母は絵凪のベッドの脇に立ったまま、止めようとはしなかった。

医療ソーシャルワーカーは、主治医と学校の双方の判断を待ってからにしてはどうかと提案した。

父はその場で突っぱねた。

「これはうちの家庭内の問題です。この子は昔から反抗的で、気に入らないとすぐ家を出たがる。本気で家を出る覚悟なんてあるわけがない、ただの脅しですよ」

私は枕にもたれたまま、それ以上の説明はしなかった。

あの夜、心停止を起こしたとき、私は7分間、救急処置室に横たわっていた。

その7分間でさえ、私が本当に死にかけたと父に信じさせることはできなかった。まして、私が本当に家を出ていくとは、なおさら信じないだろう。

医師が入ってきて、腹腔内の出血は今のところ抑えられているが、血液凝固に関する検査値がまだ危険な水準にあり、最低でもあと5日の入院が必要だと告げた。

父は請求明細に目を通した。

「個室になっていますけど、大部屋に移せないんですか?」

「ここは一般病棟の病室ですよ」

「じゃあ、少しでも早く退院できませんか?家には付き添える者もいますから」

医療ソーシャルワーカーが母に目を向けた。

「退院後、24時間付き添って見守ってくださる方はいらっしゃいますか?」

母は一瞬、言葉に詰まった。

「午後は下の娘を病院に連れていかないといけないんです。昨夜のことがあってから、ずっと胸が苦しいって言っていて……先生からは、ストレスの影響かもしれないと言われています」

「恵利さんは、つい先日、心停止を起こしたばかりですよ」

「……分かっています」

母は絵凪の上着を手に取った。

「でも、絵凪だって今は私がそばにいてあげないといけないの。恵利は昔からしっかりしてるし、入院してる間は看護師さんもいるでしょう?」

絵凪はうつむくと、手首につけていた医療用ブレスレットの留め具を何度かいじり、ようやく外して、私のナイトテーブルの上に置いた。

「お姉ちゃん、ごめんなさい。こんなに病気が重いなんて、知らなかったの」

私はブレスレットのプレートに刻まれた文字を見つめた。

私の名前、病名、緊急時の対応方法。それから、両親の連絡先が2つ。

この10年間、私はこれを、決して期限切れにならない保証書のように思ってきた。

見知らぬ誰かが、この2つの番号にかければ、必ず家族の誰かが駆けつけてくれる――そう告げてくれるものだった。

でも昨夜、見知らぬ誰かが、確かにその番号にかけた。

誰も、来なかった。

私は医療用ブレスレットを手に取り、医療ソーシャルワーカーに尋ねた。

「小さいペンチ、ありますか?」

母の顔色が変わった。

「何するつもり?」

「ここに刻まれた連絡先を変えます」

「外すって……退院してから新しいものを作ってもらえばいいでしょう?今ここで壊すことないじゃない」

「今は作り直さなくていいんです」

看護師が小さなペンチを持ってきてくれた。

私はプレートとブレスレットをつないでいる小さなリングをペンチで挟み、2度、力を込めて広げた。

金属がきしみ、やがてリングが開いた。

私がプレートを取り外そうとすると、母が一歩前に出た。

「恵利、やめなさい。それ、お母さんが買ってあげたものなのよ!」

私は手の中のプレートを見下ろした。

「もう、お母さんからもらったものじゃないから」

銀色のプレートをリングから外し、手のひらに載せた。

私は残ったブレスレットを、絵凪の記念アルバムの上に置いた。

このブレスレットは、このまま絵凪のドレスに合わせればいい。けれど銀のプレートは、もう誰かを飾るためのものじゃない。

手元に残したのは、名前と病名が刻まれたプレートだけだった。

それから黒の油性ペンを取り、裏面に刻まれている両親の電話番号を、1つずつ塗りつぶした。

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