LOGIN幼馴染の想い人は、私が「声を出せないこと」をよく嘲笑っていた。 ある日、彼女は私のコップに激苦の薬草をすり潰して入れ、お腹を抱えて笑い転げた。 「声が出せない人って、どんなに苦くても悲鳴ひとつ上げられないんでしょ?私、それをどうしても見てみたくて」 彼女のエスカレートする嫌がらせは止まらず、今度は私に「舌を出せ」と強要した。 声を出せない人間の舌が、普通の人とどう違うのか。 それを皆の前で見世物にしようとしたのだ。 私は縋るように、傍らにいる幼馴染の森永樹(もりなが いつき)を見た。 「俺がいる限り、誰にもお前を苛めさせない」 かつて彼がくれた、その約束だけを信じて。 しかし、彼は冷ややかな目で私を一瞥しただけだった。 「ちょっと見せるくらい、別にいいだろ。大した事じゃないんだから」 その瞬間、私の中で何かが完全に冷え切った。 込み上げる涙をぐっと飲み込み、カバンの中にある『転校届』をそっと隠す。 ――ええ、そうね。私があなたの前から消えることも。 決して大した事じゃないから、わざわざ教える必要もないわよね。
View More当時、森永家はかなり汚い手を使って、須賀家が狙っていた大型プロジェクトを横取りしたらしい。それに激怒した夕奈の父親が、森永家に報復するため、闇サイトでチンピラを雇って樹の命を狙わせたのだという。もしあの日、私の父が命を懸けて彼らを足止めしていなければ、樹は間違いなく殺されていただろう。……なんてこと。あまりの理不尽さに、私はギリッと歯を食いしばった。権力者たちの醜いエゴと欲望のせいで、父は片足を失い、私は声を奪われたのだ。今、こうして夕奈の父親が逮捕され実刑判決を受けたことは、まさに自業自得、天罰としか言いようがなかった。ニュースアプリを閉じ、私は先ほどのメッセージ画面に戻った。長いテキストには、樹からの思いが綴られていた。【言葉。俺は夕奈と一緒に過ごす中で、偶然にも須賀家があの襲撃事件に関与していた証拠を見つけたんだ。すべてを明らかにするため、俺はあえて夕奈との婚約を破棄しなかった。この四年間、吐き気をこらえながらあの女のそばにいた。一分一秒が、気が狂いそうなほど地獄だった。でも、その四年間の雌伏を耐え抜けたのは――お前がいたからだ。お前への想いがあったからこそ、俺は戦い抜けた。言葉。俺はついに昔の決定的な証拠を手に入れ、夕奈の父親を刑務所に送ることに成功した。もともと病弱だったあいつの母親はショックで倒れ、今も意識不明の重体だ。須賀の会社も、そして森永家のすべて実権も、もうすぐ俺のものになる。言葉、俺のそばに戻ってきてくれ。今の俺なら、完璧にお前を守り抜く自信と力がある。大学を卒業したと聞いたよ。迎えに行ってもいいかな?】私は何の感情も湧かないまま、スマートフォンの電源ボタンを押し、そのままその電話番号を着信拒否リストに放り込んだ。春から私が就職する会社は、ここから遠く離れた別の街にある。でも、私の夢には一番近い場所だ。何もなければ、私と彼がこの先の人生で交わることは、もう二度とないだろう。【番外編】社会人になって一年が過ぎた頃。実家の両親が始めたお店は予想以上の大繁盛となり、私が住む街に記念すべき十店舗目の支店を出すことになった。会社の近くで新しい店舗のテナントを下見していた時、私のスマホに見知らぬ番号からの着信があった。不動産屋からの連絡かと思い、疑わずに通話ボタ
「夕奈とあんなことをするって決めたのはあなた自身だし、過ちを犯したのもあなたでしょ。あなたが言う『嫌なこと』なんて、全部あなたの自業自得よ。私には何の関係もない。でも、私の味わった地獄のような苦しみは――全部、あなたが原因よ」心の底から沸き上がる怒りのせいか、私の声は自分でも驚くほど淀みなく、はっきりと出ていた。「最初から、あなたが私を『夕奈の機嫌を取るための道具』として扱わなければ。私が心身ともにあんなに深く傷つけられることはなかったわ。樹、よく聞いて。私があなたと一緒になることなんて、この先永遠にあり得ない」かつて、彼が体育倉庫で夕奈に向けて吐き捨てた言葉を、そのままそっくり熨斗をつけて返してやった。「私はあなたを見るだけで、夕奈たちに無理やり口をこじ開けられて、屈辱的な動画を撮られたあの悍ましい光景を思い出すの。傍観者を気取って、冷酷に私を見捨てたあなたの姿を……私は一生忘れない。私が許せないのは、『あなたが守ってくれなかったこと』じゃないわ。『私のすべての痛みの元凶が、他でもないあなた自身だということ』よ」私の言葉に、樹の顔から血の気が引いた。「こ、言葉、俺にだってどうしても言えない事情があったんだ!」樹は必死に私にすがりつこうと手を伸ばしてきた。「俺だって、お前を傷つけたくなんかなかった! 冷たく突き放したくもなかった! でも、あの場で俺が表立ってお前を庇えば、夕奈の嫌がらせがもっとエスカレートすると思ったから……っ!だから俺は、裏で委員長の久子に連絡して、お前を助けに行かせただろ!」一気にまくし立てた後、彼は縋るような、哀れで必死な瞳で私を見た。「俺は決して、お前を見捨てたわけじゃないんだ。俺なりに守ろうとしてたんだよ……分かってくれよ、言葉」私は思わず、冷たい嘲笑を漏らした。「……へぇ。あなたが私に近づけば、夕奈が私をターゲットにするってこと、最初から分かってたのね。だったらどうして? 私はあれだけあなたと距離を置こうと努力していたのに。どうしてあなたは、私に近づこうとしたの?あなたとの関わりが、私にとってどれだけの『害』になるか、分かっていたくせに」「抑えられなかったんだよ!」樹は血走った目で私を睨みつけ、半ば咆哮するように叫んだ。「理屈じゃねぇんだ! 気
『お前への約束、一度だって忘れたことないから!』『なぁ、どこにいるんだ? 頼む、会いたい』私は無表情のまま、スマートフォンの画面をタップした。彼からの言い訳がましい音声メッセージを一つ、また一つと削除していく。それに伴って、私の心の中にこびりついていた彼への感情も、跡形もなく消え去っていった。すべてを消去し、着信拒否の設定を終えた私は、未練など微塵もなく帰郷する特急列車に乗り込んだ。彼にどんな『やむを得ない事情』があったとしても。だからといって、私が彼から受けた仕打ちを、無条件で受け入れて許さなければならないとでも言うのだろうか?そんなの、あまりにも不公平だ。……実家に戻り、父と母と一緒に新しい生活が始まった。それは、今までとは全く違う日々だった。他人の顔色を常に窺うこともなく、ご機嫌取りのために神経をすり減らす必要もない。生まれて初めて、『自由』という言葉の本当の温かさを肌で感じていた。転校先のクラスメイトたちもみんな優しくて、私がまだ少しつっかえながら話すことを馬鹿にする人なんて一人もいなかった。誰もがごく普通に接してくれて、困ったときは自然に助け合える。私はここで、高校生活の中で最も穏やかで、満たされた半年間を過ごすことができたのだ。心が軽くなったおかげか、私の声も目に見えて良くなっていった。お医者様からも、「このままリハビリを続ければ、完全に元の話し方に戻れるよ」と太鼓判を押されている。すべてが、驚くほど良い方向へ進んでいた。――大学の合格発表も終わり、春からの進学先が確定したある日のこと。家の前に、長旅のせいか酷くやつれ、ボロボロになった樹の姿があった。聞くところによると、私が転校してからというもの、彼は必死で私の行方を探し回っていたらしい。ついには食事を絶ってハンストを起こし、母親である雅恵奥様から私の居場所を聞き出そうとまでしたそうだ。雅恵奥様からすれば、やっとの思いで私という『厄介者』を追い出したのだ。すぐに連れ戻させるはずがない。だが、受験が終わっても一向に私を諦めようとしない息子の執念に根負けし、とうとう私の実家の住所を教えたらしい。――もっとも、彼がここへやって来る前日の夜。私のスマホには、雅恵奥様から一本の電話がかかってきていたのだけれ
窓の外で吹き荒れる雪の音を聞くたび、胸が張り裂けそうになる。こんな猛吹雪の中、冷たい廊下に立たされている言葉は、今頃凍えるような寒さに震えているのではないか。こんな『森永家の御曹司』という重苦しい肩書きなど、今すぐ投げ捨ててしまいたい。しかし、俺は森永家の人間だ。生まれてからずっと、一族の莫大な恩恵を受けて生きてきた。会社が倒産の危機に瀕している今、自分だけ逃げ出して見捨てることなんてできるはずがない。それに――もし森永家が没落すれば、言葉の治療費はどうなる?昔のあいつはあんなにおしゃべりで、銀の鈴を転がすような、透き通った愛らしい声で笑っていたのに。俺は何としてでも、あいつに声を取り戻させ、もう一度笑顔で生きていけるようにしてやらなければならないのだ。夕奈が再び、俺の膝の上にねっとりとまたがってきた。吐き気がするほど不快だった。だが、あと少しの辛抱だ、と必死に自分に言い聞かせる。明日になれば、須賀家からの莫大な融資がうちの口座に振り込まれる。会社の資金繰りさえなんとかなれば、その瞬間にこんな女とは縁を切り、堂々とあの扉を開けて、愛する言葉を抱きしめることができるのだ。俺はギュッと強く目を閉じた。脳裏に浮かぶのは、言葉の顔だけ。ふと、俺の中にひどく歪んだ、ある思考が芽生えた。――どうせこの地獄のような苦痛を耐え抜かなければならないのなら、せめて自分にとって一番『幸せな錯覚』に縋ればいい。俺は頑なに目を開けることなく、今自分の上に乗っている女を、朝から晩まで恋い焦がれている『あいつ』なのだと思い込むことにした。「……言葉」心の中でそう甘く呼びかけながら、感覚だけを頼りに、自ら夕奈の唇を塞ぐ。それを皮切りに、俺の中で抑え込んでいた何かが弾け飛び、理性が狂ったように焼き切れていくのを感じていた…………夕奈の要求通りに、私が大人しく外で見張り番をするなどと本気で思っていたのだろうか?そんなわけがない。中で二人が盛り上がり始めた隙を突き、私は足音を殺してその場を離れた。そして――生活指導の主任を連れて、堂々と戻ってきたのだ。主任が勢いよく空き教室のドアを蹴り開けた時、外はすでに完全に暗くなっていた。薄暗い室内には、窓から差し込むわずかな月明かりしかない。突然の侵入者
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