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冷めたミルクティーで、彼を捨てる

冷めたミルクティーで、彼を捨てる

By:  匿名Completed
Language: Japanese
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「別れよう」 自分の声とは思えないほど、それは酷く冷たく、凪いでいた。 月のモノが重く、下腹部を締め付けるような痛みに耐えていた私のため、恋人の結城陸斗(ゆうき りくと)は「温かいものでも買ってくるよ」と部屋を出た。……はずだった。 しかし、彼が持ち帰ってきたミルクティーは、すっかり冷めきっていたのだ。 理由を問う私、須永紬希(すなが つむぎ)に対し、陸斗は悪びれもせずに言い放つ。 「途中で美紅に会ってさ。あいつも温かいのが飲みたいって言うから譲ったんだ。お前はぬるくても平気だろ?」 白川美紅(しらかわ みく)――彼が昔から甘やかしている女友達。 窓の外で十一月の木枯らしが吹く中、私ははっきりと悟ってしまった。 この3年間、陸斗が私と美紅を天秤にかけ、私を優先してくれたことなどただの一度もなかったのだと。 その事実を突きつけられた瞬間、私の中で張り詰めていた糸が、ぷつんと切れた。 「別れよう」 再びそう告げると、陸斗は呆れたように鼻で笑った。 「はいはい、またそれか。今度はどのSNSをブロックする気だよ?どうせすぐ機嫌を直すくせに」 彼は、私がただの痴話喧嘩で拗ねているだけだと思っている。 でも、彼は知らない。 別れを切り出すより前に、私が海の向こうにある最高学府への特別留学枠を勝ち取っていることを。 ええ、ブロックなんて面倒なことはもうしない。 今度こそ、私はあなたから完全に離れるのだから。

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Chapter 1

第1話

「たかがミルクティー一杯で?紬希、お前大げさすぎないか?

今回はどの連絡先をブロックする気だよ?メッセージアプリか?それとも電話?

わかったよ、待っててやる。どうせ二、三日もすれば、自分から泣きついて解除してくるんだからさ」

陸斗の声には、あからさまなからかいの色が滲んでいた。

彼はわざとらしく振り返ると、美紅や、ちょうど向こうから歩いてきた友人たちに向かって、やれやれと肩をすくめてみせた。

その唇の動きは、はっきりと「いつもの癇癪だよ」と語っている。

一方の美紅は、両手で湯気の立つホットのあずきミルクティーを包み込み、ちびちびと口に運んでいる。

彼女の視線は私と陸斗の間を面白そうに行き来しており、その瞳の奥には隠しきれない優越感が浮かんでいた。

私は、ただ静かに彼の顔を見つめていた。

この3年間、ずっと好きだった人。必死に背中を追いかけ、彼を中心にして自分の未来のすべてを思い描いていたはずの男を。

生理特有の鉛のように重い下腹部の痛みと、胸の奥に渦巻く息苦しさ。

それらが入り混じり、やがてスッと引いていくと、後には氷のように冷たく澄み切った感情だけが残った。

もう、彼らの誰の顔を見る気にもなれなかった。

私は黙って背を向け、その場を歩き出す。

お腹の痛みは相変わらずひどいままだったけれど、不思議なことに足取りはいつもよりずっと軽かった。

たかがミルクティー一杯で?

陸斗は一生気づかないだろう。その一杯のミルクティーが、これまでに積み重なった私の数え切れないほどの失望と、わずかばかりの期待を完全に押し潰す「最後の一撃」だったということに。

思えば、彼を好きでいた期間は3年に及ぶ。

出会いは大学の入学式の日だった。重いスーツケースを引きずっていた私に、早く着いていた彼が「手伝うよ」と声をかけてくれたあの瞬間から。

あの時の屈託のない笑顔や、真っ直ぐな眼差し。私はすっかり惹き込まれ、彼こそが同じ道を歩んでいける運命の相手なのだと信じ込んでしまったのだ。

彼の歩幅に合わせようと、必死に努力した。同じ講義を履修し、同じサークルに入り、彼と釣り合う優秀な人間になりたくて、寝る間も惜しんで勉強に打ち込んだ。

目標はただ一つ。彼と一緒にこの大学の大学院へ内部進学すること。それが私たちの共有する未来なのだと信じて疑わなかったから。

でも今はもう、そんな未来はいらない。

なぜなら、私はすでに海の向こうにある世界最高峰の大学院から、特別留学枠の合格通知をもらっていたからだ。

それは以前、彼が「難易度が高すぎる。非現実的だ」と鼻で笑って切り捨てた憧れの学府。

度重なる彼への失望は、私の抱いていた愛情をとうの昔にすり減らしていた。

だからこそ、別れを切り出すよりずっと前に、私は留学への準備を密かに進めていたのだ。

ただ、3年間という月日が足枷となり、完全に縁を切るという最後の一歩をどうしても踏み出せずにいた。

けれど、もう迷う必要はない。

彼と一緒に大学院を目指すのをやめるか?――イエス。

彼をすっぱりと諦めるか?――もちろん、イエスだ。

私の心はもう、彼のために波立つことはない。

私の未来はもう、彼を中心に回ることはないのだ。

……

別れを告げた後、私はすぐさま陸斗の連絡先をすべてブロックし、思いつく限りのSNSの繋がりも容赦なく削除した。

その手つきに迷いは一切なく、むしろある種の残酷なまでの快感すら覚えていた。

そうして、一週間の平穏な日々が訪れた。

私はこれでようやく心静かに過ごせると思っていた。

だが、そんな平和な時間は呆気なく破られた。

ある夜、陸斗とも面識がある共通の友人から、少し躊躇うような前置きと共に一つの動画ファイルが送られてきたのだ。

【紬希、これ見て……あんまり落ち込まないでね】

動画の背景は、大学の自習室だった。画面には、陸斗と数人の男友達、そして美紅が机を囲んで談笑する姿が映っている。

どうやら、誰かが画面の端からこっそり隠し撮りした映像らしい。

動画の中の陸斗は、いつものように自信たっぷりに笑い飛ばしていた。

「……平気だって。あいつが俺を無視できるのは数日が限界だろ。どうせそのうち耐えきれなくなって、自分から戻ってくるさ。今までもずっとそうだったしな」

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ひとみ
ひとみ
まだ学生ということでそこまで酷い内容ではないにしても(土下座強要、虐待病院おくりなど)、きっとこのまま付き合ってたら、怪我した時、病気になった時、記念日、妊娠、出産etc..... 絶対邪魔される未来が見えるよね〜
2026-10-01 19:32:28
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ノンスケ
ノンスケ
家族愛っていう優しい言葉の裏に隠れた偏愛を、何度も繰り返された主人公が狭い鳥籠から飛び立つ話。何をしてもそばにいると思い込めるお天気脳が羨ましい。きっと彼はいつまで経っても何が彼女を失った原因かわからないだろう。だって自分には積がないと思ってるんだから。
2026-10-01 16:03:33
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松坂 美枝
松坂 美枝
つまんない連中を切り捨てて高みを目指す主人公 人間レベルが違ったから奴等がゴミにしか見えない 元彼は付き合ってた三年間から抜け出せないようだが家族愛()女とやっていけばいいのにね
2026-10-01 09:56:50
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雨降る雪降る
雨降る雪降る
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2026-10-09 00:23:57
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10 Chapters
第1話
「たかがミルクティー一杯で?紬希、お前大げさすぎないか?今回はどの連絡先をブロックする気だよ?メッセージアプリか?それとも電話?わかったよ、待っててやる。どうせ二、三日もすれば、自分から泣きついて解除してくるんだからさ」陸斗の声には、あからさまなからかいの色が滲んでいた。彼はわざとらしく振り返ると、美紅や、ちょうど向こうから歩いてきた友人たちに向かって、やれやれと肩をすくめてみせた。その唇の動きは、はっきりと「いつもの癇癪だよ」と語っている。一方の美紅は、両手で湯気の立つホットのあずきミルクティーを包み込み、ちびちびと口に運んでいる。彼女の視線は私と陸斗の間を面白そうに行き来しており、その瞳の奥には隠しきれない優越感が浮かんでいた。私は、ただ静かに彼の顔を見つめていた。この3年間、ずっと好きだった人。必死に背中を追いかけ、彼を中心にして自分の未来のすべてを思い描いていたはずの男を。生理特有の鉛のように重い下腹部の痛みと、胸の奥に渦巻く息苦しさ。それらが入り混じり、やがてスッと引いていくと、後には氷のように冷たく澄み切った感情だけが残った。もう、彼らの誰の顔を見る気にもなれなかった。私は黙って背を向け、その場を歩き出す。お腹の痛みは相変わらずひどいままだったけれど、不思議なことに足取りはいつもよりずっと軽かった。たかがミルクティー一杯で?陸斗は一生気づかないだろう。その一杯のミルクティーが、これまでに積み重なった私の数え切れないほどの失望と、わずかばかりの期待を完全に押し潰す「最後の一撃」だったということに。思えば、彼を好きでいた期間は3年に及ぶ。出会いは大学の入学式の日だった。重いスーツケースを引きずっていた私に、早く着いていた彼が「手伝うよ」と声をかけてくれたあの瞬間から。あの時の屈託のない笑顔や、真っ直ぐな眼差し。私はすっかり惹き込まれ、彼こそが同じ道を歩んでいける運命の相手なのだと信じ込んでしまったのだ。彼の歩幅に合わせようと、必死に努力した。同じ講義を履修し、同じサークルに入り、彼と釣り合う優秀な人間になりたくて、寝る間も惜しんで勉強に打ち込んだ。目標はただ一つ。彼と一緒にこの大学の大学院へ内部進学すること。それが私たちの共有する未来なのだと信じて疑わなかったから。でも今
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第2話
横から男友達の一人が茶化すように口を挟む。「そんなに余裕ぶってていいのかよ?紬希ちゃんって優秀だし、言い寄ってくる先輩だっているだろ。万が一、うちよりずっとレベルの高い大学院にでも受かってどっか行っちゃったらどうすんだよ」陸斗は鼻で笑い、見下すような口調で吐き捨てた。「そうなったら清々してちょうどいいよ。一度高い壁にぶち当たって、現実を知ればいい。身の程知らずにも程がある」そして、彼はまたいつものように不満を漏らし始めた。「だいたい、あいつはいちいち細かいことを気にしすぎなんだよ。美紅のことくらいで、いつまでもネチネチと」カメラの向きが少しだけ動き、美紅の顔がフレームに収まった。彼女はわざとらしく唇を尖らせ、いかにも甘ったるい声で同調する。「そうそう!陸斗くんたら、彼女ができた途端に私のこと全然構ってくれなくなるんだもん。昔から家族ぐるみのお付き合いなのに、薄情すぎー!」その大げさな態度に、周囲からドッと笑いが起きる。誰かが私と美紅を比べ、「紬希は真面目すぎる堅物で、美紅は愛嬌たっぷりの世渡り上手」などと冷やかした。言わんとしていることはわかる。私は融通が利かない、面白みのない女だと言いたいのだ。陸斗は苦笑いしながら肩をすくめた。「はいはい。紬希は彼女で、美紅は妹みたいなもんだ。俺からすりゃ、どっちも大事なんだよ。ただ、紬希にはもう少し物分かりよく、大人になってほしいだけさ」すると美紅が、すかさずあざとい声を張り上げる。「わかってるってばー。これからはなるべく陸斗くんに迷惑かけないようにするね。また陸斗くんの『お姫様』の機嫌を損ねたら大変だもん。あーあ、私ってばほんと罪な女」動画はそこで途切れていた。私はスマートフォンを握りしめたまま、机の前でしばらく身動きすらできなかった。ぐちゃぐちゃに絡まり合っていた感情は、やがてすーっと熱を失い――あとに残ったのは、芯まで凍てつくような、恐ろしいほどの冷静さだった。そうか。彼の目に映る私は、そういう存在だったのだ。私の募らせた好意も、これまでの献身も、そして別れを告げて去ったことすらも、彼にとっては取るに足らない茶番劇でしかなかった。彼は安全な高みに立ったまま、私が惨めに泣きついて戻ってくるのを待っている。その上、私のことを「物分かりが悪い
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第3話
陸斗の視線が箱に落ちる。彼は一瞬だけポカンとした後、すぐに「ああ、なるほどね」と言わんばかりの、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。「なんだよ紬希、そこまでやるか?まさか本気で別れるってアピールしてるつもりかよ?」彼の声には、微塵の疑いもない、息が詰まるほどの自信が満ち溢れていた。「はいはい、もういい加減にしろって。その荷物、お前がそのまま持ってな。今ここで意地張って俺に突き返したって、どうせ機嫌が直ったら尻尾振って『やっぱり返して』ってすり寄ってくるんだろ?二度手間になるようなことすんなよ。ほら、大人しく部屋に戻れって」まるで、私のすべての行動が、彼の思い描いたくだらない脚本通りであるかのように言い放った。私が口を開くより早く、美紅が一歩前に出た。彼女は親しげに陸斗の腕をペチッと叩き、わざとらしく口を尖らせる。「もぉ、陸斗くんたら!そんな言い方ないでしょ!」そして私の方へ向き直ると、いかにも困り果てたような、無実の被害者といった顔を作ってみせた。「紬希さん、そんなに怒らないであげてください。全部私が悪いんです。私がいつも講義の席取りをお願いしたり、課題のノートを見せてもらったり……それに、しつこいナンパ避けに彼氏のフリを頼んだりしたから、変に誤解させちゃったんですよね?」彼女の声音は、本気で申し訳なく思っているように聞こえて、その実、ひどく白々しかった。「私たち、本当に昔から実の兄妹みたいな感じで、他意は全然ないんですよ。これからは気をつけますから、ね?だからもう、陸斗くんを困らせるのはやめてあげてください」そのいかにも計算高い三文芝居と、横で「ほら見ろ、美紅はこんなにも聞き分けがいいじゃないか」とでも言いたげな陸斗の満足そうな顔。それらを交互に見た瞬間――ここ数日、私の胸の奥でくすぶっていた怒りが、ついに限界点を突破した。私は美紅の言葉を完全に無視し、ただ真っ直ぐに陸斗の目だけを射抜いた。自分でも驚くほど、私の声は底冷えしていた。「陸斗、よく聞きなさい。私は、あなたのご機嫌取りの茶番に付き合ってるわけじゃない」そう言い捨てると同時に、腕の中にある重い段ボール箱をわずかに持ち上げる。「ここに入ってるもの、もう全部いらないから。あとはそっちで好きに処分して」言うが早いか、私
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第4話
やがて彼は、言い訳をすることすら面倒になったらしい。息をするように美紅のトラブル処理を優先し、その後で上の空のまま適当に私を宥めるようになった。そして愚かなことに、私自身もそんな歪んだ優先順位を、自分に言い聞かせるようにして受け入れてしまっていたのだ。あの、大雨の日の事件が起こるまでは。その日は、私たちの専攻における非常に重要な、合同研究プロジェクトのメンバー登録の締め切り日だった。私は前から陸斗と同じチームで組む約束をしており、提出期限までに彼と最終確認をして、申請書を出す必要があった。ところがその日の午後、陸斗とは全く連絡がつかなくなってしまったのだ。電話をかけても繋がらず、メッセージを送っても既読すらつかない。不測の事態にでも巻き込まれたのではないかと心配になった私は、バケツをひっくり返したような土砂降りの中、彼がいそうな場所を狂ったように探し回った。講義室、図書館、体育館、行きつけのカフェ……冷たい雨に打たれながら、私の心は焦燥と恐怖でパニック寸前だった。結局、チームメイトになるはずだった彼は見つからず、私は申請の締め切り時間を逃してしまった。私がどうしても入りたかった優秀な研究グループも、音信不通になった私のことを待ってはくれず、あっさりと別の学生で枠を埋めてしまっていた。その日の夜、私はひどい高熱を出した。全身が焼けつくように熱いのに、寒気でガタガタと震えが止まらない。翌日、私はふらつく足を引きずりながら、一人で大学の保健管理センターへ向かい、点滴を打ってもらった。ひんやりとしたパイプ椅子に持たれかかり、ポツン、ポツンと静脈に落ちていく薬液をぼんやりと見つめる。頭はぐわんぐわんと揺れ、指先一つ動かす気力すらない。そんな時だった。本当に魔が差したとしか言いようがないタイミングで、私は何気なくスマートフォンのSNSを開いてしまったのだ。そして、タイムラインの一番上に表示された投稿を目にして――すべてを理解した。美紅が数分前に更新したばかりの投稿。少しやつれたような自撮り写真だが、その口元は満面の笑みを浮かべている。そして背景には、彼女に甲斐甲斐しくお菓子を差し出している陸斗の姿が写り込んでいた。彼の横顔は、呆れるほど優しく、甘やかさに満ちている。キャプションにはこ
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第5話
その日の夜。大学の学生専用の匿名掲示板で、あるスレッドが急に伸びていた。誰かが、図書館で自習をしている私の横顔をこっそり撮ってアップしたらしい。写真の中の私は少し俯き加減で、真剣な表情で洋書に目を落としていた。スレッドを立てた投稿者は、こんなコメントを添えている。【真剣に勉強してる横顔、めっちゃ綺麗。これどこの学部の先輩?彼氏いるのかな?】その下には、私の学部やフルネームを特定するレスがいくつか連なっていた。たまたまそれを見かけた私は、深い意味もなく、さらりと一言だけ返信を書き込んだ。【ありがとうございます。でも今は学業に専念したいので、誰かとお付き合いする気はありません】ところが、このたった一文の書き込みが、またしても陸斗の気に障ったらしい。彼はわざわざ別の新しい電話番号を取得して、私宛てにメッセージを送りつけてきた。文面は相変わらず、私を上から目線で諭し、適当に宥めようとするものだった。【いい加減、機嫌直せよ。掲示板の書き込み見たぞ。意地張るのももう十分だろ。そろそろ冬休みの予定決めようぜ。うちの母さんも何度かお前のこと聞いてきてるし、長期休みには一緒にうちの実家に顔出そう】信じられない。彼の中では、まだ「一緒に実家へ行って親に挨拶する」という計画が生きているのだ。私は自分の使っているすべてのSNSとメッセージアプリを開き、彼のアカウントがしっかりブロックリストに入っていることを確認してから、躊躇うことなくその新しい電話番号も着信拒否に設定した。翌日。選択科目の講義が終わり、教室を出た直後のことだった。廊下の角を曲がろうとしたところで、待ち伏せしていた陸斗に立ち塞がられた。彼は不機嫌そうに眉をひそめ、あからさまに苛立った顔をしている。「紬希。お前、俺の連絡先、全部ブロックしたのか?」「当たり前でしょ」私は歩みを止め、氷のように冷めた瞳で彼を見つめ返した。「別れた元カノと元カレが、いつまでも親密に連絡を取り合う必要があるの?」「元カレ?」陸斗はまるで、ひどく滑稽な冗談でも聞いたかのように鼻で笑った。「たかがミルクティー一杯のことで、ちょっと喧嘩したからって、いつまでそうやって大げさに騒ぎ立てる気だよ?紬希、そういうのもういいから。俺が別れる気なんてないこと、わか
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第6話
私のあまりの落ち着きぶりに、陸斗はますます焦りを見せ始めた。「でも紬希、俺の彼女はお前だけだ!俺だって、お前にもう少し大人になって、理解してほしいだけなんだよ。この忙しい時期さえ過ぎれば……」「陸斗」これまでに何百回と聞かされてきた、中身のない薄っぺらい弁明。もうこれ以上の御託を並べられるのはうんざりだった。「私たち、とっくの昔に別れてるから。あなたの責任なんて、もう私には一切関係ない」それだけを言い捨て、私は彼を避けるようにして廊下を歩き出す。背を向けて少し離れた後も、美紅の甘ったるい愚痴と、陸斗のどこか上の空な宥め声が微かに聞こえてきた。後日、共通の友人から聞いた話によると、陸斗は自分のSNSに【どうしてこんなに話し合いが通じないんだ】と愚痴めいた投稿をしていたらしい。おまけに、男友達と飲みに行った席でも、相変わらず自信満々にこう吹聴していたという。「あいつはただ意地を張ってるだけだ。大学院の内部進学試験さえ終われば、ケロっと元通りになるさ」彼はいつまでも自分に都合のいいシナリオに酔いしれ、現実から目を背け続けているのだ。……翌日、私は大学の学生課へ向かった。ビザの面接に備えて、成績証明書と在学証明書を発行してもらうためだ。その道中、共通の友人とばったり出くわした。彼女は少し言いにくそうに口を開き、「陸斗が今もあちこちで紬希の近況を探り回っている」と教えてくれた。どうやら彼は、私がこれほど長期間にわたって彼を拒絶し続けている理由が理解できず、苛立っているらしい。その話を聞いて、私の心にさざ波一つ立たなかったと言えば嘘になる。3年間という月日は、風が吹けば綺麗さっぱり消え去るような砂埃ではない。ほんの少しだけ、「きちんと言葉を尽くして、最後に正式な別れを告げるべきだろうか」と迷う気持ちが芽生えてしまった。しかし、その小さな揺らぎは、その日の午後には見事に打ち砕かれることになる。以前、あの自習室での隠し撮り動画を送ってくれた友人が、今度はあるSNSのスクリーンショットを送ってきたのだ。それは、美紅が先ほど更新したばかりの投稿だった。そこには何枚もの写真がまとめられていた。一枚目は、徹夜で選挙演説の原稿をチェックしているらしい陸斗の横顔。キャプションには【陸斗くん、お手伝い
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第7話
またこのパターンだ。果たすべき責任、義理、理解してほしいという訴え、そして「自分だって辛くて疲れている」という主張。まるでこの関係において、必死に歩み寄りながら、常に相手から蔑ろにされてきた可哀想な被害者が、彼自身であるかのように語るのだから恐れ入る。もはや彼との間で、無意味な言い争いをする気にもなれなかった。何の解決にもならない、ただ気力をすり減らすだけの不毛な時間でしかない。「そうね、あなたの言う通りだわ。すごく疲れるわね」私は静かに頷いた。「だから、これからはもう私に気を揉んで疲れる必要はないわ。それじゃあ、さようなら」私が構わず歩き出そうとすると、彼はついに取り繕う余裕すらなくしたのか、背後から思いつく限りの罵声を浴びせかけてきた。「ふざけんな!そうやって意地張って自滅しろ!俺が受かって、お前が落ちて泣きを見たって、絶対に後悔するなよ!!」最後の最後まで、彼は私の価値を「この大学院に合格できるかどうか」で測り、そして無意識のうちに「紬希は絶対に俺よりも劣っている」と見下しているのだ。私は呆れ果て、振り返ることすら馬鹿馬鹿しかった。後悔?ええ、本当に後悔しているわ。もっと早くに目を覚まして、手放しておけばよかったと心底悔やんでいる。私のパソコンには、海を越えた先にある世界最高峰の学府からの入学許可証が届いている。もっと広大で、美しい世界が私を待っているのだから。彼のその虚勢に満ちた脅し文句は――まるで、これから見知らぬ大地へと旅立とうとしている旅人に向かって、プラスチックのおもちゃの剣を振り回して威嚇している子供のように、ただただ滑稽で、ひどくちっぽけに感じられた。数日後。無事に留学ビザが下りた私は、荷造りを済ませ、寮の退去手続きなどを淡々とこなし始めた。一方の陸斗は、未だに私が意地を張っているのだと思い込んでいたらしい。共通の知人をあえて使い、「陸斗と美紅がますますいい雰囲気だ」とわざとらしくほのめかしてきた。私の気を引いて嫉妬させようとする見え透いた手口だったが、私はそのすべてを適当に受け流した。そして迎えた、出発の日。私はすでに空港の出発ロビーに到着していた。不意にスマートフォンが震える。見知らぬ番号からの着信だった。無視して切ろうとしたが、つい指が滑って
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第8話
電話の向こうは、もはやパニック状態の騒ぎになっていた。私は一切の表情を崩すことなくスッと通話終了のボタンをタップし――その電話番号も、迷うことなくブラックリストへ放り込んだ。それから約2時間後。搭乗を知らせるアナウンスがロビーに響き渡った。私は小さく深呼吸をしてから、保安検査場へと向かった。無事に手荷物検査を終え、いざ搭乗ゲートへ向かって歩き出そうとした――その時だった。背後から、空港の静寂を切り裂くようなひどく切羽詰まった足音と、大声で私の名前を呼ぶ声が聞こえてきたのだ。「紬希!紬希、待てっ!!」足を止める。聞き慣れたはずのその声は、ひっくり返ったように歪んでいて、まるで別人のようだった。振り返ると、出発ロビーのど真ん中を周囲の目も憚らずに猛ダッシュしてくる陸斗の姿があった。髪はボサボサに乱れ、目は血走って真っ赤に充血している。着ていたジャケットのボタンは引きちぎれんばかりに開け放たれ、狂気を孕んだその姿はひどく惨めで、ボロボロだった。彼はそのまま保安検査場のパーテーションを突破して私に飛びかかろうとしたが、間一髪で警備員たちに羽交い絞めにされて取り押さえられた。陸斗は私から少し離れた場所で警備員に押さえつけられながら、血眼になって私を睨みつけた。その瞳には、驚愕、怒り、そして今にも崩れ落ちそうなほどの絶望など、あらゆる感情がぐちゃぐちゃに入り混じっていた。「紬希!!」彼は喉が裂けそうな声で叫んだ。「留学するってどういうことだ!?大学院の内部進学はどうしたんだよ!本気で全部諦める気か!?ちょっとした喧嘩のことで?たかがミルクティー一杯のことで!?美紅のせいだけで、俺たちの未来を捨てる気かよ!?お前、どうかしてるぞ!!」その取り乱した姿を見た瞬間、私はふと、彼をひどく哀れに思った。今のこの期に及んでさえ、彼は私が去る理由を「たかがミルクティー」と「美紅」のせいだと思い込んでいるのだ。私の積み重ねてきた失望や、すり減らしてきた心には、未だに一ミリも思い当たらないらしい。「陸斗」私はどこまでも冷ややかに、ただ事実だけを口にした。「私たちは最初から、見ている世界も歩む道も違っていた。ただそれだけのことよ。――院試、頑張ってね」淡々とした私の態度が、彼の神経を完全に逆撫でした
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第9話
彼は何度も何度も問い詰めてくる。【どうしてなんだ】【たかがミルクティー一杯と、数回美紅のことを優先したくらいで、どうしてこの3年間の愛情と、二人で思い描いた未来をあんなにもあっさり見捨てられるんだ】と。過去の楽しかった思い出を引き合いに出し、【俺たちは一緒に未来へ進むはずだったじゃないか】と、最後には哀願するような言葉まで綴られていた。私はその長い画面を無表情でスクロールし、淡々と返信を打った。【私が必要としていたのは、対等に尊重され、誰よりも一番に優先されることでした。いつまでも誰かの後回しにされることではありません。私たちの望む未来は既に枝分かれしており、私は自分にとって最も適した環境を選びました。ただそれだけのことです。どうかお元気で。返信は不要です】すぐに彼からのメッセージが跳ね返ってきた。激しく感情を乱しているようで、【お前は損得勘定だけの冷酷な女だ】【最初から俺を捨てる計画だったんだろ!】と、ヒステリックな非難の言葉が並んでいた。もう、そのメールを開くことはなかった。……トップクラスの大学院での学業は、想像以上に過酷だった。課題の締め切りに追われるあまり、食事の時間を削り、シリアルバーや冷たいサンドイッチで適当に空腹を紛らわせる日々が続くことも少なくなかった。同じ研究プロジェクトのチーム内に、久我琉生(くが るい)という、私と同じ母国から留学してきている先輩がいた。少し近寄りがたいクールで無口なタイプだが、研究能力は極めて高く、気難しい教授からも一番の教え子として一目置かれている人だ。同じ実験プロジェクトに配属されたことで、私たちは少しずつ接点を持つようになった。彼は私がよくラボに籠もりきりになり、食事を抜いていることに気づいていたようだ。ある日。徹夜による寝不足と空腹で、私が胃の痛みを堪えながらパソコンのデータを処理していた時のことだ。たまたま外から戻ってきた琉生先輩が、片手に紙袋を下げたまま、何気ない足取りで私のデスクのそばへやって来た。そして、コトリと静かにその紙袋を置いた。「ついでに買ってきた。少し買いすぎたから」彼はそれだけ言い残し、さっさと自分の席へ戻っていった。中を覗き込むと、そこにはテイクアウト用のデリボックスと、湯気が立つほど温かいホットスープが
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第10話
これ以上言葉を投げても、彼と会話が噛み合うことは一生ないだろう。どっと深い徒労感が湧き上がってきた、その時だった。「紬希。荷物、持とうか」氷のようにひんやりとした、けれど穏やかで心地よい声が割って入った。エントランスの入り口から姿を現したのは、ファイルを手にした琉生先輩だった。どうやら彼も、同じマンションの自室からラボへ向かうところだったらしい。彼は私の横に並んで重いエコバッグをさっと引き取ると、冷徹を極めた視線で陸斗を一瞥した。それから、何事もなかったかのように私へ視線を戻す。「プロジェクトのデータに少し気になる点があってね。悪いが、今すぐ議論したいんだが」それはまるで、前から待ち合わせの約束をしていたかのような、あまりにも自然で完璧なアシストだった。私は琉生先輩に小さく頷き、陸斗に向かって手短に告げた。「これから予定があるから。申し訳ないけど、帰ってちょうだい」そして、私はごく自然な流れで琉生先輩と共に振り返り、ラボへ向かって歩き出した。陸斗は、雷に打たれたように呆然とその場に立ち尽くしていた。私が見知らぬ男の隣に並び、彼から離れていく背中を見つめる。その表情に浮かんでいたのは、強烈な驚愕と、不完全燃焼の怒り。――そして、自分がついに「私の生きる世界」から完全に締め出されたのだという、絶望的な敗北感だった。その後も、陸斗は一、二度ほど大学周辺で待ち伏せたりしていたようだが、私は彼を完全に空気として扱い、視界に入れすらしなかった。私の日常は、高度な講義、手強い実験、そして論文執筆でみっちりと埋め尽くされている。合間には琉生先輩と研究のディスカッションを交わしたり、カフェテリアで向かい合ってランチをとったり。同じ目標に向かって並び立ち、互いの能力を認め合いながら切磋琢磨するうちに、彼との関係は少しずつ、確かな熱を帯びていった。琉生先輩は相変わらず口数は少ないけれど、研究においてはこの上なく的確な道筋を指し示してくれるし、私が壁にぶつかった時には、いつも何も言わずに手を差し伸べてくれる。その静かで温かい思いやりは、いつしか単なる「同じ研究チームの仲間」という一線を越え始めていた。彼もまた、陸斗が私の周囲をうろついていることに感づいていたらしい。ある日、私は琉生先輩がマンションの
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