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第4話

Author: ピリ辛巾着
彼の肩にはうっすらと雪が積もっており、その手には大きな紙袋が握られていた。

「おじさん、おばさん。実家へ戻られると聞いたので、餞別を持ってきたんです」

両親は遠慮して断ろうとしたが、彼の強い押しに負けて結局それを受け取ることになった。

出発の直前、母は赤く腫れた目で樹に向かって頭を下げた。

「私たちがいない間、もし言葉に何か困ったことがあったら……少しでいいから、あの子の力になってやってくれないかしら」

樹は快く「もちろんです」と頷いた。

――しかし、振り返った彼の笑顔が、ピシリと凍りついた。

少し離れた場所から、夕奈がジッとこちらを睨んでいたのだ。

彼女はひどく不機嫌そうな顔をして、無言のまま踵を返して歩き去ってしまった。

その日一日中、私の胸の奥ではずっと嫌な予感が渦巻いていた。

なんとかやり過ごし、迎えた午後の体育の授業。

不運なことに、私は体育倉庫への用具の片付け当番に当たってしまった。

一人で重い用具を時間をかけて定位置に戻し、ようやく外に出ようとした――その瞬間。

バタンッ!

目の前で、勢いよく扉が閉められた。

ビクッと肩を揺らす私の耳に、扉の向こうから夕奈と樹の話し声が聞こえてきた。

「お姫様、今度は何がお気に召さないんですか? 昨日からずっと俺を無視してるじゃないか」

樹の口調は文句を言っているようだが、その声には彼女を甘やかすような笑みが滲んでいた。

「幼馴染のあの子とはもう線引きをするって言ってたのに。じゃあなんで今朝、一緒に登校してたのよ!」

夕奈が怒ったように床をドンッと踏み鳴らす音がする。

「今日あいつの両親が地元に帰るから、俺も見送りに行って、そのついでに車で一緒に学校へ乗せてきただけだろ」

樹は宥めるように説明した。「前にも言ったけど、あいつの親父さんは俺の命の恩人なんだ。どうしても関わりをゼロにすることはできないんだよ」

夕奈の機嫌が少し直ったのか、声がワントーン明るくなった。

「ふーん。まぁ、そういうことなら許してあげる。

でもさ、樹くんって今まで何人も女の子と付き合ってきた、有名なプレイボーイでしょ? なんで、あんな身近にいる幼馴染のことは彼女にしなかったの?

もしかして……本命すぎて、大事に大事に取っておきたいから?」

夕奈の意地悪な問いかけに、樹はすぐには答えなかった。

体育倉庫の周囲に、一瞬の沈黙が落ちる。

私は息を殺し、自分が少しでも物音を立ててしまわないよう、両手で口元を強く覆った。

少しの思考の間の後。

扉の向こうから、樹が鼻で笑うような、酷く冷淡な声が響いた。

「言っただろ、あいつとの間に恩義以上の感情なんてないって。

それに……恋人同士になったら、キスくらいするだろ?」

チュッ、と軽いリップ音が響く。

おそらく彼が夕奈の唇にキスを落としたのだろう。

「お前さ。声も出せないような気味の悪い女と、キスなんてできると思うか?」

その言葉に、夕奈が「ふふっ」と吹き出した。

「ふーん。まぁ、合格ってことにしてあげる」

すっかり機嫌を直したらしい夕奈を見て、樹も笑いながら言葉を続けた。

「だいたいさ、俺はあいつと一緒にいると、あいつが声を出せないって事実に直面して、昔俺が命を狙われた時のことを思い出すんだよ。正直、トラウマをえぐられるようで気味が悪い。

目の前が血まみれになってさ。そりゃ、あいつも恐怖で声が出なくなるわけだ。

……だから、俺があいつを好きになることなんて、絶対にありえない」

その酷薄な声とともに、二人が抱き合う気配がした。

「可哀想に。よしよし」と、夕奈が甘ったるい声で彼の背中をポンポンと叩く。

――私は、暗い倉庫の中で一人、石のように硬直していた。

爪が手のひらに深く食い込み、血が滲むほど強く握りしめていた。

目頭がカッと熱くなり、鼻の奥がツンと痛む。

おかしいな。

もう、この街を出て行くと決めたのに。

彼のことは、もう何も信じないと決めたのに。

どうしてまだ、こんなに胸が痛いんだろう。

……でも、大丈夫。

この『転校届』にハンコを押してもらえれば、もう二度と、あんな顔を見なくて済むんだから。

二人は長い間、扉の向こうで抱き合っていた。

ようやく立ち去ろうとした時、樹が夕奈に釘を刺す声が聞こえた。

「言葉のやつは、ただの世間知らずなガリ勉だ。だからお前も、あまりあいつをいじめるなよ。親父さんに泣きつかれたら、俺の立場が悪くなるからな」

「もー。じゃあ、これからの樹くんの態度次第かなっ!」

二人の楽しげな足音が遠ざかっていくのを確認し、私は冷たい床からゆっくりと立ち上がった。

痺れて感覚のなくなった足をさすりながら、静かに倉庫を出る。

そのまま職員室へ向かい、あらかじめ用意しておいた転校届を提出した。

担任の教師は少し驚いていたが、引き止めることもなく、あっさりと書類に承認のハンコを押してくれた。

これで、全部終わった。

全てから解放されたような安堵感とともに、新しい生活への希望を胸に抱いて職員室を出た。

――だから、気づかなかったのだ。

私のすぐ目の前に、いつの間にか彼が立っていたことに。

「……手に持ってるの、なんだ?

最近、お前ずっと俺に何か隠し事をしてるよな」

樹は眉をひそめ、私の行く手を塞ぐように立ち塞がった。

私は転校届を胸に押し当てるようにして、両手で強く握りしめた。

絶対に、彼には知られたくない。

私が頑なに口を閉ざしていると、彼は苛立ったように舌打ちをし、その長身を活かして上から覗き込み、紙を奪い取ろうと手を伸ばしてきた。

「おい、見せろよ。『……届』?」

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