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第五話「地下室に囚われて」

مؤلف: mezashi
last update تاريخ النشر: 2026-04-23 19:59:55

「理人……そばにいてくれてありがとう……」

詩織は、病院のベッドの上で、理人に汗を拭いてもらいながら、か細く言った。

「詩織がそれで気が楽になるなら、なんてことないさ」

「でも、きっと木香さん、怒ってるよね……私たちのこと、疑ってるみたいだし……」

詩織は、理人と一緒にカフェにいる写真を撮られた時から、木香への警戒を深めていた。

従順な奥さんだと、理人から聞いていた。

詩織が理人とべったりになってからも、文句を言うこともなく、顔を合わせれば暗い顔で会釈をする程度。

きっと自分が理人を奪ったとしても、何かを起こす度胸などないと思っていたのに。

詩織は、歯を強く噛み締めた。

「詩織が気にする事じゃない。木香には俺が言っておく。困ったらいつでも俺を呼べばいい」

「理人……」

目を潤ませながら理人の顔を見上げる詩織は、とても儚げだった。

そよ風が吹いても倒れそうなほっそりした身体を抱いて、理人は髪にキスをした。

詩織はくすぐったそうに笑いながら、不意に口を尖らせた。

「ところで、今朝はどうしたの? 来てくれなかったから不安になっちゃった」

まるで、デートに遅刻された彼女のような言い方だった。

「……病院に行ってたんだ」

「病院? 理人、どこか悪いの?」

「いや……俺じゃない」

理人は言おうかどうしようか悩んだ後、口を開いた。

「木香の妊娠検査だ」

────

私は、自分の名前を書いた離婚届をテーブルの上に置いて、家を出た。

もう理人とは、顔も合わせたくなかった。

初期化されたままの携帯を握りしめて、なんとか知り合いとコンタクトが取れないかと、街を歩いた。

……そういえば、学生時代の友人が、このあたりのバーで働いていたはずだ。

卒業してからも連絡を取り合い、時々お茶やショッピングに行く仲だ。

会えれば、相談に乗ってくれるかもしれない。

記憶を辿りながら路地を歩いていくと、店はすぐに見つかった。

今はまだ明るい時間だから開いてない。

夜になったら、もう一度来てみよう。

そう思って引き返そうとすると、突然、後ろから口を塞がれた。

「!?」

ハンカチを口に当てられて、声が出せない。

独特な甘い匂いがした。薬が仕込まれていることに気づいた時には、もう意識が遠のき始めていた。

「赤石(あかし)。早く連れて行って」

その鋭い声の主は、詩織だった。

赤石とは、おそらく私の口を押さえている人物なのだろう。

途切れかけの意識で、黒塗りの車と……詩織が、両足でしっかり立っているのが見えた。

どれくらい経っただろうか。

体の痛みで目が覚めた。

手足を縛られて、暗くて埃っぽい部屋の、硬い床に倒されているのが分かる。

「ここは……」

「理人の別荘よ」

その声は、詩織のものだった。

詩織は、動かないはずの両足で、私の前に歩いてきた。

「……歩けないのは嘘だったのね」

「木香さんってば、この状況で強がれるなんて、すごい。気の強い女は嫌われるのよ。今のあなたみたいに」

詩織はくすくすと笑った。

「大丈夫よ、木香さん。すぐに泣いて許しを乞う、惨めな女の子になれるわ」

詩織が、手に注射器を持っているのが見えた。

あれは何? まさか、毒……?

「……私のことを殺そうとしてるの?」

「まさか。あなたのことは殺さない」

縛られて動けない私の腕に、針を当てた。

「お腹の中の子だけよ」

私は目を見開いた。

「嫌! 何でこんなことをするの!? こんなことしなくても……」

「ええ、あなたの言う通りね。こんなことをしなくても、理人は私を優先してくれる。あなたと違って」

詩織の侮蔑的な言葉に怒る余裕はなかった。

あの針を刺されたら、子供は終わり。

私に愛のない、理人の子だとしても。

詩織の代わりにして抱かれたとしても。

お腹の子供に罪はない。

「離して!」

「でもね」

詩織は私の腕を強く掴んだ。

「理人は、朝のお見舞いより、あなたの妊娠検査を優先したの! 子供ができたら気が変わるかもしれないでしょう!」

……そんなことで?

私の前に現れてから、何度も、どんな時でも、理人に優先され、愛されてきたというのに。

そのたった一度で、こんなに残酷なことができるの?

それに、理人は、私の妊娠を疑って検査について来ただけだ。

子供ができたと聞いた時も……喜んではいなかった。

「槙原さん、お願い待って! 理人とは離婚するつもりなの。全部あなたにあげるわ! だから、お腹の子供だけは見逃して……」

「やっぱり理人の子を産むつもりなのね! そうはさせないわ」

私の懇願は、鋭い痛みと共に拒絶された。

肌の下に、冷たい液体が入り込んでくる。

大声で泣き叫んだが、詩織を止める人はいなかった。

ガスケットが薬液を押し出し、シリンジの底で止まった。

もう、どうすることもできなかった。

詩織が針を抜いて、呼吸を整えて、笑った。

「効果が出るまでここにいて。ここは街からも離れているし、理人は滅多に来ない。私は鍵を貰ってるけどね」

詩織は、ポケットから鍵を取り出して笑った。

「ここは地下だし、誰にも声は届かない。助けを求めても無駄。叫んでも、力尽きるのが早くなるだけよ」

詩織は踵を返し、扉の方に向かった。

そして、一度も振り返ることなく、無情にも扉は閉じられてしまった。

扉越しに、詩織の声が聞こえた。

「理人? ごめんなさい、連絡が遅くなって。迎えは大丈夫。柚木が車で連れて行ってくれるの。それにしても楽しみ。モンクールで快復祝いだなんて……」

詩織の口にした店名が、私の心を貫いた。

理人が、私たちの結婚記念日に予約して、そしてキャンセルすることになったあの店だ。

一人で店を出た時の惨めさは、今でも忘れられない。

だけど……それよりもっと悪い状況になるなんて、思いもしなかった……。

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    「え……?」私は顔を上げて、宏樹の目を見た。優し気で、真剣な眼差しだった。「辛いことを話してくれてありがとう。……ここには、俺と君しかいない。泣いたって……誰にも馬鹿にされないよ」心の中を全て見通したような言葉に、初めて、涙が溢れてきた。理人には、ずっと、泣いて人の同情を誘うなと言われてきた。有浦に嫁ぐ者として、人前で弱いところを見せるのは恥だと。しかし、その有浦の宏樹から、泣いてもいいと言われた。初めて、許されたような気持ちだった。宏樹は、私が泣き止むまで、黙って側にいてくれた。その時、バン!と音がして、病室のドアが開いた。「木香!」理人だった。声を荒げた様子に、少しは心配してくれたのかと思ったが、そうではないらしかった。「今度は一体何なんだ!? 病院を使ってまでこんな芝居をして……何がそんなに気に入らない!?」「理人」私に詰め寄る理人に、宏樹が鋭く声を掛けた。「……宏樹?」理人の動きが止まる。宏樹の目の奥は、笑っていなかった。「木香がこんな目に遭っているのに、その態度は何だ?」「何で宏樹がここに……!?」「俺の話はいい。木香のことは聞いているのか?」理人は、宏樹の強い口調に一瞬たじろいだが、私の方を一度見て、再び続けた。「こいつがが病院に駆け込んで、俺を呼んだんだろう?」「違う、お前の別荘の地下に、薬を打たれて監禁されていたんだ」「まさか! そんなの、こいつの虚言に決まって……」「俺が見つけた」理人は絶句した。信じられない、という顔をした。おそらく、理人は詩織がやったことを知らない。だとしたら、なぜこんなことになっているか、分からないのは当然だ。「……木香」理人が私の隣に歩み寄った。「本当なのか?」私は、目を赤くして答えた。「あなたは、一度も私を信じてくれないわね」理人は私の顔を見て、驚愕した。もう何年も……理人の前ですら、こんな風に泣いたことはなかったからだ。しかし、理人の言葉はあまりにも冷酷だった。「……その涙で、宏樹を騙したのか」言葉も出なかった。理人は、宏樹のことすら、私が騙していると思っている。どれだけ詩織に対して盲目になれば、こんな言葉が出てくるのだろう。「理人!」宏樹の制止に、理人は食ってかかった。「宏樹、こいつは嘘つきだ。俺と詩織のことを疑い、あの手この

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