Mag-log in午前中の合同一般授業は、何も起きなかった。
いや、彼方が先生に「どうして一年生が風紀委員なんだ」とか「選考理由を教えろ」とか詰め寄って、風紀委員長に直接聞きなさいと言われて、あのスタンが相当効いていたのか黙って席に戻ったりはしたけど、少なくとも風紀委員が必要なことはなかった。
一応風紀委員としての仕事もあった。ココに言われて、学校の廊下を歩く。いわゆる巡回ってヤツだけど、上級生の教室から僕たちを興味津々な顔で見る先輩の多いこと多いこと。やっぱ一年入ったばかりで風紀委員と言うのは僕の透明コアと同じくらいにレアなんだろう。
昼食も無事すぎて、僕は渡良瀬さんと別れ、担当教室へ向かった。
コア認識のドアを開け、入ってきた僕に、御影先生は機嫌よさそうに声をかけてきた。
「やあ。人生が劇的に変わった気分はどうかな?」
「はい?」
「初の新入生風紀委員だ。さぞ注目を浴びただろう」
「劇的にって……風紀委員になったってだけで、他は何も」
「それは学園のことを知らないから言えるセリフだよ、丸岡君」
御影先生は何やら備品をいじりながら返した。
「学園で風紀委員はかなりの権力を持っている。時には教師に罰則を与える風紀委員もいるくらいだ。この日本最高のコア主養成校でコアを使った違反に立ち向かう能力と権力を持っている……一介の新入生がなったことはない。今回の君達が初めてだ。だから、劇的に変わったと言ったんだ。君に自覚がなくてもね」
「先生がゴーサイン出したからじゃないですか」
「もちろんだとも。コア研究に一番必要なのはコアの使用例だ。使用例が多ければ多いほど研究ははかどる。コアを自由に使っても文句を言われない立場になれるというこのチャンスを、どうして逃すことができる?」
「彼方にケンカ売られましたよ。風紀委員はコア使いたい放題の権力振るいたい放題だって」
「そこも含めて私は許可を出したんだ」
担当室のスイッチを入れながらの先生の言葉に、僕は意味が分からず首を傾げる。
「君はコア使いたい放題の権力振るいたい放題に
「ちょっと待って、君、僕たちに姿が見えたこと話したりした?」「私たちは創造主には嘘はつけません……きちんと報告しました……わたしが途中で体力切れで落ちたことも、仁さんと今はいない瑞希さんに姿を見られたけどコア監視員には見つからなかったこと……創造主は私を調整した後言いました……失敗作だから消えろって……!」 顔を覆って泣き出した彼女をどうすればいいか分からず、しばらく泣き終わるまで待つ。 ひっく、ひっくと嗚咽に変わったから、少しは落ち着いたのかな。「わたし、どこにも行き場がないんです……優しくしてくれた人は、創造主の他には仁さんと瑞希さんしかいない……」「だからここへ?」 彼女はこくりと頷いた。「渡良瀬さんでもよかったんじゃ」「隠れられる場所が、瑞希さんにはありませんでした……」 そうか、コア監視員に存在を知られちゃいけないから。 ん?「隠れ場所って、何?」「一から説明します。わたしはコア生物です。でも、生まれた理由が分かりません」 何だそりゃ、といいたいのをぐっと飲み込んで、話を聞く。「コア監視員はコア主を対象として監視するけど、創造主は私に役割をくれませんでした……。ただ、毎日、コア調整を繰り返されるだけ……」 コア創造には詳しくないので、どんな調整をしたかを聞いても分からないだろうから、黙って頷く。「ある日、創造主は言いました。外へ出ておいでと。コア監視員や生徒には姿が見えないようになっているから、安心して出ておいでって。わたし、研究室の中で、外に出るのが憧れでした。だから、出たんです。外へ」「そしてはしゃぎすぎて中庭に落っこちた?」「はい……」 コア生物は悲し気に頷いた。「仁さんと瑞希さんのおかげで助かって、わたしは研究室に帰りれました……。創造主は喜んで出迎えて、わたしの調整をしながら笑顔で私の話を聞きました……それなのに」
変な名無しのコア監視員もどきと出会ってから、時は特に何事もなく過ぎ去った。 風紀委員会の言い伝えでは一年生が入って一ヶ月が勝負らしい。 受験とコア試験に合格する生徒の中には、お山の大将と呼ばれる連中がいる。彼方くんのように、中学校で勉強一番コアも強いという人が、弧亜学園でもそれが通用すると思って粋がる生徒がいる。 それをどうにかするには、上には上がいると思い知る必要がある。 一番手っ取り早いのが、風紀委員にやっつけられること。 だからこの時期は、新人風紀委員が走り回ることになる。 一年生はどれだけ強がっていても、本気のコア戦闘に不慣れ。コアの使い方や戦闘に長け、風紀委員に選ばれるだけの実力を持った二・三年生相手に勝ち目はない。ただし、ただ勝つんじゃなくて、鼻っ柱をへし折ってやるくらいの完勝をしなければならないのだとか。 彼方くんが長田先生や僕に完敗して、真面目に授業や追加授業を受けだしたように。 そう言う生徒は毎年二桁はいるらしく、戦闘能力的に経験の浅い新人風紀委員が新入生更生の為に働くというわけだ。 こうして一年生には、上級生は強く、努力しないと上に行けないということを学ぶのだという。 ……一年生委員の僕と渡良瀬さんは、一日目のMVCを取ってから、特に働くこともなかったけど、同級生は上級生に倒された風紀委員と同じレベルと思ってこっちを見るようになるので、校則違反の生徒を見つけることもなく、割と平和になった。 その嵐の一ヶ月が終わる直前、四月も終わりに近づいたある日。 男子寮の自室に入って来て、ドアを開けた途端、僕の心臓は跳ね上がった。 ドアを開いて自動で電気がついた部屋の中。 しくしくしく……しくしく……。 泣き声? ちょっと待て、この声、女の子だよな。ここ男子寮だよな、男子寮に女の子はいることはないんだよな。なのに女の子の声だよな。一体誰だ、まさか心霊現象とか……? どんどん怖い考えになっていくのを一度深呼吸して無理やり落ち着かせて、部屋の中をじっく
「そ。だから、黙っていよう。そもそもココたちにはあの子の姿は見えてなかったんだから、言う必要はないよ。今回は人助け……いや生物助けかな? をしたってことにして、黙っていよう」「そうね」 渡良瀬さんはスッキリしたように微笑んだ。 ヤバい。ラジオ体操で鍛えたはずなのにまた心拍数が上がる。 その時、ベルが鳴った。「まずっ、御影先生の所行かないと」「私も阿古屋先生の所!」「じゃあ、渡良瀬さん」「うん、二人の秘密ってことで!」 渡良瀬さんは僕の心拍数を上げる天才だ。 御影先生の担当室に向かっているところで、ココが姿を現した。「お二人の会話の時は席を外す、私ってはなんて気の利くコア監視員なんでしょうねー」「だから何でそうなるの」「私の顔をこれに設定しておいてー、今更何言うんですー? 丸岡さんは渡良瀬さんを好きだってこと、学園中のコア監視員が知ってますよー?」「だから言えないんだ」 ぼそっと僕は呟いた。「言えないことでもしたんですかー?」 言えないことは……ある。でも。「それは言えない。二人の秘密だから」 次の瞬間、キーンと鼓膜が震えた。 コア監視員の興奮した声は超音波になるらしい。「やっぱりやっぱりやっぱりー! 二人の秘密……なんて素敵な言葉ー! コア監視員でよかったー! はい分かりましたー。私は今後とも渡良瀬さんと会う時は姿も消して通信も切っておきますー! 二人の秘密のお邪魔はいたしませんからー!」 まだ鼓膜がキンキン言っている。 これであの名無しの子のことは誤魔化せた。 ……余計な面倒を背負いこんだ気はするけど。「コア生物の創り方?」 何となく興味を持ったので、御影先生に聞いて見た。
「い、いえいえいえいえ!」 名無しは小さな手をちたぱたと振った。「そこまでご迷惑はかけられません! お水もいただいたし、コア監視員から庇ってくれたし、訳アリなのを聞かないでくれて……。そこまでしたら、わたしが怒られます!」「大丈夫? ひとりで行ける?」「はい、瑞希さん」 こくんと名無しは頷いた。「何故落ちて来たかは聞かないけど、今度は気をつけなきゃ」「はい、ご忠告ありがとうございます、仁さん」 名無しは頷いた。 ふわりと半透明の羽が広がる。コア監視員の羽が蝶に近いのに対し、彼女の羽はトンボに近い。「創造主《クリエイター》の許可が降りましたら、後程お礼に参ります。この度は本当にありがとうございました」 立ち上がり、羽を限界いっぱいまで広げて、ロケット花火のように一瞬で上空まで行く。 そのまま、きらきらした輝きをまとった名無しは、光跡を残して中庭の切り取られたような四角い空から姿を消した。「何だったんだろうね」「何だったんだろ」 渡良瀬さんとの会話が僕のオウム返しが多いことになりがちだけど、それしか言葉が浮かばないんだからしょうがない。「……でも、一つだけ分かったことあるよ」「何?」 聞かれて、僕は首を竦めた。「あの名前のない子のことを、コア監視員には言っちゃいけないって」「そうね。すごく怯えてたし……。きっと何か事情があるんだわ」「第一コア監視員に見えないって言うんなら、コア監視員の創造主《クリエイター》がやって来て僕たちを調べ始める可能性だってある」 うん、と渡良瀬さんは頷いて、そして首を傾げた。「でも、あの子の創造主《クリエイター》が、コア監視員にも見えない設定にしたのにわたしたちには見えたって調べに来る可能性もなくない?」「あるよ」 僕は首を竦める。「でも、自我を持っていて、判断もできるコア監視員やあの子を創ったような創
ココや渡良瀬さんのコア監視員が消えた。 もし今掌の中にいる彼女がコア監視員なら、彼女たちが姿を消すはずがない。コア監視員が弱っているなんて知ったら、絶対全コア監視員に伝わり、会った事もないコア生物の創造主が駆けつけてくるだろうから。 でも、創造主どころかコア監視員すら現れない。「えーと」 僕は持ってたスポーツドリンクのペットボトルの上に彼女を座らせて、視線を合わせた。「君は、何者なんだい?」 だけど、コア監視員にしか見えないその生き物は、おどおどと僕と渡良瀬さんと交互に見るばかり。「ダメだよ、丸岡くん」 降ってきた声に顔をあげると、渡良瀬さんは首を横に振っていた。「名前を聞く時はこっちが最初に名乗らないと」 言って、僕の隣にしゃがんで謎の生物に視線を合わせた。「私は弧亜学園一年の渡良瀬瑞希。こっちは丸岡仁くんね。あなたのお名前はなんて言うの?」「ない、です」「ナイって名前?」「違います。名前は、ありません」 名無し? 確かにコア監視員は生まれた時には名前を与えられない。監視対象につけられて初めて名を名乗る。てことは……。「あなたはコア監視員なの?」「い、いいえ、違います。わたしは……」 怯えたように言って、辺りを見回す。「あなたがたには、わたしが、見えるんですか?」 僕と渡良瀬さんは顔を見合わせた。「君が空から落っこちてきたところから見えてた」「私は丸岡くんが見上げた先を見たら、見えたわ」「ど、どうして……誰にも見えないはずなのに……わたしはコア監視員にも感知されないようにしたって言われてるのに……どうして……」 小さな目に光るものが浮かぶ。「僕たちには見えたけど、コア監視員には見えてなかった……?」「そうね、あのお節介でおしゃべり好きで世話焼きのコア監視員が、こんな状況になってるのに出てこないわけ
「大丈夫?」 覗き込んでいる僕と渡良瀬さんに気付いて、小さな生き物はびくりと怯えた顔をした。「あ、なた、だれ? わたし……」「君は空をふらふら飛んで落ちてきたんだよ」「わたし、でも、そんな……」「何してるんですか?」 ココの声が聞こえた。 思わず僕は両掌で覆うように謎の生物を隠した。「ミャル? 今までどこ行ってたの?」 ミャルって言うのは確か渡良瀬さんのコア監視員の名前。二人そろって同時に戻ってきたんだろうか。 掌の中で小刻みに震える生き物を隠してココを見上げる。 もう一つおかしいことに気付いたのだ。「ココ、聞きたいんだけど」「何ですかー?」「コア監視員は離れていても僕のやってることとか把握してるんだよね」「その為のコア監視員ですからー」「なら」 何でこのコア生物らしき生き物がいるのに今の今まで出てこなかったの? それ聞こうか聞くまいか悩む僕の、貝のような掌に気付いたんだろう。ココはひらひらと飛んで行った。「何隠してるんですかー?」「あ、いや、これは」 ココはひらひらと飛んで僕の掌の中を覗き込む。「なーにーをかくしているのかなー?」 歌うように言って、僕の指の隙間から中を覗き込む。「何だ、何もないじゃないですかー」「???」 思わず渡良瀬さんと顔を見合わせた。「ミャル」 渡良瀬さんもコア監視員に声をかけている。渡良瀬さんの視線が空から僕の掌に移動し、何も感じないがコア監視員が覗き込んだらしい。渡良瀬さんに視線で問いかけると、渡良瀬さんは小さく頷いた。 恐らくは、渡良瀬さんのコア監視員にもこの掌の中身が見えていないんだ。「まー、でも、私はできたコア監視員ですからー。お二人でいる時は席を外させてもらいますよー。忙しい日常の幸福な一時をお邪魔しちゃいけませんからねー」「お、おい、