Chapter: 第185話・すべては終わり 十年後。 瑞希と一緒に、バスを降り、少し歩く。 辿り着いたのは、十年前から更地になったままの場所。「おう、来たか」 壮は僕と瑞希の姿を見つけて、軽く手を挙げた。「お前らも毎年律儀だな。こんな跡地に来るなんて」「それを言うなら壮だって」 あの時、学園長と地下研究施設全てを失った弧亜学園は、秘密の研究で全人類のコアを消したのではないかとの疑いをかけられ、国連に全ての研究データなどを没収された。 しかし、肝心なことは、羽根さんは自分の命と一緒に持ち去ってくれたので、残っていたのは動かすコアのないコアコンピュータだけだった。 学校が廃校になって、十年。 更地にされた学園に、僕たちは、一年に一回やってくる。「人のうわさも七十五日」 瑞希が呟いた。「弧亜学園が叩かれて、コアがなくなって。人類どうなるかと思ったけど、案外コアがなくても生きていけるものなのね」 跡地に花を置いて、瑞希は呟いた。「なんだか、あの時のことが、夢みたい……」「でも、覚えてるだろ?」 こうやって、人類が滅亡を免れた日に、花を手向けにやってくる。 羽根さん。長田先生。学園長。地下にいたコア生物や新人類、そして、ココ、ナナ。「僕たちが墓場まで持って行けば、それでこの一件は水の泡。もう誰も、コアがあったことなんか思い出さなくなる」「そうね……」 しばらく僕たちは合掌した。「飲みにでも行くか?」「まだ日中だよ?!」「いいだろが、今日は記念日だ。飲んでいいんだ、俺的に」「相変わらずね、壮君は」「はん、そう簡単に変わってたまるかよ」 僕たちは、歩き出した。 だから、気付かなかった。 木陰に、緋色の光を放つ何かが、落ちていたことに……。 完
Last Updated: 2025-12-03
Chapter: 第184話・コアを染めて『私の間違いは正されたのですね』 突然、合成音が聞こえた。「何、この声」「羽根さん」「羽根?!」 まだ人間の姿を取り戻せていない長田先生があちこちを見る。『ありがとう、丸岡くん』「羽根さん……これで、終わったんですね?」『まだ、終わりじゃないわ』 合成音は静かに告げる。『新しい人類の道をやり直さなければ、同じことはまた起こる』「どうすれば……?」『全てのコアを、ナナに命じて、貴方のコアの望みのままに、透明に、そして、無に』「……って、それって、地球からコアが消えるってことか?」 彼方くんの問いに、羽根さんは、是、と答えた。『このままコアを残しておけば、人類が成長する限りいずれは誰かが私と同じ結論に辿り着き、同じ結果を導き出す。そして、その時に貴方が、そして透明なコアがあるとは限らない』「無茶だろそれ。今の人類の研究や実験は、ほぼすべてコアか、対コアとして進んでる。コアが突然なくなれば、インフラにも影響がデカい」『そこは、人間の可能性に賭けるしかないわね』「無責任だな」『私のいない未来だもの』「なら生き延びて新しい道を示せよ」『私と言う存在がある限り、人類はコアを諦めない。人造コアの研究すら始まろうとしているのに、唯一残ったコアの繋がったスーパーコンピュータなんて、戦争を起こしてでも勝ち取りたいものよ』「長田先生は……それでいいですか」「私は長生きをし過ぎました」 人間の姿も取れない、黒茶の平面の生き物は、そう言った。「コアがなければ生きていけない身体……見ての通り、もはや人類ですらない。私たちこそ旧人類。コアなき世は、君たちが創るべきです」「丸岡くん……」 渡良瀬さんが、泣きそうな顔で言った。「それって、先生も、先生の妹さんも、死んじゃうってことよね……? やだよ、そんなの……」「死ぬんじゃありません」 平面の黒茶の一部がむくりと伸びあがり、渡良瀬さんの頭を軽く叩いた。「元に、あるべき姿に戻るだけです。私たちは死にませんよ。本当のことを誰も知る必要はない、ここにいる三人だけが知っていればいい」「カピパラ……いや、長田」 彼方くんは、ちょっと唇をかんでから、言った。「散々悪口言って、悪かったな」「気になさらず。君こそ変わりました。君と丸岡くんを教えられたことは、私の誇りです。渡良瀬さんが死んでほし
Last Updated: 2025-12-03
Chapter: 第183話・透明に「まだ覚えていてくれたんですかー」 学園長の一部、金色の光の中から、その声は聞こえた。「色々あり過ぎてー、新しい相棒も手に入れたみたいだからー。私のことなんて、忘れちゃったかと思ってましたー」「忘れるわけないさ」 あの日。弧亜合格を教えてくれたのは、ココだった。 お節介で図太くて図々しくて気紛れで……でも。「君は、僕の、コア監視員だよね」「何を……」 学園長が何か言おうとしたけど、金色の光が強くなってそれを止めた。「それは、今でも有効?」「そりゃーそうですよー。私を仕込んだのは|救世主《メシア》ですけどー、私と言う存在を形作ったのは丸岡さんですものー。私はー、意識ある限りー、丸岡さんをー、監視しますー」「じゃあ、今僕の考えていることは分かるよね」「丸岡君?!」 長田先生の不安に歪む声に笑いかけて、そして僕は恐らくココがいるだろう場所を見た。「協力してくれるかい?」「難しいですねー」 当然、上手く行くとは思ってなかった。ココは学園長が生み出したコア生物だから。「でもー」 いつもの調子で、ココは言った。「丸岡さんがー、私のことを一生覚えていてくれるって約束してるならー。それならー、協力するかもしれませんねー」「!!」 学園長は目を丸くする。 僕が乗っている長田先生も、一瞬震えた。「バカなこと言うなよ、ココ」 僕は笑った。「確かに僕らの繋がりは半年もなかった。だけど、一緒にいた、一番気にかけてくれた相手を、僕が忘れるわけないじゃないか」「そうですかー」 ココの声は楽し気に聞こえた。 そして、金色の光がぞわぞわとまだらに光る色を押しのけていく。 学園長の胸部の、ちょうど真ん中。「絶対の絶対ー、死ぬまでー、忘れないでー、下さいねー?」「忘れないよ。忘れられるものか」 僕は透明のコアを、光の渦の中心に向かって突っ込んだ。「だって、僕らは、相棒だったんだから」「ぅあっ!」 もう一度、悲鳴。 透明のコアを、学園長の胸部に直接押し付ける。「染まりたいんだろ? 染めてやるよ……透明に!」「やめっ、やめてっ、いやっ」 コアの触れた胸から、学園長の肉体が透明になっていく。「やっと手に入れた肉体なのに……やっと手にした結果なのに! こんな所で! 旧人類に!」「君たちが新人類となる夢は破れた」 僕は透明に染め
Last Updated: 2025-12-03
Chapter: 第182話・ラスボス最終形態 次の瞬間、パッと暗闇が消え、あの時と変わらない距離で、全身に無数の色をまとわせた学園長がいた。「随分前衛的になっちまったな」「まだらですね」「もう……私は、間違いを犯さない」 学園長……無数の色の集まりは、明らかに僕たち四人を狙っていた。「私が……最終存在となる」「その色で妹を語らないでほしいですね!」「行くぞ渡良瀬っ」「分かってる!」 渡良瀬さんは、限界ギリギリまで、他者鎮静化の光をたくさんたくさん生み出した。 危機において、精神や肉体は時に実力以上の結果をもたらす。それはどんな生き物でも同じこと。 渡良瀬さんの力を、彼方くんは|空気弾《エア・バレット》の先端につけて、様々に軌道を変えて打ち出した。「ゥア……ア……」 明らかに、まだらに染まった光が色を失っていく。 他者鎮静化とは、僕の透明コアに近い能力だった。色を一時的に奪うことで相手の力を弱める。そんな彼女と僕が、そしてそれを弾丸の先に乗せて撃ちだせる彼方くんとが、受験で出会ったのは偶然か? あるいは学園長が何か企んだのかもしれないけど、助かった。 これで、随分色を削れる。 僕は長田先生の背中らしき所に捕まって、光の弾丸を受けて悶える学園長のすぐ近くまで進攻していた。「ナナ!」(はい!) 今の僕には分かる。透明なコアが、全てを透明にしたいという欲望を持っていること。 上手く手綱を取って長田先生にその力を向けないようにしながら、僕は右手を伸ばす。 透明なコアが見える。 学園長を取り巻く《《色》》は、それが必要なものだと判断して手を伸ばしてくる。 でも、触れる度、色が怯えて遠ざかっていく。「いいのかしらねぇっ?!」 学園長の狂喜に満ちた笑みが、そのまだらの顔に妙に映えた。「この光は貴方達と同じ人間、光が消えればその人間も死んだことになる! ふふ、まあ同士討ちが当たり前の最低種族だから、脅しにもならないかもだけどっ!」 言いながら、学園長は手を伸ばす。僕の透明コアを手に入れるために。「あなたの中にいる全員が、あなたに従っているとは思えない」 そして、僕は呼んだ。「ココ」
Last Updated: 2025-12-02
Chapter: 第181話・ラスボス戦 長田先生の静かな声にも、焦りがにじんでいた。「世界中の人類についているコアを呼び集め、新たな人類の一部として目覚めさせようとしているんでしょう」「新たな人類の、《《一部》》?」「なるほどね」 僕はすぐに納得がいった。「学園長がなろうとしているのは、間違いを犯さないために無数の判断装置がついた究極の精神体。世界中の人類の意識を奪えば、そしてその意識を支配下に置けば、間違いを犯さない永遠の支配者と成り得る」「全人類を支配下に置いたところで間違わないとは思えないけどな」 彼方くんの言葉に僕は頷いた。「そこまで追い詰められたってことだけど……」「だけど、世界中のコアを集めるってことはさ、ゲームで言えばラスボスが、残り一桁のヒットポイントを全回復したってことじゃない?」 暗い中、僕のコアが放つ光に浮かび上がった渡良瀬さんの顔は、見るまでもなく真っ青。「全回復どころか攻撃力に防御力もアップさせただろうね。だけど」 僕は渡良瀬さんに向かって笑いかけた。「負ける気は、ない」 それより、と僕は黒い壁を見る。「長田先生、先生は大丈夫なんですか?」「私はコア肉体を私の支配下に置いた存在」 長田先生は少し苦し気で、でも正確に答えてくれた。「あの《《妹もどき》》がどれだけコアを呼び集めようと、僕の心臓や脳とも同化しているコアは、僕から離れれば死ぬ時だと分かっているから、離れません。結果、こうして君たちをあいつの影響から庇えますが……あいつが完全体になって襲い掛かってきた時、君たちを守ることができるか自信はありませんね」「それなら大丈夫です」 渡良瀬さんと彼方くんの顔がこちらを向く。長田先生の意識もこちらを向いていることが分かった。「今のはラスボスの第一段階、第二段階だった。そして今、最終段階になろうとしている」「なんか手があるんだな」「あるよ。君たちが無事でよかった。長田先生がいてくれてよかった。僕一人じゃ相当てこずった」 そして、僕は作戦をみんなに伝える。「なるほどな」「……頑張る」「その役目は引き受けました」 その時、地面が揺れた。「地震?」「いいや、足踏み」 僕が呟く。「先生、地球中の人類の意識を、あいつは取り込んだんでしょう」「はい」 ああ、久しぶりに長田先生の「はい」が聞けたな。最初に聞いた時はバカにされてるん
Last Updated: 2025-12-02
Chapter: 第180話・追い詰められて 僕は、金色の鞭を掴んで全力で引っ張った。 学園長は慌てて鞭を放す。色なき浸食からギリギリで逃れながら、僕を見ていた。 |創造主《クリエイター》を名乗り、|救世主《メシア》を名乗ったあの余裕の笑みは何処にもない。 ただ、自分を裏切った者たちに対する恨みがあるだけ。「くっ、このっ!」 学園長の行動は読めた。彼方くんの|空気弾《エア・バレット》のように攻撃を仕掛けながら、隙をついて僕からコアを奪い取る。 だけど、そううまくはいかせない。 僕は、僕の内から溢れ出す透明コアの力を、空気のように操った。 学園長が生み出した以上の透明の弾丸を用意して。「死になさいっ」「そっちの方だ!」 同時に金と透明の弾丸の嵐が互いに襲い掛かった。 透明の弾丸をすり抜けて僕を狙ってきた金色の弾丸は、僕の右肩口や足にぶつかり、血を噴き出させる。「……痛いね」 笑って、呟いた。「でも、分かったから、いいか」「何が……やられておいて、何が分かったのかしら?」 もちろん学園長に教える義理はない。ただ、透明に侵食させて力を失う能力は、どうやら無意識の内には出せないらしい。あくまで僕が意識してでないと無理なのか。 だけど、僕が受けたのは数発。しかもまだ透明コアを狙っている学園長は僕を本気で殺そうとはしていないから絶妙に急所を外してきている。 アドレナリンが噴出しているのか、痛くも痒くもなく、僕は笑う。「次の攻撃と行こうか」 僕は左足を引きずって前に出た。 学園長を覆う金色の光が、随分と弱くなっている。「負けない……私たちの力を借りなければ、歴史すら刻めなかったような生き物に、私は負けない……!」「僕も負けない」 笑って、言う。「全人類を背負う気はないけど、何人かの大切な人を助ける為なら、全人類だって救って見せる」「その全人類が消えたらどうなるでしょうねえっ!」「丸岡君! こっちに!」 ケガをしていない左肩を掴んで引っ張ったのは、長田先生だった。「丸岡っ」「丸岡くんっ」「三人とも、動かないで!」 長田先生は自分の身体を丸めるようになりながら巨大化し、すっぽりと僕らを覆った。 外で何が起きているのか。「先生……学園長は今、何を」「旧人類のコアを集めようとしているんです」
Last Updated: 2025-12-02
Chapter: 第180話・魔獣と魔物「魔物、だったんだね」「ああ、魔物だ」 ケンタウロスは頷いた。「魔獣の攻撃が剣呑になって来て、我らもできるだけ仲間とはぐれぬよう、仔馬は集団の真ん中に入れるよう、と対策をしていた。だが、唐突に十余の魔物が現れた。足が二本の魔物だ」 魔物と魔獣、手っ取り早く見分けるのは足の数だ。ワーラットやワーベアと言った変身型の魔物も、普段は二本の足で歩いている。足が四本以上あったら普通は魔獣と考えて間違いない。もちろん、人間にもケンタウロスという例外種族がいるが、もしそんな例外種だったらケンタウロスはまずそれを指摘していただろう。「彼らは魔獣を自在に操り、我らの群れを取り囲み、魔法の縄で一気に群れごと捕えて連れて行く。その縄から逃れた数少ない仲間が他の群れに警告を告げ、我らはできるだけ対処しようとしたが、我らの群れにもケンタウロス狩りの魔物が来た。我らは散ることにした。群れでいたら被害が大きくなると忠告されたからだ。俺たちの群れは俺たちが囮になることで逃げ|果《おお》せた……と思う。捕らえられた直後頭に袋をかぶせられて縄で縛られ、何処に連れて行かれたのか。恐らくは洞窟を掘りぬいたような場所で、他の群れのケンタウロスたちと牢獄に入れられ、俺たち三人が連れ出され……。連れ、出され?」「そこで記憶が終わってる」 俺が口を挟むと、うむ、とケンタウロスは頷いた。「もしかして、我らは何かをされたのだろうか。失った記憶の中で、何か酷いことをしていたのだろうか。思い出せぬ……きっと貴公らに世話になったはずなのに」「あ、無理に思い出そうとしなくていいです。それするとキツイから」 俺は片手をあげて考え込むケンタウロスを止めた。「今までもらった情報で十分です。魔物がケンタウロスを捕えていること、この街道の近くにそいつらの本拠地があること。それだけ分かれば」「分かれば、どうするのだ」 狩りに行くだけだ。 人間を捕えて人体実験して魔獣化させて人を襲わせた、その落とし前をつけに行く。 そう言ったら、三人は決意を目に|漲《みなぎ》らせて言った。「吾輩たちも、共に連れて行け」 三人のケンタウロスが、そう言い張った。「意識戻ったばっかなんでしょ? 危険だよ」「危険は承知」「だが、捕らえられているのは我らの仲間の群れ。そして我らの群れも襲われた。もしかしたら我らの群れの誰か
Last Updated: 2026-02-24
Chapter: 第179話・ケンタウロス狩り 四本の足を折って座り込んでいるケンタウロス三人の様子を確認する。 呆然自失……っつーか何が起きたかもわかっていないって顔だ。仕方ない、俺の神威【巻き戻し】は記憶も過去に巻き戻す。自分が何をされてどうなっていたか、ほとんど覚えちゃいないだろう。 でも、とりあえず。「大丈夫……ですか?」 ケンタウロス……栗色一人、褐色一人、灰色一人、計三人は辺りを見回す。「オレたちは……」「確か、魔物のケンタウロス狩りに遭って……」「ケンタウロス狩り?」 俺の言葉に三人はやっと俺たちの存在に気づいたらしく、立ち上がって警戒態勢に入る。「あー、えーと」 どういえばいいかなあ。俺が生神だって名乗っちまうのが一番早いんだけど、できればそれは噂にならない方がいい。神の力に頼らないで生きて行けるように世界を【再生】するのがおれの仕事なんだから、それ以上のことをやってはいけない。「……とりあえず、ケンタウロス狩り、ではないです」 一応自己弁護。「西の方から来た人間です。皆さんを捕まえようとか、そう言う気はありません」 M端末を懐に収めるようにして収納してから、俺は両手を広げて敵意がないことをアピールした。「第一、俺たちの装備で、皆さんをどうにかできるようなものはありません」 灰色が胡散臭げに俺を見たが、俺は両手を広げたまま、三人のケンタロスに訴えた。「敵意はないと言う。ならば何をしに来た。西の草原へ、二本足の人間どもよ、貴様らは何をしに来た」 警戒バシバシモードだなあ。まあ無理もない。魔物狩りに襲われた後何処まで記憶が残ってるか分からないけど、この後人体実験に使われてむごい姿で俺たちを襲わされたんだもんなあ。「あー。あのね」 ミクンがグライフから飛び降りて、前に出た。「おお! 丘の民!」「分かる? ハーフリングだって」「分かるとも、丘の民。共に草原を駆ける小さき人間。我ら草原の民と丘の民は友だ。長い間報せがなかったので、どうなったかと心配していた」「ありがと。この人たちも心配いらない。あたしの友達で、ケンタウロスがどうなってるか心配してたあたしと一緒に来てくれたんだ。ケンタウロス狩りとやらには一切関係してない。むしろ助けてくれたんだ」「……むう」 ケンタウロスは腕組みをして俺を見下ろした。「……確かに、そのような悪事を成す顔ではない。しかも
Last Updated: 2026-02-24
Chapter: 第178話・大嫌いだ 俺より頭五つほど高い位置にあるケンタウロスの人間の顔が、不気味に歪んで笑ってた。 殺す気だ。殺したいんだろう。魔獣の戦闘本能を植え付けられている。 だけど。 ……なら、何で、泣くんだ? 見上げれば、笑いながら涙を流す魔獣ケンタウロス。「まだ人間の心が残っている」 サーラが呟いた。「魔獣の魂を受け入れられるよう魔獣化された肉体と精神で、それでも抗っているんだ。魔獣の本能と……」「なんとかできないの、シンゴおにーちゃん」「何とか……出来れ、ば」 ふと、グライフの上のアウルムに目が留まる。 少し考えて、サーラを呼んだ。「サーラ、サーラの炎は魔獣の魂を焼き尽くすことができるか?」「できるが、魂だけを焼き尽くすのは無理だ。肉体は魂の座と化している。あの肉体が崩れたりしない限り、中の魂は焼けない。今の彼らは肉体改造で魂を無理やり同化されているから……」「肉体が戻れば、いいんだろ」 俺はM端末を構えた。「神威」 前脚で踏みつぶそうと後脚で立ち上がるケンタウロスの一体に、端末を向けて。「【巻き戻し】」 神威の光が漆黒のケンタウロスを包み込む。 光の中、しゅるるるる、とケンタウロスが縮んでいく。はちきれんばかりの筋肉が解かれていくように小さくなり、大木並みに膨れ上がっていた四つ足もしっかりバランスの整った馬のものとなり、漆黒がすぅぅ、と口から吐き出されていく。「サーラ!」 名を呼ばなくても、炎の守護獣は自分の役割を分かっていた。サーラが翻した手から炎が溢れ、小さくなったケンタウロスの頭上に漂う漆黒の靄を焼き尽くした。 おっと、気をつけないと子供にしてしまう。 肉体が通常サイズ(それでもヒューマンの二倍くらいはあるんだが)に戻ったところで【巻き戻し】を止めた。 かくんっとケンタウロスの膝が折れ、その場に座り込む。「ぶしゅう!」「はいはい! 今度はそっちかブラン!」 四つ足で狙われて、小柄なブランが逃げ回っているが、なんせ荷物を積んでいるから身軽とはいかない。時々ミクンの操るグライフが上空からケンタウロスの気を引くけど、アウルムを積んでいるので思い切った動きができない。 俺はブランを襲っている魔獣ケンタウロスに【巻き戻し】をぶっ放す。しゅるるる……とケンタウロスは縮み、漆黒の靄が出てきたところで停止。即座にサーラがケンタウロス
Last Updated: 2026-02-23
Chapter: 第177話・魔獣化 木々を薙ぎ倒して現れた巨大な生き物。 ……魔物と言わなかったのは、俺が信じたくなかったからだ。 筋骨隆々とした人の上半身。 均整美さえ感じさせる馬の下半身。 見上げるほどの巨体に殺意を漲らせ。 噂に聞いた……いや、地球にいた頃からも神話として語られていた、肌も、神も、尾の一筋までもが漆黒に染まった巨大なケンタウロスが三人、襲い掛かって来たのだ。「ケンタウロス?!」 レーヴェが言ったきり言葉を発しない。「落ち着け! 草原の民、おれたちは……」「ヤガリ、離れろ!」 俺は叫んで、何とかコミュニケーションを取ろうとしたヤガリを後ろに追いやった。「ケンタウロスだぞ!」「やられてる!」「何……?」「やられてる、敵対勢力にだ! 分かるんだ……何かがあって、敵対勢力の魔獣の魂を埋め込まれて、望んでもいない暴走をしている!」 ヤガリも言葉を失った。 くそ……あの嫌悪感に満ちた、何とかしなければならないっていう本能はこれだったんだ!「うぉるるる……」 口から遠吠えに近い息を吐きだした魔獣ケンタウロスが前脚で地面を掻く。「どうする」 サーラが珍しく憂鬱そうな顔で言った。「|敵対勢力《ヤツら》は試している。魔獣化した人間がシンゴを殺せるのか。生神が魔獣化したケンタウロスを殺せるかどうか」「分かってるよ。敵対勢力にとって損は小銭程度の負けでしかないし、勝てば世界そのまま滅亡に持って行ける、分のいいギャンブルだ」「ぎゃんぶる?」 アウルムが首を傾げた。目の前に魔獣ケンタウロスがいるのに動じていないのは、恐怖を感じないほど幼いのか俺たちに絶対の信頼を寄せてくれているからか。「あいつら、何考えてこんなひどいこと……」 ミクンの言葉にサーラはひどく憂いだ声で説明した。「魔獣化したケンタウロスがシンゴを殺せれば、あちらは大喜びで世界滅亡へとまっしぐらに駆けだすだろう。魔獣化されたくなかったら……これは立派に脅しになる。そして、何も出来ず、シンゴがケンタウロスを殺せば、生神が人間を殺したという事実が野火のようにモーメント中を駆け巡るだろう。生神を信じる人間はいなくなる。そして、シンゴが力を失って死ねば、モーメントは滅亡へとまっしぐら」「そして俺たちにとっては最良の結果が出たとしても、実験の一つが失敗しただけで、敵対勢力は次の手を打ってくる。もっ
Last Updated: 2026-02-23
Chapter: 第176話・本能「出発するぞー」「はーい」 まだ歩けないアウルムが一番元気よく返事して、旅は再開された。 だけど……またすぐにストップするんだろうなあ……。 俺の固有スキル【索敵】に引っかかるものがあったからだ。 一番後ろを歩くサーラとヤガリを振り向く。 流石は守護獣にドワーフの戦士、俺の視線の意味をすぐに悟って、索敵モードに入った。 レーヴェもそれを察してさりげなく腰に手をやる。 そしてそれらに気付かないミクンじゃない。グライフにかけていた手綱を手に取り、俺の方を向いた。「上に行く?」「いや」 俺は小声で答える。「戦闘ってのがどんなものかを見せておきたい」「それには同意するけどね。まだ安全第一でしょ?」「ミクンがいれば安全だろ」「え?」 きょとんとした声。「自信ないのか?」「そっか……安全ね。あたしがいれば安全」 安全、安全と口の中で香茶を楽しむように言葉を繰り返し、そしてミクンはニッと笑った。「大丈夫! あたしがいるから!」「おう、任せた」 ブランとグライフが足を止める。 微かな害意に気付いたのだ。それで足を止めたのは臆病だからじゃない、立ち向かうためだ。アシヌスもグリフォンも戦闘となれば頼もしい味方になる。もちろん荷物を背負っていてもらっているので正面切って戦われても困るけど、独自の判断で敵に荷物を奪われないよう動いている。グライフはきっちりミクンとアウルムを守ってくれるだろう。……嫌でも、な。そうするヤツだと俺は思っている、いや、信じている……いいや、確信してる。 俺は剣を抜いて、《《それ》》の方向を見た。 南西から……一直線に向かってくる気配。三・四体。魔獣か魔物かは……判別できない。今まで感じてきた気配とは全く違うんだ。【索敵】の気配だけで相手の正体が読めないなんてこと、今までなかったのに。 ただ、本能的に……ひどく、嫌悪感を、感じた。 そして、俺が何とかしなきゃいけないと言う、使命感。 モーメントに降り立った生神に与えられた本能とでもいうべき部分が、俺に訴えている。 俺が何とかしなきゃいけないのだと。「どうした、シンゴ」「サーラは感じないのか?」 サーラが不思議そうに問いかけて来たので逆に返すと、サーラは俺の頭の中をのぞいて、首を振った。「すまん、お前の本能を、守護獣は理解できん。ただ、これだけは言え
Last Updated: 2026-02-22
Chapter: 第175話・成人の旅「成人の旅?」 聞き返した俺に、今度は逆にレーヴェが聞き返す。「何だ、知らんのか、成人の旅を」 昔、テレビで観た成人儀礼のようなものかなあ。耳に穴をあけるとか、高い所からロープ一本でバンジーするとか。「ばんじいとはどんなものかは知らんが大体その認識であっていると思う。人間の、どの種族にも、あるんだ。成人になったら大人として何か与えられるとか、あるいは成人になるためにクリアしなければならないミッションがあるとか。フェザーマンのグリフォンを与えられるのなんて正にそのものだ、一人前になったのだからフェザーマンの一人として仲間と共に働けと言うことだ」「アウルムも大きくなったらグリフォンもらうんだー。フェザーマンよりも早くずーっと空を飛ぶんだよー」 グライフの鷲の頭が、一瞬ビクンッと震えた。……そうだな、お前は嘴を剥いたほど大人のアイルムを嫌ってたからなー……。「お前がグリフォンに認められるのはまだまだ先だ、グライフに乗せてもらえるだけでもありがたいのだとちゃんとグライフを労わるんだぞ」「……はあい」 現アウルムの認識では、グライフは俺がフェザーマンから引き取ったグリフォンで、足の弱いアウルムに特別に貸してやっている、と言うことになっている。アウルムは大人の仲間入りをしたようで喜んでいたけど、グライフは露骨に嫌そうな顔してたもんなあ……。いや、鷲の顔色なんてわからないけど、アウルムへの態度とか、行動とか、そう言うのがいやいややってるって俺にも分かるほどなんだもんな。 それでもブランにしなかったのは、ブランが神驢《アシヌス》だったからだ。ドワーフの神獣で、ロバと比べてもかなり小柄だけど、重い荷物を平然と運ぶ炭坑用に生み出した神獣は、ヤガリの所有獣だったからだ。 アウルムが勘違いして、この神獣が自分のものと思った時、どうなるか想像したくないとサーラが呟いたのに大人全員サーラの顔、見たからな。 グライフ……フェザーマンの成人に与えられるグリフォンなら余計勘違いするんじゃないだろかと俺は思ったけど、グライフは神の権限によって俺のものになったのだとアウルムが認識していて、自分に与えられるのは大人になった時だけで、それまで「特別に下賜されている」とミクンとサーラが二人がかりで教え込んだ。大人の証は欲しいけどまだ早いとアウルムも思ったようで、神妙に頷いていた。まあ
Last Updated: 2026-02-22