ある程度お弁当を食べ終わった頃、あたしは今日の分の栄養補給軽食を日高くんに渡していない事に気付く。
何だかんだで、作ってくる事も約束してしまったしと思って持って来たのに。
先に渡しておこうと思っていたのに、忘れてしまっていた。
今日は仕方ないって事にする?いや、でもそれだと日高くんは絶対栄養足りない食事しかしない。
それは見過ごせない。
……仕方ない。戻ったらすぐ食べてって言って渡すしかないか。
ちょっとため息混じりにそんな事を考えていると、お弁当を食べ終わった美智留ちゃんが「さて」とあたしを見て話し出した。「灯里も話すこと、あるでしょ?」半眼でニッと笑う美智留ちゃん。
やっぱりその話もするんだ……。
いや、相談でもしないと日高くんにどう接すればいいか分からないし、話さないことにはどうにも出来ないんだけどね。
「話? 何の話なの灯里?」「何かあったの?」何も知らない二人は不思議そうにあたしを見る。
その視線に口を開けないでいると、まず美智留ちゃんが昨日カフェのトイレであったことを説明してくれた。
「で、恥ずかしくて言えないだけだって言うからさ、ちょっと時間をおいて聞こうかと思って」それで今聞いてみることにしたんだ。と締めくくる。
「恥ずかしいって、何があったの?」小首を傾げて不思議そうに聞いてくるさくらちゃんは可愛いけれど、だから尚更言うのが恥ずかしい。
「日高にされて恥ずかしい事? 想像出来ないんだけど」
沙良ちゃんは推理しようとして何も思いつかなかったみたい。
そりゃあ、普段の地味男状態の日高くんで考えたら正解にはたどり着けないと思う。「で? 何されたの?」少し強めに、美智留ちゃんがもう一度聞いて来
一通り説明を終えて、美智留ちゃんが確認をする頃には沙良ちゃんも落ち着いていた。「はぁ……まさかキスとは……しかも口」「そうだね。日高って、思っていたより手が早かったんだ……」 呆れたような、感心している様な言い方で沙良ちゃんと美智留ちゃんが言う。 そしてさくらちゃんは――。「キス、どんなだった? それって、日高くんは灯里ちゃんの事好きってこと? 灯里ちゃんはどう思ってるの?」 何故かすっごく目をキラキラさせて質問攻めをしてきている。「えっと、触れるだけだったし、びっくりしてたからどうだったかまでは……」 さくらちゃんの変貌ぶりにタジタジになっていたあたしは、律儀に質問に答えてしまう。「さくらちゃん? 何だか楽しそうなんだけど……?」「うん! だって、皆はあたしの恋応援してくれてそれはそれで嬉しいんだけど、でもあたしも友達の恋の応援とかしたかったんだもん! 美智留ちゃんと沙良ちゃんは今好きな人いないって言うし」「そ、そうなんだ……」 確かに、あたしもさくらちゃんの恋応援したいって思ってるし……ね。 さくらちゃんの言葉に、取りあえず理解を示す。「でも、あたしのは恋とかじゃないと思うんだけど……」 喜んでいるさくらちゃんには申し訳ないけれど、そこはハッキリ告げた。 相談したいことがまさにその辺りの事だから。「キスされて、あたしが固まってるうちに日高くんは帰っちゃったから……。だからどうしてキスがご褒美になるか分からなかったの」 あたしが話し始めると、さくらちゃんは口を閉じて黙って聞いてくれた。 他の二人もあたしをじっと見て聞いてくれている。「そ
ある程度お弁当を食べ終わった頃、あたしは今日の分の栄養補給軽食を日高くんに渡していない事に気付く。 何だかんだで、作ってくる事も約束してしまったしと思って持って来たのに。 先に渡しておこうと思っていたのに、忘れてしまっていた。 今日は仕方ないって事にする? いや、でもそれだと日高くんは絶対栄養足りない食事しかしない。 それは見過ごせない。 ……仕方ない。 戻ったらすぐ食べてって言って渡すしかないか。 ちょっとため息混じりにそんな事を考えていると、お弁当を食べ終わった美智留ちゃんが「さて」とあたしを見て話し出した。「灯里も話すこと、あるでしょ?」 半眼でニッと笑う美智留ちゃん。 やっぱりその話もするんだ……。 いや、相談でもしないと日高くんにどう接すればいいか分からないし、話さないことにはどうにも出来ないんだけどね。「話? 何の話なの灯里?」「何かあったの?」 何も知らない二人は不思議そうにあたしを見る。 その視線に口を開けないでいると、まず美智留ちゃんが昨日カフェのトイレであったことを説明してくれた。「で、恥ずかしくて言えないだけだって言うからさ、ちょっと時間をおいて聞こうかと思って」 それで今聞いてみることにしたんだ。と締めくくる。「恥ずかしいって、何があったの?」 小首を傾げて不思議そうに聞いてくるさくらちゃんは可愛いけれど、だから尚更言うのが恥ずかしい。「日高にされて恥ずかしい事? 想像出来ないんだけど」 沙良ちゃんは推理しようとして何も思いつかなかったみたい。 そりゃあ、普段の地味男状態の日高くんで考えたら正解にはたどり着けないと思う。「で? 何されたの?」 少し強めに、美智留ちゃんがもう一度聞いて来
「あれ? お前らどこ行くの?」 お昼休み。 いつものように皆でお昼を食べようと近付いて来た工藤くんが、お弁当箱を持って席を立つあたし達にそう言った。「今日は女子会の約束してるのよ。たまには男女別もいいでしょ?」 美智留ちゃんがそう告げて、あたし達は教室を出る。「あんまり人がいない方が良いんだけど、どこか良い場所あるかなぁ?」 出てきたはいいもののどこで食べるかは考えていなかったらしい美智留ちゃんがそう言ったので、あたしは以前一人でご飯を食べていた場所を案内する。 屋上に続く階段。 勿論屋上は立ち入り禁止だし施錠されている。 でも行く用がある生徒なんていないから、その辺りはいつも静かなんだ。 一人になりたい生徒が行くには丁度良い場所なのか、たまに先客がいるけれど。 今日はいなかったので、そこで食べる。「こういうところで食べるのも何だか新鮮だねー」 沙良ちゃんがそう言ってお弁当を広げる。「あたしも。ちょっとドキドキする」 さくらちゃんは広げる前に少しキョロキョロと見まわしていた。「それで? 作戦会議って?」 食べ始めると、沙良ちゃんが早速会議を促す。「うん。花田の好みが昨日分かったでしょう? だからこれからどんな風にアプローチするべきかの相談」 早速日高くんとのことを聞かれるんじゃないかと思っていたあたしはホッと力を抜く。 そうだった。そっちの作戦会議があったね。 代わりにさくらちゃんが恥ずかしそうになったけれど。 うん、恥ずかしがるさくらちゃん可愛い。「確か、面倒見良さそうな人が好みっていってたよね?」 そう思い返しながら言った沙良ちゃんは、さくらちゃんを見てうーんと唸った。「さくらってパッと見、守ってあげたいタイプだしなぁ」「そうだね」
マスターの作ってくれたものはチャーハン風のオムライスだった。 つまりは包んでいないオムライス。 それ以外にもスープやサラダもつけてくれた。 多分、まかない料理みたいなものなんだろう。 でも味はその辺のチェーン店より断然美味しくて、これで五百円だなんて贅沢過ぎると口々に言いながら平(たい)らげてしまう。 マスターの人柄も良く、ごはんも美味しかった。 皆でまた来たいねーと話しながらマスターにお礼を言って店を後にする。 何だかほっこりした気持ちで歩き、次の目的地のカフェまでそれは続く。 そう、《カフェまでは》続いた。 喫茶店では向かい合って座っていたはずの日高くんがカフェでは隣に座っている。 向かい側なら、顔は見えやすいけれどテーブル一つ分の距離が置ける。 でも隣ではそうもいかない。 くっつかれてはいないけれど、確実に距離が近い。 どう対応すればいいのか結論も出ていないのに、こんなに近い距離とか何だか困る。「ん? 倉木、ここの公式間違ってるぞ?」 しかも日高くんはあたしが思っていたより勉強が出来る様で、さっきからちょくちょく間違いを訂正された。 そしてその度に距離が縮まって、以前より血色が良くなった唇が視界に入る。 意識しない様にと目線をノートに集中させるけれど、なかなか難しい。 そうして何回目かの訂正をされた後、彼のノートの端を見せられた。 そこには『俺の事意識してんの?』と書かれている。「っ!」 モロバレだったらしい。 こうなったらもう直接聞いてやる。 声に出したい気持ちではあったけれど、ここでそんなことをすれば皆に聞こえてしまう。 あたしもノートの端を使って日高くんに見せた。『どうしてキス何てしたの!?』『ご褒美って言っ
「俺達だけだと慎也と早和はまた遊びそうだしさ、女子も見張っててくれれば勉強するだろうし」「何だよそれー。ちゃんと午後はやるって」 小林くんが口を尖らせ不満を漏らす。「まあ、でも一緒にやるのは良いんじゃね? なあ、そっちはどうだ?」 そして工藤くんが主に美智留ちゃんを見て聞いた。「あたしは良いよ。皆は?」 と美智留ちゃんがあたし達を見て言う。 さくらちゃんを見ると少し嬉しそうで、これは協力しないわけにはいかないだろう。 日高くんの事だって、明日からずっと避けるわけにはいかないし。 何より沙良ちゃんもさくらちゃんも良いよ、と言ってしまったのであたしだけダメとも言えなかった。 そうして昼はどうするのか、勉強の場所はどこにするのか相談し始める。「もう好きなものテイクアウトでもして外で食べるか?」「あ、日高一人暮らしなんだよな? 勉強そこでよくね?」 工藤くんと小林くんは好きに提案している。 でもそれで良いわけもなく。「六畳一間にこんな人数入る訳ないだろ」「好きなものテイクアウトして外でって、こんな繁華街のどこで食べるんだよ?」 と言うのは日高くんと花田くんの言葉。「でもお昼も食べて勉強の出来る店って今はちょっと難しいしねぇ」「GWだもんね、どこも混んでて勉強は流石に出来ないよ」 現実を見てしょんぼりしているのは美智留ちゃんとさくらちゃんだ。 あたしはそんな皆の話を聞きつつ、どうしようかと考えていた。 すると、周囲を見回していた沙良ちゃんが一方向を指差し言う。「ねぇ、あそこで良いんじゃない?」『え?』 揃ってその方向を見ると、レトロな雰囲気のある喫茶店があった。 喫茶・綾織と書かれた看板。 オススメメニューが書かれたブラックボードを見ると、和風な喫茶店と言
「灯里……? あーかーりー?」「あ、は、はい」「またボーっとしてる。大丈夫? 何か心配事でもあるの?」 あまりにも心ここにあらずな状態だったせいか、心配を掛けてしまったみたいだ。「う、ううん。大したことじゃないから」 本当は大したことあるんだけどね!「そう?」 まだ心配そうにしている美智留ちゃんには悪いけれど、キスされたことなんて誰にも相談出来ないよ!「でもさ、こんなんじゃ勉強になんないでしょ? ちょっと早いけどお昼食べに外出ない?」 見かねてか、沙良ちゃんがそう提案する。「……沙良、あんたは自分が勉強したくないだけでしょうが」「あはは、バレたか」「でも集中出来ないなら気分転換は必要だよ。取りあえず一度出ようか?」 さくらちゃんが沙良ちゃんに同意する形で決まり、あたし達は取りあえず図書館から出ることにした。「あー息がつまった。あたし静かなところって苦手なのよね」 外に出た途端そう言って伸びをする沙良ちゃん。 どうやら本当に自分が出たかっただけみたいだ。 でも他二人はあたしに気を使ってくれたのは分かり切っている。「ごめんね、あたしのせいで……。勉強邪魔しちゃったよね」 だから謝ったんだけれど……。「いいよ。丁度切りのいいところだったし」 と美智留ちゃんが言う。 そしてさくらちゃんは。「実はあたしも集中出来なかったんだ。本がたくさんあると読みたくなっちゃうから」 と困ったように笑っていた。 言っていることは事実なんだろうけれど、あたしが原因である事には変わりない。 皆優しいな。 こんな優しい子達と仲良くさせて貰えるなんて、ホント感謝しか無い。