INICIAR SESIÓN声が震えないように、腹に力を入れる。
「私が……ファンの分際で、夢を見過ぎました。彼が弱っているのにつけ込んで、たぶらかしました」
「おい、何を言って……」
レンくんが私の腕を掴もうとする。私はその手を冷たく振り払った。
「触らないでください」
拒絶の言葉を吐けば、レンくんの動きが凍りつく。
私は彼の方を見ずに、冷ややかな声を作った。心を殺して最低な女の仮面を被る。「もう、疲れちゃいました。バッシングも怖いし、定食屋の娘が背負える責任じゃありません」
「嘘だろ……?」
「嘘じゃありません。やっぱり住む世界が違いすぎました。重荷なんです、貴方の愛は」
心臓が雑巾のように絞り上げられる痛みをこらえ、私は社長に向かって頭を下げた。
「辞めさせてください。二度と彼らの前には現れません」
社長は満足げに口角を上げた。テーブルの上に一
そしてレンくんは、ステージの中央で圧倒的な歌唱力を披露しながら、時折振り返って双子の姿を確かめている。 父親としての優しく誇らしげな笑顔を見せていた。 5人が一体となったステージは、ただの「親子共演」という言葉では片付けられない、完璧なエンターテインメントとして成立していた。 5万5000人の観客は完全に魅了されて、ペンライトの波は音楽に合わせて1つの大きな生き物のように揺れ動いている。 私は暗いステージ袖の機材にもたれかかりながら、光り輝くステージの中央を見つめ続けた。(伊織、茉莉……) 彼らがここへ辿り着くまでには、様々な壁があった。 大人たちの身勝手な都合や、理不尽なプロデューサーからの悪意があった。 ライバルからのプレッシャーもあったし、最後には5万5000人という未知の空間に対する恐怖が襲ってきた。 5歳の子供にとっては、どれもが大きな障害の連続だったはずだ。 それでも彼らは、家族という強固な盾に守られ、仲間たちの絆に支えられ、自分たち自身の足でそれらの壁を1つ残らず乗り越えてきたのだ。 誰かの操り人形ではなく、自分たちの意思でステージに立ち、5万5000人を笑顔にする。 そんな彼らの無限の可能性と、眩しいほどの成長の軌跡を目の当たりにして、私の胸の奥が熱く締め付けられた。 視界が不意ににじんだ。 慌てて目元を指で拭うが、次から次へと温かい涙があふれて止まらなくなってしまった。 決して悲しいわけではない。ただただ、彼らが愛おしくて、誇らしくて、胸がいっぱいだった。「まいったな、これじゃああの子たちの姿が見えないじゃないの。……本当に、最高の家族ね」 私は誰に聞かせるわけでもなく、小さく呟く。 ステージ上では、曲のクライマックスを迎えていた。「最後はみんなで一緒に! ジャンプ!」 レンくんのシャウトに合わせて、伊織と茉莉、Noixの3人がタイミングを完璧に合わせて高く跳び上がった。 同時に、ステージの天井から何万枚もの銀テープが客席
「キャアアアアアアッ!!」「嘘っ、伊織くんと茉莉ちゃん!?」「本物だ! やばい、天使すぎる!!」「ドラマ見てた! 可愛いー!!」 先日まで放送されていた大ヒットドラマにより、2人の顔と名前は日本中に知れ渡っている。 まさか国民的な人気を誇る双子の子役が、Noixのライブに登場するとは誰も予想していなかったのだ。 割れんばかりの歓声と、5万5000本のペンライトが狂ったように激しく揺れる。 ドームの空気が沸騰したかのような熱気だ。「よし、それじゃあ5人で歌うぞ! ミュージック、スタート!」 ハルくんの掛け声とともに、明るくポップなテンポのイントロがドーム内に鳴り響いた。 特製の火花がステージの前方で華やかに吹き上がり、パフォーマンスがスタートする。 伊織は、リハーサルの時のように立ち止まることはなかった。 広いステージの上を軽やかに歩き出す。 客席の熱気に臆することなく、セナさんに教わった青いテープの『バミリ』を正確に見つけ出してその上に立った。 さらに客席の遥か奥、クレーンカメラの赤いランプをしっかりと見据えた。 カメラのレンズに向かって、最高に愛らしい笑顔でウインクをする。小さな両手で客席に向かって大きく手を振った。 アイドル顔負けのファンサービスが巨大ビジョンに映し出されると、客席から「ギャアアアッ!」という悲鳴のような歓声が上がった。 一方の茉莉は、ハルくんとしっかりと手をつなぎながら、リズムに合わせてピョンピョンと飛び跳ねていた。 自分の歌のパートが来ると、マイクを両手で握りしめて大きく口を開けた。「♪みんなのえがおが、キラキラひかるよー!」 ドーム特有の反響音やプロ仕様の大音量スピーカーにも全く負けない、真っ直ぐで元気な声が会場全体に響き渡る。 リハーサルの時のように声が小さくなることは全くない。 むしろ5万5000人の歓声と熱気を自らのエネルギーに変換して、さらに大きなパワーとして放出しているかのようだった。
「うん! セナお兄ちゃん、ぼくバミリの位置、ちゃんと覚えてるよ!」「まつりもお歌の練習、いっぱいしたよ!」 双子が元気よく返事を見上げる。 セナさんは眼鏡のブリッジを中指で押し上げて、ふっと柔らかい笑みをこぼした。「ええ、知っています。あなたたちなら完璧にこなせますよ」「パパ、汗びっしょりだね。お水、もっと飲む?」 伊織が背伸びをしてレンくんの顔を覗き込むと、レンくんは手にしたタオルを首にかけて、床に片膝をついた。 双子と同じ目の高さになって、大きな手で2人の小さな頭を力強く撫でる。「ああ、もう一口もらおうかな。パパも最高に楽しいんだ。……さあ、いよいよお前たちの出番だ。準備はいいか」「うん!」「ばっちりだよ!」 レンくんは右手の拳をスッと前に差し出した。 伊織と茉莉が、その大きな拳に自分たちの小さな拳をコツンと合わせる。 続いてハルくんとセナさんも拳を重ね、最後に私もその輪の中にそっと手を添えた。「いくぞ。俺たちの、最高のステージだ」 レンくんの低く力強い声が、暗闇の中で響いた。 全員が大きく頷いて、意思を1つにする。「Noixの皆さん、スタンバイお願いします!」 舞台監督の声が飛んだ。 レンくんたちは立ち上がり、ステージへと続く階段を足早に登っていく。 ステージ上に彼らの姿が現れた瞬間、ドーム全体を揺るがすような絶叫に近い大歓声が爆発した。 5万5000人の熱狂が、物理的な圧力となって耳を叩く。『みんな、アンコールありがとう! まだまだ声出せるか!』 ハルくんがマイクを通して煽ると、客席から『イエェェェェス!!』という凄まじいレスポンスが返ってくる。『今日は、ドームツアーの最終日だ。だから、特別なゲストを呼んでいる』 レンくんの声がスピーカーから響き渡った。 その言葉に、5万5000人の観客が「誰のこと?」とどよめき合う。『俺たちの、大切な家族
ライブ本編の終了を告げる劇的なアウトロが鳴り止み、ステージ上のまばゆい照明がふっと落とされた。 暗転した巨大なドーム空間に、数秒の静寂が落ちる。しかしそれは、さらなる熱狂への短い助走に過ぎなかった。『アンコール! アンコール! アンコール!』 地鳴りのような5万5000人の声が、波のようにうねりながら会場全体を揺るがし始めた。 客席で揺れる何万本ものペンライトの光が、暗闇の中で生き物のように明滅を繰り返している。 ステージの袖、無数の機材と黒いケーブルが這う暗がりに、私は立っていた。 すぐ隣には、本番用の煌びやかな衣装に着替えた伊織と茉莉がいる。 2人が身にまとっているのは、Noixのメンバーとお揃いの純白を基調としたジャケットとパンツスタイルだ。 襟元や袖口には銀色のスパンコールがふんだんにあしらわれており、暗いステージ袖のわずかな明かりを反射してキラキラと輝いている。「すごい音だね、ママ。みんな、すっごく大きな声でパパたちのこと呼んでる」「うん。あの光、星空みたいでとってもきれい 」 伊織と茉莉の顔に、数時間前のリハーサルで見せていた怯えは完全に残っていなかった。 2人の目は、5万5000人の熱気にあてられるどころか、そのエネルギーを吸収するかのように期待と興奮でキラキラと輝いている。 小さな両手で自分専用のワイヤレスマイクをしっかりと握りしめて、ステージへ上がる階段をじっと見つめていた。 その階段を駆け下りる、複数の激しい足音が聞こえた。「お疲れ様です! 水、水をお願いします!」「タオルここです!」 暗がりの中で待機していたスタッフたちが、一斉に動き出す。 ステージから降りてきたレンくん、セナさん、ハルくんの3人は、頭から水をかぶったように全身汗だくだった。 息を荒く切らせて、肩で大きく息をしている。「ははっ、今日のお客さん、最高に熱いね! 俺も汗で前が見えないや!」 ハルくんが、スタッフからスポーツドリンクのペットボトルを受け取る。一気に
(いいえ、巣立ちはまだ完全ではない。きちんと大人になるまでは、私たちが守ってあげなくちゃ。そうよね、レンくん?) 私は裏方で、レンくんやセナさん、ハルくんは表舞台で。 役割分担をしながら、双子の成長を見守っていく。 大変だけど楽しみでもあった。 伊織と茉莉は、レンくんたちとハイタッチをして喜び合っている。 これでリハーサルは無事に完了した。あとは、数時間後に迫った本番のステージへ向けて、体調を整えるだけだ。 控室へ戻るためステージから降りてきた双子に、私はタオルと水筒を差し出した。「お疲れ様。伊織、茉莉、すごく上手にできていたわよ。声もしっかり聞こえた」「ママ、見た? ぼく、赤いランプ見つけたよ!」「まつりね、ハルお兄ちゃんと一緒にダンスしたの! もう怖くなかったよ」 2人は興奮冷めやらぬ様子で、私の周りをぴょんぴょん飛び跳ねた。とてもかわいい。「ええ、見ていたわ。とてもかっこよかった。本番も、その調子でね」「うん!」 私たちは連れ立って、ドームの長い地下通路を歩きNoix専用の広い控室へと戻った。 室内には大型の鏡が壁一面に設置されて、スタイリストたちが本番用衣装の最終調整を行っている。 テーブルの上にはケータリングの温かい食事や、喉のケアのための蜂蜜レモン、各種スポーツドリンクが並べられていた。「さあ、本番まであと少しだ。しっかり休んで、水分を摂っておけよ」 レンくんがソファに腰を下ろし、双子に声をかける。 私は2人の汗をタオルで丁寧に拭いて、リハーサル用の服から本番前の楽屋着へと着替えさせた。 冷房で体を冷やさないよう、薄手のカーディガンを羽織らせる。「のどが渇いた人は、お水を少しずつ飲んでくださいね」 私がコップを渡すと、2人は両手でそれを受け取ってこくこくと水を飲んだ。 小さい体は大人よりもこまめな水分補給が必要になる。よく気をつけてあげなければ。 開演の時間が近づくにつれ、廊下を行き交うスタッフたちの足音が
「お前たちの笑顔が一番の魔法だ。パパたちがついている。失敗したって、全部パパたちが必ずサポートに回る。だから、何も心配せずに、思い切り楽しんでこい」 レンくんの言葉が、伊織と茉莉の背中を力強く押した。 家族とNoixの仲間の絆が、どんな不安からも双子を守る盾となっている。 伊織と茉莉は、お互いの顔を見合わせ、大きく頷いた。「うん! パパ、ぼく、もう迷子にならないよ。バミリも覚えたし!」「まつりも、ハルお兄ちゃんと手をつないで歌う! 元気に大きな声出すよ!」 彼らの顔には、先ほどまでの怯えはもう残っていなかった。 自信に満ちた、小さな表現者の笑顔がそこにあった。「よし。それじゃあ、もう一回最初から音合わせを頼む」 レンくんが立ち上がり、スタッフに向かって合図を出した。 再びアンコールのポップな音楽が流れ始める。 今度は茉莉も伊織も立ち止まることはなかった。「いっくよー!」 茉莉はハルくんと手をつなぎながら、元気な声で歌い出しのパートを歌い切った。 ドーム特有の反響音にも負けない、明るく通る声だった。「ぼくだって!」 伊織も広大な空間に惑わされることなく、セナさんに教わった青いバミリの上に立つ。 カメラの赤いランプへ向かって堂々とポーズを決めた。 ステージ上の5人が一体となり、見事なフォーメーションでパフォーマンスを繰り広げる。「はい、カット! バッチリです!」 舞台監督の張りのある声がドームに響いた。「立ち位置も音程も問題ありません。双子ちゃん、すごく良くなりましたよ!」「頑張ったね!」 スタッフたちからも、拍手と称賛の声が送られる。 私はステージ袖でホッと息を吐き出した。(良かった。私は裏方だから、表舞台に立つことはできない。レンくんたちに助けてもらいながら、あの子たちは自分で立つしかない……) 西条リカさんの言葉が蘇る。 ――
女性は大きなサングラスをかけている。つばの広い帽子を目深にかぶり、高級ブランドのトレンチコートをまとっていた。 彼女は私を見ると、サングラスを少しだけずらした。「……酷い顔ね。見られたもんじゃないわ」「さ、西条さん……?」 そこにいたのは、国民的トップ女優・西条リカだった。(なぜ彼女がここに? マスコミの包囲網をどうやって突破したの?)「ちょっと。いつまでメソメソしてるつもり?」 彼女は土足のまま上がり込む勢いで、私に歩み寄
背後から伸びてきた腕に抱きすくめられた。「……ッ!」 逃がさない、とでも言うように、逞しい腕が私の体に巻き付いた。 背中に押し付けられる彼の胸から、ドクン、ドクンという激しい鼓動が直に伝わってくる。「お茶なんかいらない」 耳元でささやかれる。熱い吐息が首筋にかかって、背筋がゾクリとした。「もう、我慢できない」 その声は、いつもの甘えん坊な「充電」を求めるものではない。飢えた獣がようやく獲物を捕らえたような響きだった。 首筋に熱い唇が押し当て
ドームの巨大モニターにレンくんが映し出された。カメラが彼の左手首をズームアップする。「ッ……!」 私は息を止めた。きらびやかなゴールドの衣装と、高級なアクセサリー。その袖口から覗いていたのは、青と銀の刺繍糸で編まれた不格好なミサンガだった。 私が編んだものだ。手芸屋さんの糸で夜なべして編んだ、子供騙しのような手作り品。数百万円のハイブランドのブレスレットを外してまで、彼はそれを身につけていた。 5万人の視線が集まる、この晴れ舞台で。(バカ……。
私がきっぱりと言うと、彼は怪訝そうに眉をひそめた。スプーンを置いて不機嫌そうに黙り込む。部屋の空気がピリリと張り詰めた。「……座れ」 低い声だった。テレビの向こうの甘い声ではない、怒りすら感じる声に背筋が凍る。「飯が不味くなる」 絶対王者の命令だ。逆らったら命はない(私が色んな意味で死ぬので比喩ではない)。 私は「ひっ」と小さな悲鳴を上げて、渋々自分の分のオムライスを持ってテーブルに着いた。ただし正面ではない。斜め向かいの一番遠い角だ。「…&hellip







