로그인声が震えないように、腹に力を入れる。
「私が……ファンの分際で、夢を見過ぎました。彼が弱っているのにつけ込んで、たぶらかしました」
「おい、何を言って……」
レンくんが私の腕を掴もうとする。私はその手を冷たく振り払った。
「触らないでください」
拒絶の言葉を吐けば、レンくんの動きが凍りつく。
私は彼の方を見ずに、冷ややかな声を作った。心を殺して最低な女の仮面を被る。「もう、疲れちゃいました。バッシングも怖いし、定食屋の娘が背負える責任じゃありません」
「嘘だろ……?」
「嘘じゃありません。やっぱり住む世界が違いすぎました。重荷なんです、貴方の愛は」
心臓が雑巾のように絞り上げられる痛みをこらえ、私は社長に向かって頭を下げた。
「辞めさせてください。二度と彼らの前には現れません」
社長は満足げに口角を上げた。テーブルの上に一
昼下がり。Noixの三人が仕事へ出かけ、双子がお昼寝をしている平和な時間。 ピンポーン。 ペントハウスのインターホンが鳴った。 モニター越しに映っていたのは、大きなサングラスにハイブランドのコートを羽織った西条リカさんだった。「お邪魔するわよ」 リカさんは手土産の高級フルーツゼリーを私に押し付け、堂々たる様子でリビングへ入ってきた。 彼女はベビーベッドで眠る双子を覗き込み、ふっと口元を緩める。「相変わらず、天使みたいに可愛いわね。……でも」 リカさんは振り返り、呆れたようにため息をついた。「アンタたち、いつまでこの『シェアハウス』状態を続けるつもり?」「え?」「レンと結婚して、子供まで生まれたんでしょ? 普通、新居を構えて独立するものでしょう。それなのに、未だにセナやハルと一緒に暮らしてるなんて、どうなのよ。新婚の甘いムードもないじゃない」 リカさんのツッコミに、私はお茶を淹れる手を止めた。 確かに、世間一般の夫婦ならとっくに独立しているだろう。 でも私にとっては、今の環境がベストなのだ。「うーん……そうですね。でも、私の仕事はNoixの栄養と生活の管理ですから。別々に暮らしたら、絶対に彼らの食生活は崩壊します」 ハルくんはカップ麺生活に戻るだろうし、セナさんはサプリメントしか口にしなくなる。 レンくんは……まあ、私と双子を独占できて喜ぶかもしれないが。 とにかく、特に今の赤ん坊を抱えた状態では、通いで仕事をするのは無理がある。実は同居で助かっているのだ。「それに、ここはタワマンの最上階でセキュリティは最高ランクです。マスコミや変な人が来る心配もありませんし、何より……」 私は眠る双子を見つめた。「私が家事で手が離せない時、ハルくんやセナさんが子供たちを見ていてくれるんです。彼ら、すっかり『お兄さん』として育児スキルを身につけちゃって。本
※番外編です。紬とレンの子供が生まれた後の話。◇「ああっ、ハルくん! 伊織に変なおもちゃ与えないでください! 誤飲したらどうするんですか!」「えー、これ対象年齢半年からって書いてあるよ? ほら伊織、ガブガブしていいぞー」「だあ!」「ダメです! まだ洗ってませんから!」 ペントハウスの広大なリビングは、朝から戦場と化していた。 床には柔らかいジョイントマットが敷き詰められ、その上を我が家の天使たち――生後半年を迎えた双子の伊織(いおり)と茉莉(まつり)が、ずり這いからハイハイへと進化を遂げようと一生懸命に手足を動かしている。 私とレンくんの間に生まれた子供は、なんと男女の双子だった。 どちらも信じられないくらいに可愛い子供たちだ。 さすが、国宝級イケメンのレンくんの子だけある。将来がとても楽しみ、いや、今でも十分に可愛いけど! そんな天使たちの行く手を阻むように寝転がっているのが、Noix(ノア)のオレンジ髪担当、遊馬ハルくんだ。 彼は伊織を溺愛し、暇さえあればちょっかいを出している。「茉莉、こっちですよ。おいで」「あう~」 一方、少し離れた場所では、完璧なスーツを着こなした葛城セナさんが、床に膝をついて高級な万年筆を振っていた。 キラキラ光る万年筆の動きに釣られて、茉莉が一生懸命に小さな手を伸ばしている。「セナさん、その万年筆、よだれまみれになりますよ」「構いません。茉莉が喜ぶなら、万年筆の1本や2本、安いものです。……あぁ、ちゃんとインクは抜いてあるので、誤飲の心配はありませんよ」 魔王の面影はどこへやら。すっかり茉莉の可愛さに陥落したセナさんは、目尻をデレデレに下げていた。「おい、お前ら。俺の子供たちに気安く触るな」 そこへ、寝起きのレンくんが登場した。 彼は不機嫌そうに眉を寄せながらも、真っ直ぐにジョイントマットへ向かい、伊織と茉莉を両腕に抱き上げる。「あー、今日も
「レンくんが招待してくれたんだよ」 父が目を潤ませながら言った。「ほら、ボサっとしてないで!」 リカさんが強引に、私の頭に白いヴェールを被た。 呆然としている間に、手には純白のブーケを持たせられる。「まったく手のかかる主役ね。早く行きなさい。王子様がお待ちかねよ」 彼女は紬の背中をパンと叩いた。 その顔は呆れているようでいて、とても優しかった。「行ってきなよ、お姉ちゃん」 妹に背中を押され、私は光の道を歩き出した。 一歩進むごとに心臓が高鳴る。ステージの中央、そこには白いタキシードに着替えたレンくんが立っていた。「レンくん……」 私が前に立つと、彼は照れくさそうに笑った。「紬の家族にも、ちゃんと認めてもらいたかったからさ。勝手に呼んじまった」「ううん……嬉しい。夢みたいです」 レンくんは笑みを引っ込めて真剣な表情になると、私の手を取った。 ポケットから銀色のリングを取り出す。 派手な宝石はついていない。けれどその内側には、小さな青いサファイアが埋め込まれている。「世界中には言えない。街中で手を繋いで歩くことも、普通の夫婦みたいなデートも、一生させてやれないかもしれない」 彼はまっすぐに私の瞳を見つめた。「でも、ここにある俺たちの世界(Noix)と、俺の全てはお前のものだ」 レンくんは片膝をついて、リングを差し出した。「結婚してくれ。紬」 涙で視界が歪む。 普通の幸せなんていらないと思っていた。影でいいと思っていた。 でも彼は、私を光の真ん中に連れてきてくれた。 誰にも言えない秘密の結婚式は、世界で一番贅沢で温かい誓い。「……はい」 私は涙を拭い、満面の笑みで答えた。「喜んで……一生、あなたの『食事係』を務めさせていただきま
アンコールの幕が開いた瞬間、東京ドームは奇跡のような光景に包まれた。 5万5000人、満員の観客が掲げるペンライト。 その全てが、Noix(ノア)のグループカラーではなく、透き通るような「青(シエルブルー)」一色に染まっていたのだ。まるで、ドームの中に青空を閉じ込めたかのような幻想的な海が広がっている。 その中心、センターステージに置かれたグランドピアノの前に、綺更津レンが座っていた。 スポットライトが彼1人を照らす。 静かなイントロが奏でられた。新曲『CielBlue(シエルブルー)』。『砂のような世界で味を失くしていた俺に』『君は生きる意味をひとさじ教えてくれた』 切なくも温かい歌声が、静まり返ったドームに響き渡る。 派手な演出もダンサーもいない。ただ言葉の一つ一つを噛み締めるように歌う彼の姿だけがある。『飾らない君の笑顔が俺の帰る場所』『誰にも見せないこの弱ささえ愛してくれたから』 ステージの袖で聴き入っていた私は、口元を両手で覆った。 これは私信だ。ファンに向けたラブソングの形をしているけれど、そこに綴られているのは、私とレンくんの2人にしか分からない日々の記憶。 雨のゴミ捨て場と冷たいスープ、砂の味、そして――再び取り戻した温かい食卓。 涙があふれて止まらなかった。彼は5万5000人の前で、私への愛を歌ってくれている。 最後の音が消えて万雷の拍手が降り注ぐ中、レンくんはマイクを握った。「今日は、みんなに伝えておきたいことがあります」 彼は客席を見渡し、穏やかな声で語り始めた。「俺には、大切な人がいます。俺に『生きる味』を教えてくれた、かけがえのない人です」 客席からどよめきではなく、息を呑む気配が伝わる。「その人が誰なのか、名前を明かすことは一生ありません。のろけることも、ツーショットを見せることもない。……それが、アイドルとしての俺の誠意であり、一人の男として彼女の平穏を守るための覚悟です」
私の胸がドキリと鳴った。 なんて情熱的でまっすぐな歌詞だろう。 これはきっと、ファンのみんなに向けた歌だ。『愛してる』も『守りたい』も、彼を支えてくれる5万5000人のファンへのメッセージなのだと感じた。(やっぱり、レンくんはみんなのアイドルなんだな……) 誇らしさと共に、少しだけ胸がチクリと痛んだ。 彼は遠い場所にいる。どれだけ近くにいても、彼は光の中にいて私はその影にいる。 それが私たちの正しい在り方だと分かっていても、寂しさは消せなかった。「……ん」 レンくんが身じろぎして、目を覚ました。 私がノートを見ていることに気づき、彼は慌ててノートを閉じた。「あ、悪い。寝てたか」「ごめんなさい、見ちゃいました。……新曲、ですね」 私が微笑むと、レンくんはバツが悪そうに視線をさまよわせた。それから観念したように息を吐く。「ああ。明日のアンコールで、初披露する」 彼は立ち上がり、私の肩を両手で掴んだ。その瞳は、吸い込まれるほど真剣だった。「明日は最高のステージにする。絶対に見届けてくれ」「はい。楽しみにしてます」 私は頷いた。――彼の「嘘」に、まだ気づかないまま。◇ ライブ当日の東京ドームでは、5万5000人の歓声が地響きのように轟いている。 開演直前の楽屋裏は、スタッフたちが声を張り上げながら走り回る戦場だった。「紬」 準備を終えたレンくんが、私のもとへやってきた。 華やかステージ衣装に身を包んだ彼は、もう完全に「綺更津レン」の顔をしている。「これを持っていてくれ」 彼が渡してきたのは、スタッフパスだった。 だが通常の『ALLAREA』ではない。マジックで手書きで『★STAGESIDE★』と書き込まれている。「今日は客席じゃなくて、ステージの袖(そで)で見ていてほ
ドームツアーの最終日が近づくにつれて、ペントハウスには奇妙な緊張感が漂い始めていた。 いつものライブ前の高揚感とは少し違う。もっと個人的で、どこかよそよそしい空気だった。「遅かったですね。もう2時ですよ」 深夜、リビングのソファで待っていた私は、帰宅したレンくんに声をかける。 彼は一瞬、ギクリとしたように肩を強張らせた。「ああ。打ち合わせが長引いてな」 レンくんは視線を逸らし、そそくさと寝室へ向かおうとした。 その背中から微かに香りが漂った。いつもの彼の匂いでも、汗の匂いでもない。 高級な革張りのソファみたいな乾いた匂い。私の知らない場所の匂いだった。(また何か隠してる……?) 私の胸に、かつてのトラウマが蘇った。 1年前のスキャンダル騒動の時。あの時も彼は私を守るために一人で問題を抱え込み、壊れていった。また何かトラブルが起きているのだろうか。それとも――。(私との生活に、飽きちゃったのかな) ふと、そんな弱気な考えが頭をもたげる。 お風呂場からは、彼が鼻歌を歌う声が聞こえてくる。 聴いたことのない、切なくも温かいメロディ。 新曲だろうか? 幸せすぎて不安になる。 1年前のあの別れの日々は、今でも私の中で重たい淀みのように残っている。 今の生活が、薄氷の上に成り立っていることを痛感する夜が増えていた。◇ その数日前のこと。 都内某所の高級ジュエリーショップ、完全予約制のVIPルームで、2人の男女の姿があった。 深々と帽子を被ったレンと、サングラスをかけた西条リカだ。「種類がありすぎて分からん。一番高いやつでいいか?」 ショーケースに並ぶ煌びやかな指輪の山を前に、レンが頭を抱えている。リカは呆れたように溜息をつき、彼の後頭部を軽く叩いた。「馬鹿ね。値段で選ぶんじゃないわよ。デザインと『意味』よ」 彼女はショーケースを覗き込み、芸能
背後から伸びてきた腕に抱きすくめられた。「……ッ!」 逃がさない、とでも言うように、逞しい腕が私の体に巻き付いた。 背中に押し付けられる彼の胸から、ドクン、ドクンという激しい鼓動が直に伝わってくる。「お茶なんかいらない」 耳元でささやかれる。熱い吐息が首筋にかかって、背筋がゾクリとした。「もう、我慢できない」 その声は、いつもの甘えん坊な「充電」を求めるものではない。飢えた獣がようやく獲物を捕らえたような響きだった。 首筋に熱い唇が押し当て
ドームの巨大モニターにレンくんが映し出された。カメラが彼の左手首をズームアップする。「ッ……!」 私は息を止めた。きらびやかなゴールドの衣装と、高級なアクセサリー。その袖口から覗いていたのは、青と銀の刺繍糸で編まれた不格好なミサンガだった。 私が編んだものだ。手芸屋さんの糸で夜なべして編んだ、子供騙しのような手作り品。数百万円のハイブランドのブレスレットを外してまで、彼はそれを身につけていた。 5万人の視線が集まる、この晴れ舞台で。(バカ……。
封筒の中に入っていたのは、プラチナチケットと名高い『Noixドーム公演』のチケットだった。それも関係者席ではない。「アリーナの最前列ブロックだ」 レンくんが真剣な眼差しで私を見つめる。「関係者席だと遠いだろ? 一番近くで見てほしいんだ」「でも、こんな貴重な席……」「来てくれなきゃ困る」 彼は私の手を取り、チケットを強く握らせた。「5万人の観客がいても、俺が見てるのは紬だけだと証明する。……絶対に来て」 ただのライブへの招待ではない。彼からの愛の誓いへの招待状と
『本日の公演は、全て終了いたしました――』 コンサート終了のアナウンスが流れても、ドームの熱気は冷めなかった。5万5000人の観客たちは余韻に浸り、あるいは興奮を語り合いながら出口へ向かう。 私はすぐには立ち上がらず、座席に座ったままでいた。 腰が抜けた、のではない。 重力が増したように体が重くて、指一本動かすのさえ億劫だったのだ。全身の血液が沸騰して、脳みそがショートしている。(……やっちゃった。あの人、本当にやっちゃった) 脳裏に焼き付いているのは、巨大モニターに映し出







