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last update 最終更新日: 2025-12-02 18:35:33

 小鍋に水を入れ、昆布を浸した。沸騰直前で取り出す。実家の定食屋仕込みの、黄金色の出汁が出来上がった。

 トントントン、とネギを刻む軽快な音が響く。鶏肉は小さく切って、生姜と一緒に煮込む。

 ふわりと湯気が立ち上った。出汁の優しい香りが、狭い部屋に満ちていく。

ちらりとリビングを見ると、膝を抱えていたレンくんの肩から、少しだけ力が抜けているのが見えた。鼻が、ヒクヒクと動いている。やっぱり猫だ。

「お待たせしました」

 15分ほどで、卵雑炊が出来上がった。ローテーブルに鍋ごと置いて、茶碗によそう。湯気と共に、ネギと出汁の香りが彼の顔を包み込んだ。

 それでも、彼はまだ警戒していた。箸を手に取ろうとしない。

「いらない。……食べられない」

 頑なだ。もしかして、毒が入っていると思っているのだろうか。いやそれ以前に、彼は「食べる」という行為そのものを恐れているように見える。

「毒なんて入ってません」

 私は自分のスプーンを取り出し、雑炊をひとすくいした。

「私の実家、定食屋なんです。味だけは保証しますから」

 そう言って、彼の目の前でぱくりと食べる。熱々の出汁が、五臓六腑に染み渡る。自分で言うのもなんだが、完璧な塩加減だ。

 思わず笑みがこぼれた。

「ほら、美味しい」

 スプーンを置いて、彼を見る。彼は私の口元と、湯気の立つ茶碗を交互に見ていた。

 やがて、観念したように震える手でスプーンを握った。

 泥だらけの高級スーツや、数百万の高級時計をした手首。それらが、庶民的な雑炊と強烈な不協和音を奏でている。

 彼は背中を丸め、おそるおそるスプーンを口に運んだ。

 最初の一口。それは、毒見のような慎重さだった。

(……どうだ?)

 私は固唾をのんで見守る。口に入れた瞬間、彼の動きが止まった。長い睫毛が伏せられ、表情が見えない。吐き出すか? 怒るか?

 次の瞬間。彼の手から、カチャンとスプーンが滑り落ちた。

「……っ」

 拒絶反応ではない。彼の顔が、くしゃりと歪む。それは、痛みに耐えるような、あるいは何かが決壊したような表情だった。

「死ぬ気がないなら食べてください。食べる気力があるなら、生きていけますから」

 私が努めて事務的に言うと、彼は小さく頷いた。

 一口、雑炊を口に入れる。そして。

 ポロリ、と。その美しい瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「……あ……」

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  • 塩対応の国宝級アイドルは、私の手料理がないと生きていけないらしい   119

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