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第9話

Auteur: 道中
彼女は健太を押し退けようと手を伸ばした。

野々花の目には涙が滲み、頬は赤く染まり、身体はもう自分の意志では制御できなくなっていた。喉の奥から声が漏れ出す。

ダメ!

こんな運命なんて、受け入れられない!

彼女は思いきり舌先を噛みしめ、その痛みによってわずかに意識を取り戻すと、膝を勢いよく持ち上げ、健太の鼻を思いきり突いた。

健太はカーペットの上に片膝をつきながら、彼女のスリムジーンズを脱がそうとしていたが、まさか反撃されるとは思っておらず、鼻を直撃されてしまった。

「うっ」彼は悲鳴をあげて、野々花の手を無意識に離し、地面に座り込んで鼻を押さえる。

野々花はすかさず立ち上がり、再び舌先を強く噛んで意識を保ち、健太の股間めがけて全力で蹴りを放った。

「ぐぅううっ!」健太は苦しげに叫びながら地面にうずくまり、転がり回った。

そのとき、彼のズボンのポケットからスプレー缶が顔を出しているのが目に入った。野々花は迷わずそれを取り出し、息を止めて彼の顔にシュッと連続で噴射し、そのまま這うようにして扉の方へ走った。

個室のドアを開けると、冷たい風が吹き込んできて、彼女の意識はさらに鮮明になった。

野々花はTシャツでスプレー缶についた指紋を素早く拭き取り、部屋の中に投げ入れて扉を閉め、そのまま走り出す。

けれど、彼女は足が震えて、壁を支えにしても思うように走れない。

身体の中がまるで火に炙られているように熱くて、頭の中にあるのはただ一つ、男を探さなきゃ!

このままじゃ絶対におかしくなる。

服を脱いで、公衆の面前で醜態を晒すか、どこかの男に拾われてしまうか。

警察に通報?

こんな高級クラブには裏に必ず黒い繋がりがある。通報したって、向こうが先に気づいて揉み消されるだけだ。

友達に助けを?間に合わない!

どうすれば……?

どうすればいいのよ!

「カチャッ」という音とともに、どこかのドアが開いた。

野々花は振り返る。八十八号室の隣の個室のドアが開いたのだ。

ゾクッと背筋が凍る。もし結城に見つかったら、また健太の元に戻されてしまう。

彼女の心は焦りに焦っていた。

一番いいのは、人のいない個室に隠れて、水で身体を冷やして、何とか耐えきること。

彼女はすぐそばの個室のドアを押してみた。

開いた。

もう何も考えず、野々花は素早く中に飛び込んでドアを閉める。

ドアが閉まる瞬間、美都が部屋から出てきて八十八号室の方へ歩いていくのが見えた。

彼女がドアを開けた瞬間、誰かに中へと引きずり込まれ、「キャッ!」と叫ぶ声が響いた。

野々花は急いで鍵をかけ、チェーンロックも掛ける。

部屋の中は電気がついておらず、音もない。誰もいないようだ。

彼女はようやく少し安心し、その安心感とともに熱が一気に押し寄せてきた。

壁にもたれかかって、ゆっくりと座り込むとTシャツを脱ぎ、少しでも身体を冷やそうとした。

自分の荒い息遣いと、激しく脈打つ鼓動が聞こえてくる。

全身が蟻に食われるようにムズムズと痛くて苦しくて、押さえきれない呻き声が漏れてくる。

そのとき!

パチッ。

部屋の明かりがついた。

野々花の意識は朦朧としていた。

霞む視界の中に、ひとりの長身の男性がゆっくりと歩み寄ってくるのが見えた。

三十歳前後だろうか。鋭い眉に吸い込まれるような目元、深い彫りのある顔立ち、高い鼻、まるでハーフのような、美しい男だった。

砂漠の旅人がオアシスを見つけたように、彼女は男の方へと這い寄る。

「助けて……お願い……」

彼女は生まれつきの美貌と抜群のスタイルを持ち、このとき髪は汗で濡れ、潤んだ瞳に、色気を帯びた声で懇願する。

男のサファイアのような瞳がわずかに揺れる。「お嬢さん、警察を呼んだ方がいいか、それとも救急車か?」

彼女はトイレに連れて行って冷水を浴びたいだけだった。「水……冷たい水を……」

彼の脚に縋りつき、体を支えて膝をつく。

彼女は男の身体に触れた瞬間、パキンと音を立てるように、かろうじて保っていた理性の糸がぷつりと切れた。

もう、頭の中にあるのはただ一つ、「この男が欲しい」

飢えた野良犬がパンを見つけたように、彼にしがみついて懇願する。「助けて……報酬は払うから!」

男の身体が一瞬、強張った。

彼女を引き起こしながら、低く落ち着いた声で言う。「病院へ連れて行く」

けれど、野々花の耳にはもう何も届かない。全身がとろけたようになり、血が煮えたぎるように熱い。あと一秒でも遅れれば、心臓が破裂してしまいそうだった。

彼女はつま先立ちになり、顔を上げて彼にキスをした。蛇のように彼のたくましい身体に絡みつき、震える手で彼のパンツに触れた。

男の瞳が一瞬で深く染まる。「君が望んだんだぞ」

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