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第6話:微風の裏側に潜む

Author: YOR
last update publish date: 2026-08-07 16:14:23

その言葉は、疑問形ではなく決定事項として私に突きつけられた。

断るという選択肢が最初から存在しないかのように、大成さんは満足げに微笑んだまま私の肩を抱いた腕を緩めない。

テーブルの向こうで、山川がゆっくりとコップを置いた。その微かな音が不気味に響く。

「花川様! ディナー・セレモニー、ですか」

山川は驚いたようにそう言った。

「花川様、申し訳ございません。今夜は別件の案件が入っておりますので、今夜は難しいかと」

大成さんの急な予定について、真紀子も黙ってはいられなかったようだ。

「そうですね。私もこの後、午後のプロジェクトの打ち合わせがありますし、ディナー・セレモニーまでに間に合うかどうか……」

私も思わず、口を挟んだ。いいえ、挟まないでいるわけにはいきません。

「レナ。スケジュールなんて、どうとでも調整できるだろう」

大成さんはそう言って、テーブルの向こうに座る山川へ視線を向けて言った。

「いえいえ、大成さん。私のスケジュール管理は黒川さんにお願いしています。次の案件をお断りするとなると、会社の存続にも影響が……」

私は一度、言葉を区切った。冷静にと心の中で思いながら、コップのお水を口に含み飲み込む。

「それに、いくら大成さんでも、これは社交的ではないかと存じます」

私が言い終えると、大成さんは抱いたままの肩を強く握った。

「レナの会社の未来を左右する大切な夜だ。僕のパートナーとして、当然隣にいてもらう。……ねぇ、レナ?」

(私の意思は? 私の会社は……! 大成さんは何を考えているの?)

胸の奥で反発心が激しく渦巻いた。けれど、横にいる大成さんの言葉は、絶対的な支配のようだった。

「代表のため、ですか? 具体的に……」

真紀子がそう言った直後、私は言葉を遮るようにこう言う。

「黒川さん、もういいわ」

私がそう言うと、真紀子は『でも……』と口を開きかけた。それでも、私はその言葉すらも遮る。

「大成さん、わかりました。参加します」

私がそう答えると、大成さんは私のこめかみに親指を軽く這わせた。

真紀子がわずかに顔を伏せ、土門純が無表情のまま私の様子を観察している。そして、山川は、燃え盛るような真っ赤な顔で怒りを表現しているようだった。

「大成さん。申し訳ございませんが、これで私たちは次のプロジェクトの打ち合わせへ向かいます」

私はテーブルに置いたバッグを手に取り、一瞬で営業用の笑顔を貼り付けた。そして、席を立った。

「ああ、後で迎えに行く」

大成さんはそう言って、優雅に手を振った。

その視線から逃げるように、私はカフェの出口へと急いだ。

「代表!」

外に出るやいなや、真紀子が背後から声を張り上げた。

「急ぎましょう。車を回してちょうだい」

私がそう指示すると、それまで無言で押し黙っていた山川がすっと私の前を横切り、大股で路上に停めていた車へと小走りしていった。

***

レナのやつ、いったいどこに行くつもりだ。

俺たちが駐車場の影に車を滑り込ませ、カフェに向かうのとほぼ同じタイミングで、カフェの自動ドアが開き、三人の人影が飛び出すように現れた。先頭を歩くレナの顔は、遠目からでもはっきりとわかるほど険しく、怒りと屈辱に満ちた表情をしていた。

あんな顔、俺の前で見せたことはない。いや、いつもは気丈に振る舞うレナが、ここまで露骨に感情を波立たせているのは、間違いなくあの男のせいだ。

「――花川大成。レナに何をした」

独り言を漏らしながら、隠れるように後部座席へ座り直した。俺の五本指に、自然と力がこもる。ボキボキと骨の音が車内に響いた。

車窓から漏れる微風が表参道の並木を揺らす中、俺の胸のうちはドロドロとした黒い感情で満たされていく。

レナがあのクソ野郎と一緒に過ごした時間、あの男の匂いをまとわされ、肩を抱き寄せられていたという事実。

「桜生様、あの方々はすぐに車で移動されるようです。どうなさいますか?」

運転席に座る鏡見はどこか楽しげに問いかけてきた。

焦燥に駆られる俺を観察しているようだ。まさか、この修羅場を楽しんでいるのか。

鏡見の余裕綽々な態度すら、今の俺には苛立ちの種でしかなかった。

「どうするも何も、決まっているだろう」

俺はシートベルトを乱暴に引き剥がし、ドアノブに手をかけた。

「レナが、あんな奴の隣で笑う必要はない……ましてや、屈辱に唇を噛みしめる理由もない。俺が、連れてくる」

「おや、ここで表立って接触なさるおつもりですか? レナ様が築いてきたダミー会社の情報や、裏での立ち回りに支障が出るかもしれませんよ」

「知ったことか!」

「ですが、レナ様たちは自分たちの車に乗っていますよ。今、そばに向かったところで何もできないと思いますが」

鏡見は冷静にそう言った。

「レナたちはどこかに向かうってことか?」

「そうだと思いますよ。花川様とはランチを楽しんだだけかと」

「尾行するぞ」

もう俺の気持ちは止まらない。

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