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2.陸の思惑といい買い物

last update Dernière mise à jour: 2025-10-09 12:07:57

翌日の朝、私は大事な話があると言われ会議室に向かった。

コンコンッ―――――

ドアをノックして扉を開けると、社長である父と副社長、そして専務が座っている。中に入ると同時に三人は立ち上がり、一斉に深々と頭を下げた。

「美月、本当に申し訳ない―――――――」

「なに、一体どうしたというの?」

三人は、昨日の遠藤製薬で陸から言われた話を私に伝えた。

「つまり、結婚を断った腹いせに取引額を減少し、このまま拒否を続けるなら完全に取引停止も辞さない、そう脅されたということですか?」

父は顔を上げず、苦痛に歪んだ声で答えた。

「……会社の都合で、美月の人生を指示するようなことはしたくなかった。だが、昨日の訪問後に収支と資金の余力を調べたんだが、遠藤製薬の受注がなければ、このままいくとあと半年でこの会社は倒産するしかなくなってしまう」

「そんな……」

「社員五百人以上の生活がかかっているんだ。美月には本当に申し訳ないと思っている。しかし、他に手立てがないんだ本当に申し訳ない……。」

「美月さんにこんなお願いをするのはおかしいが、遠藤製薬との取引を停止されるわけにはいかないんだ。謝罪をしてもしきれない。でも、社員を守るためなんだ。」

副社長、専務にも頭を下げられ、私は言葉を失った。

遠藤陸に興味がないどころか、苛立ちと憎しみしか持たない。しかし、あと半年でこの事態を解決する手段を私は持ち合わせていない。この話を受け入れるしかないことだけは理解し、私は深く大きくため息をついた。

「分かりました。婚姻の話、受けさせていただきます」

(結婚する予定だった彼には別れを告げられ、今度は会社のために知らない男に嫁ぐ……私の人生って、いったいなんだろう)

そんなことを思いながら、帰り道、私は空を見上げた。

季節は秋から冬に変わろうとしていて、枝に一枚の葉っぱがひらひらと揺らめいている。鮮やかだったはずのその葉は、すっかり茶色になり、ところどころ穴があいている。

枯れ果ててボロボロになりながらも、それでも必死に枝にしがみついている葉は、遠藤陸の思い通りになりたくないと必死に抵抗を試みる自分自身のように見えた。冬を告げる乾いた風が頬に冷たくあたり、風当たりの強いこの状況は、孤独で逃げ場がなかった。

――――

「酒井美月です。この度は、婚姻のお話ありがとうございます」

駅のすぐ横にあるシティホテルの最上階にあるレストランの個室。この日、私は陸と初めて二人きりで食事をした。

「堅苦しい挨拶は好まない。お前は俺が聞いたことだけ笑顔で応えていればいいんだ」

会社の取引で圧力をかけてまで婚姻を迫ってきたとは思えないほど、陸の態度は冷めきっていて、会話と言う会話もない。

聞いたことだけ答えればいいという割には、彼は何も尋ねてこなかった。まるで、私と会話することに意味がないと言わんばかりに料理にばかり集中している。

松茸やキャビア、フォアグラなど高級食材を使った料理が次々と運ばれてくるが、この重苦しい空気の中で食べる料理はどれも味がせず、ただ静かに口の中へ入っていくだけだった。

「食べ終わったことだし、下の客室に部屋を取ってある。行くぞ――――」

「え……ちょっと待ってください」

自分がデザートを食べ終わると、陸はさっさと席を立ち、入口に向かって歩き出した。私のお皿には食べかけの和栗のタルトがまだ残っている。芳醇な香り漂うコーヒーもまだ温かいままだが、陸は気にかける様子も振り向くこともしなかった。

慌てて席を立ち、食べかけのタルトをもう一度見てから小走りで陸を追いかけた。

「遅い!何していたんだ。子どもでもあるまいし、まさか食事食べてそのまま帰るとでも思ったのか?食事を食べさせてもらっただけありがたいと思うんだな。黙ってついてこい」

エレベーターに入ると二人きりになったことをいいことに陸は怒号を上げた。一つ下の階で止まると、強引に私の腕を引き降りるように指示をする。陸は胸ポケットからルームキーを出してかざすと、何も言わずに中に入っていった。

私がその場に立ち止まり、中に入るのを躊躇していると、苛立った表情で私の手を引いてくる。扉が閉まるのと同時に舌を絡めるキスをしてきた。

「ん……、待って。いや」

「いや?誰に向かって口をきいているんだ。お前に嫌なんていう権利があるわけないだろう」

「そんな……」

「お前の父親もお前も何も分かっていないようだな。お前が俺に意見など出来ると思うな。分からないようなら、取引の件をまた見直してもいいんだぞ」

陸は私をベッドに連れていき押し倒すと、乱暴に服を脱がし床に投げ捨てていく。

「ほお。顔だけはいいと思って選んでやったが、身体もそれなりだったか。いい買い物をした」

(買い物?この人にとって、私はただの『物』だと言うの?)

怒りでシーツに皺が出来るほど強く握る。陸は新しいおもちゃでも買い与えてもらった子どものように、私を隅から隅まで見まわした後、独りよがりに私を抱いた。

何の愛情も感情の欠片もない行為に、心が泣いている。この先の生活を思うと、この部屋と同じように何も見えない暗闇で、希望を見いだせなかった。

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