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第7話

Author: 生花
私は小さく首を振る。

「もういいの、お兄ちゃん。全部、過ぎたこと」

けれど兄は、私が未練がましくしているのだと勘違いして、私の額を指でつついて、歯がゆそうに顔をしかめる。

私はあわてて言い添える。

「彼と離婚した時から、もう愛してなんかいなかった。

人を憎むには、まず愛していなきゃいけないんだと思う。私はもう、彼とは赤の他人でいたいだけ。

それに、彼にもすぐに報いが来るわ」

私の声は淡々として、まるで自分とは無関係な誰かの話をしているみたいだ。

「彼の唯一の子どもを私が下ろしたその瞬間に、彼の行き場はもうなくなったのよ」

兄はほっとしたように私の肩を叩く。

「さすがは須藤家の娘だ。

引くべき時は引いて、やる時は手加減しない」

思わず顔を上げる。

こんなことを口にしながら、兄には冷酷だと責められる覚悟はできていた。

なにしろ、これまでずっと和真にはそう言われてきたのだから。

ところが兄はよくやったと言ってくれた。

家族がいるということ、愛されるということは、こういう感覚なのだ。

ところが、思いもよらぬところで和真が須藤グループにまで押しかけてきた。

「はじめまして。朝倉グループの朝倉和真です。須藤グループの皆さまとご一緒できるのを楽しみにしています」

差し出された手。獲物を逃すつもりのない目。

社内では、和真は終始ビジネスライクで、私を困らせることはしなかった。

だが会議が終わったあと、和真は握手ののちに指先に力を込め、私をぐいと腕の中へ引き寄せる。そして、低く囁く。

「優奈、お前が誰であろうと関係ない。俺は必ずもう一度、お前を取り戻す」

私は脚をすっと上げ、膝で彼の急所を押しつけるように突き上げ、冷ややかに笑う。

「一か月前、朝倉社長と香坂さんの盛大な結婚式があったって、耳にしてるわ。

今さら取り戻すって何の冗談?須藤家の娘を愛人にしろって?

それに、前にも言ったはずだ。私はあなたなんて知らないわ。

これ以上しつこくするなら、ただじゃ済まないと思え」

和真は片眉をわずかに吊り上げ、私の威嚇などまるで意に介さない様子で口を開く。

「優奈、もう少しだけ待ってくれ。あと数日で美琴の子どもが生まれるんだ。

出生届を出したら、俺は美琴と離婚する。

お前が突然、須藤家の実の娘になった理由はわからない。だが、朝倉家と須
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