LOGIN死んでから七日目、私は死神から特別に、お別れのための時間を一ヶ月だけもらった。 黒崎颯太(くろさき そうた)は私を見つけると、瞳を輝かせて、私を強く抱きしめた。 「一週間もどこに行ってたんだ!死ぬほど心配したぞ!」 でも、この世に戻ってきた最初の夜だというのに、彼は私を家に残して、佐野美優(さの みゆ)の誕生日パーティーに行ってしまった。 颯太、私に残された時間は、あと一ヶ月しかないんだよ。 私がこの世からいなくなったら、あなたは喜んでくれるのかな?
View More颯太は目を覚ましたが、退院はしなかった。医師は、彼が精神に異常をきたしていると診断した。颯太は会う人ごとに、莉子を見なかったかと尋ねて回った。美優を含め、誰もが彼にこう告げた。「もう一ヶ月も前に、山道での交通事故で、莉子さんは亡くなった」颯太は信じなかった。周りの人々や、結婚式当日に来ていた人たち全員に聞いて回った。彼らは皆、受け取った招待状は颯太と美優のものだったと答えた。この一ヶ月、莉子を見かけた者は誰もいなかった、と。颯太は完全に打ちのめされた。ある深夜、彼はこっそり病院を抜け出して家に帰った。家の中は何も変わっていない。でも、いつも颯太の帰りを待っていてくれた、私の姿だけがなかった。颯太はソファに座り込んだまま動かなかった。美優と夜を過ごしている間、莉子はずっとここで自分の帰りを待っていたのだろう、と颯太は思った。颯太は自分の頬を強く張り、それからわっと泣き崩れた。莉子が一ヶ月前に死んだはずがない、と彼は確信していた。私の笑顔も、ちょっとした仕草も、まるで昨日のことのように、颯太ははっきりと覚えている。なのに、なぜみんな嘘をつくんだ?颯太は理解できなかった。私の骨壷が手渡された時、颯太はついに現実を認めざるを得なかった。私は、本当に死んでしまったのだ。あの細くて、病弱で、5年間ずっと守ってきた私が、死んでしまうとこんなに小さな骨壷に収まってしまうなんて。医師たちは病室の外に立ち、颯太をじっと見つめていた。彼が自殺しようとするなら、すぐ止められるように。しかし、颯太はそうしなかった。彼は冷静に、秘書に私の死の真相を調べるよう指示した。そして、皆が病室を出て行った後、颯太は美優だけを引き留めた。美優は涙を流し、何度も首を横に振った。「本当に、私がやったんじゃない。私がやったんじゃないの」颯太はベッドに座り、ひざまずいて許しを請う彼女を冷たく見下ろした。心に憐れみの情はかけらもなかった。「後は、法による制裁を受けるがいい」美優は泣きながら颯太の足元に這い寄り、その足に必死にしがみついて叫んだ。「最低よ!あの女はもう死んだのよ!どうして現実を受け入れられないの!一番愛してるって言ってくれたじゃない!私こそがあなたにとって一番大切な人だって!どうして
結婚式当日、死神の冷たい声が、再び私の耳元で響いた。たった一ヶ月しか経っていないのに、まるで遠い昔のことのように感じた。「さあ、時間だ。行こう」目の前の黒いローブを纏った影を見つめ、私は半透明になった自分の体を見下ろして頷いた。「その前に、結婚式の様子を見に連れて行ってほしいの」死神は人間の情なんて理解できない。でも、せっかく来たんだから、最後まで付き合ってやろうと思ったのかもしれない。彼が手を振ると、私の体はふわりと宙に浮いた。透き通った自分の体と手を見て、私はもう魂だけの存在になったんだと気づいた。突然ドアが開くと、ウェディングドレスを着た美優が、笑顔のまま固まった。彼女はあたりを見回して私の姿がないのを確かめると、鼻で笑った。「逃げ足だけは早いのね」結婚式は、滞りなく進んでいった。このすり替えを成功させるために、私はわざと顔が隠れるベールを選んでおいたのだ。「新婦の、ご入場です!」会場の扉が開かれると、招待客たちの期待に満ちた視線が、一斉に扉の方へ注がれた。ウェディングドレスを着た美優が、真剣な面持ちで、一歩ずつステージへと向かっていく。宙に浮かんだまま、私の心の中では意地の悪い好奇心がどんどん膨らんでいった。式は手順通りに進み、指輪交換の時、颯太が眉間にしわを寄せるのが見えた。彼が違和感に気づいたのだろう。なぜなら、結婚指輪は私の指のサイズに合わせて買ったものだから、美優には少しきつそうで、指が赤く締め付けられていたからだ。そして次が、招待客たちが注目する、新郎から新婦への誓いのキスの時間だ。ベールが上げられた瞬間、会場は騒然となった。私は颯太の正面に浮かんで、興味津々で彼の表情を観察した。でも、私の想像とは違って、颯太の顔に喜びの色は少しもなかった。彼の顔は、さっと血の気を失い真っ青になった。そして驚きのあまり瞳孔が見開かれ、全身が小刻みに震えている。「なんで、君が……莉子はどうした!?」望んでいた反応が得られず、美優の笑顔がこわばった。でも、彼女は無理に笑顔を作って、颯太の手にそっと触れながら優しく言った。「莉子さんが言ってたの。あなたが本当に結婚したいのは、私だって分かってるから、代わりにあなたと結婚しなさいって。あなたの幸せを祈ってるって、
美優は出て行った。颯太が呼んだ警備員に、無理やり連れていかれたのだ。彼女の泣きわめく声がドアの外に消えると、部屋の中は一気に静まり返った。しばらくして、颯太が私の前に歩み寄り、どさっとひざまずいた。私は身じろぎもせず、表情も変えずに、ただ静かに彼を見つめていた。涙を流すその整った顔には、深い後悔の色が浮かんでいた。「ごめん、莉子。俺は、君が美優のことで怒って家出しただけだと思ってた。だから、探しに行かなかったんだ。君が死にかけていたなんて知らなかったんだ。それに、この件に美優が関わっていたなんて……あいつが、あんなひどいことをするなんて思ってもみなかった!ごめん、全部俺のせいだ。これからは美優とは距離を置くから。だから、今回だけは許してくれないか?」今の彼の顔を見つめながら、私の脳裏には、かつての意気揚々とした少年の姿が浮かんでいた。あの頃の彼は、今の自分がこんなことをするなんて、想像できただろうか。私が黙っていると、颯太は一語一句、真剣な声で言った。「誓うよ。これからは、必ず君を大切にする。結婚する前も、結婚した後も、俺は君一筋だ」「結婚する前は、どうだったの?」私は不意にそう尋ねた。颯太はきょとんとした。でも、すぐに私を見つめて言った。「神に誓って、俺は美優と、一線を超えたことは一度もない。もし嘘なら、ろくな死に方をしなくてもいい」私は、ふっと嘲るように笑った。でも、何も言わなかった。ほらね。こんなときまで、まだ私に嘘をつくんだから。こんな誓いを立てるなんて。パソコンの中の、二人がいちゃついてる動画は、ちゃんと消したのかしらね。でも、残念ながら神様は見ていない。だから、颯太がどんな誓いを立てたって、バチが当たることはないんだろう。私はうなずいて、それ以上は何も言わなかった。そして、くるりと背を向けて寝室に戻った。その夜、颯太は背後から私をきつく抱きしめた。まるで手を離せば私が消えてしまいそうに。一ヶ月前だったら、きっと温かいなって、感動してたと思う。でも今は、骨まで凍みるような寒さしか感じなかった。夏なのに、恐ろしいほど寒かった。時間はあっという間に過ぎて、とうとうこの世で過ごす最後の日がやってきた。そしてそれは、結婚式当日でもあった。しきたりに従って
結婚式を前にして、颯太は相変わらず忙しそうだった。でも、その時間のほとんどを美優と過ごしていることは、知っていた。私は何も言わず、いつも以上に物分かりのいいふりをした。颯太も私の変化に気づいたのか、後ろめたさを埋め合わせるように、私に尽くし始めた。この一ヶ月で、私はブランド物のバッグを何十個もプレゼントされた。ウォークインクローゼットはもういっぱいだ。でも、同じデザインの特注品を、いつも美優のツイッタで見かけた。彼女の投稿には、こう書かれていた。【無駄遣いはダメって言ったのに、またプレゼントしてくれちゃった!】甘えたその口ぶりは、まるで恋する乙女のようだった。最初はそれを見るたびに胸が苦しくなったけど、だんだん慣れて、何も感じなくなった。約束の一ヶ月が迫るにつれて、私は眠っている時間がどんどん長くなっていった。それに気づいた颯太に、病院へ連れて行かれて検査を受けた。妊娠はしていないと医師から告げられたとき、彼はまずホッと息をついた。でもすぐにがっかりしたふりをして私を見た。「大丈夫だよ。また次に期待しよう」私は黙って、ただ微笑んだ。「次」なんて、もうないのに。これで終わりだ。結婚式の一週間前、美優が家にやって来た。彼女は慣れた手つきで暗証番号を押し、ドアを開けた。私が驚いていないのを見て、美優は鼻で笑う。「なんだ、やっぱり知ってたのね」私は頷いて、平然とソファに座って彼女を見つめた。美優はドアを閉め、部屋の中を見回して笑った。「この町を出て行った時と何も変わってないね。パスワードもそのままなんて」私が言葉を失うと、彼女は勝ち誇ったように小さく笑った。「あら、知らなかったの?この家のインテリアはね、全部、昔、颯太さんと一緒に揃えたものなのよ。オートロックの暗証番号は、私が海外に発った日。あなたたちが付き合い始めたのも同じ日なんでしょ?勘違いしちゃった?」体がこわばり、さっきまでの平静は消え去った。パンドラの箱が開いたように、過去の記憶が津波のごとく押し寄せた。どうりで、5年前に颯太とこの家に来たとき、彼が家具を全部買い換えたいと言ったのを、私がもったいないからと断ったんだ。どうりで。パソコンには美優の痕跡ばかりで、私に関係があるのはパスワードだけだっ
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