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第2話

Author: 蒼井航
深い眠りから覚め、スマホを確認すると、十数件もの着信履歴が残っていた。

征也からだろうか。

ほんの少しだけ期待して画面を開いたものの、表示されていたのは、征也の弟・南條浩也(なんじょう ひろや)の名前だった。

思わず鼻で笑ってしまう。

どうやら私は、征也にとっての自分の存在を、まだ少し大きく見積もっていたらしい。そもそも征也が私に、何度も電話をかけてきたことなんてなかった。

そのとき、再びスマホが震えた。

表示された名前は、やはり浩也だった。

通話ボタンを押した瞬間、耳をつんざくような怒鳴り声が響いた。

「お前、どこに消えたんだよ!こっちは午後ずっと探し回ってたんだぞ!」

さっき着信履歴を見たばかりだ。

13件の着信は、すべてこの10分以内に集中している。

午後ずっと探していた?

よく言う。

きっと午前中に征也から「探せ」と言われていたのに、午後になってようやく思い出し、慌てて電話をかけてきたに違いない。

浩也は昔から、私を兄嫁として扱ったことなどなかった。

今朝、私を打ちのめしたあの集合写真も、そもそも浩也のSNSに投稿されていたものだ。

「もう探さなくていいわ。離婚届には記入して置いてきたから、征也にも早く書くように伝えて」

征也のそばにいるために、私は彼の周囲にまで気を遣ってきた。

南條家では、浩也の機嫌を損ねないよう、いつも言葉を選んだ。正面から言い争ったことは一度もない。家族の前では、ろくに見つからない長所まで拾い上げて、わざわざ褒めたこともある。

それでも浩也は、昔から私にだけは刺々しかった。こちらがどれだけ下手に出ても、まともに向き合ってくれたことはほとんどない。

「離婚するって、お前それ何回目だよ。本当に兄貴から離れられたら、土下座してやるよ」

電話の向こうで、浩也が鼻で笑った。

どうやら彼も、私が本気で離婚するとは少しも思っていないらしい。

呆れて、ため息が漏れた。

私は冷え切った声で返した。

「じゃあ練習しときなさい」

言い捨てるなり、一方的に通話を切った。ついでに、南條家の親族の連絡先を片っ端からブロックリストに放り込んだ。

けれど、さっき言い負かされたのが、よほど悔しかったらしい。

浩也は、私も入っている共通の知人だらけのLINEグループで、私と征也の離婚話をさっそくネタにした。

【南條浩也:莉乃がまた兄貴と離婚するって騒いでるw】

【南條浩也:俺が「離れられたら土下座してやるよ」って言ったら、「練習しときな」とか言われたんだけどw】

【南條浩也:じゃ、俺が賭けを仕切るわ。あいつが3日以内にうちへ戻ってくる方に賭ける】

それをきっかけに、グループは一気に悪ノリし始めた。

私がいつ征也のもとへ泣きついて戻るのか。彼らは面白がって、次々に賭け始める。

1週間、半月、1ヶ月。

次々と流れていくメッセージを、私は無表情で眺めていた。

中には私をメンションして、【本人、ヒントくれよ。何日に賭ければいい?】などとふざけてくる者までいる。

グループにいる人間のほとんどは顔見知りだ。けれど、征也がいなければ、私とは一生交わることのなかった人たちでもあった。

彼らは皆、東都の裕福な家に生まれた、いわゆる御曹司やお嬢様たちだ。

他人を尊重するという発想が、最初からないのか。

それとも、私だけが徹底的に軽く見られていたのか。

私は東都の生まれではない。大学進学を機にこの街へ出てきて、征也を好きになり、結婚したから残っただけの、ただのよそ者だった。

南條家はもともと名の知れた家柄だったが、征也が事業を大きく伸ばしたことで、ここ数年で他家を大きく引き離し、東都でも指折りの資産家として知られるようになった。

征也の妻でありながら、南條家を中心に広がる華やかな付き合いの中に、私は最後まで入り込めなかった。

ずっと、見えない壁の外側に立たされていた。

そして皮肉なことに、今回初めて彼らの話題の中心に置かれた。

ただの笑いものとして。

征也との結婚を終わらせる決意に、少しの揺らぎもなかった。だから、反論する気すら起きない。

私は黙って「退会」を押した。

それから、そこにいた連中の連絡先をリストから一人ずつ削除していく。最後の一人まで、全部。

すべての作業を終えると、私のLINEに残ったのは、大学に入る前からの友人と、東都に来てから個人的に親しくなった、ほんの数人だけだった。

東都に来て、七年。

その長い時間を、私はいったい何に費やしてきたのだろう。

手に入れたものといえば、大学の卒業証書が一枚。

それ以外には、本当に何も残っていなかった。

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