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夫と子を捨てた女、離婚後に世界の頂点に立つ
夫と子を捨てた女、離婚後に世界の頂点に立つ
Autor: 江上開花

第 1 話

Autor: 江上開花
「0119番、出所だ」

刑務所の小さな門が開き、そして閉まった。

木漏れ日が葉の隙間から差し込み、森野亜夕美(もりの あゆみ)の顔に落ちた。

青白い顔を上げ、生気のない花のように、久しぶりに見る自由の光をじっと見つめていた。まぶしさに目が耐え切れなくなって、ようやく視線を外した。

周囲は閑散として誰の姿もなく、ただ春先の冷たい風が寂しく吹いていた。

今日は出所の日。一年前、彼女の手を握り、「息子と一緒に迎えに行くよ」と約束した辰川将臣(たつかわ まさおみ)の姿はどこにもなかった。

亜夕美はかすかに口角を引き上げた。一年前、将臣の差し金で無理やり清水路加(しみず みちか)の代わりに刑務所に入ることになった時、すでに失望は限界に達していた。今はただ無の感覚が残るだけだ。

亜夕美は小さな荷物を手に歩き続け、夕方になってようやく家にたどり着いた。

豪邸の明かりは煌煌と輝き、庭からは賑やかな笑い声が響いてくる。

玄関口では使用人たちが談笑していた。「旦那様と路加様は本当に仲が良いわよね。交際10年の記念日に友人たちまで招いて祝うんだもの。路加様が辰川家の女主人になられるのも時間の問題かしらね?」

亜夕美の胸がギュッと締めつけられた。――交際10年の記念日?じゃあ私は一体何だったの?

彼と結婚して五年、記念日の度に彼は冷たい顔で「そんなことで騒ぐな」と言っていた。あれが彼の性格だと思っていたが、相手が違えば態度も変わるのか。

門が開いていたので、亜夕美は黙って中へ入った。亜夕美のことを見知らぬ使用人が彼女を行く手を遮る。「どこから来た浮浪者だ!ここはお前みたいなヤツの来るところじゃない、さっさと出て行け!」

そう言いながら亜夕美を押し返そうとした。

「どいて」亜夕美はその手を払いのけ、無表情のまま奥へと向かった。

もみ合っていると、執事が現れた。「何を騒いでいる。今日が何の日か分かってるのか?」

亜夕美の顔を見た執事は目を見開いた。「お、お、奥様……ご出所されたのですか?」

亜夕美は無言で通り過ぎていく。執事は慌てて進路を遮った。「奥様、まずはお休みになられてはいかがでしょう?」

ちょうどその時、裏庭から囃し立てる声が聞こえた。「キスだー!将臣、早くキスしろー!」

亜夕美は目を閉じ、深く息をついた。「どきなさい!」

執事は亜夕美を止められず、慌てて後を追った。「奥様、奥様!お待ちください……」

前庭を抜けた時。

そこには将臣の友人である十数人の男女が和気あいあいと過ごしていた。

路加は紅潮した顔で将臣を恥ずかしそうに見上げていた。はたから見たら美男美女のお似合いのカップルだ。

彼らの傍らには5歳の脩太(しゅうた)がムードメーカーとなり、楽しそうにお手製の紙吹雪を撒き散らす。家族三人と親しい友人たちからの祝福に満ちた声、幸せのそのものの光景だ。

その影の中で亜夕美は立ち尽くし、胸の奥が鈍く切り裂かれるような痛みに襲われた。

夫は他の女を抱き、命がけで産んだ息子もすっかり別人のようになっていた。

ちょうど将臣と路加が顔を近づけ、周りの囃し声が途切れた瞬間、「奥様!」という執事の場違いな鋭い声が響き渡り、宴の空気を一瞬で凍りつかせた。

「亜夕美?!」誰かが叫んだ。

将臣は一気に酔いが醒め、慌てて路加から離れた。質素な身なりで周囲とそぐわない亜夕美を見つめ愕然とした。「どうやって帰ってきた?」

亜夕美は嘲るように薄く笑った。「邪魔したわね。もう少し遅く帰ってくれば、あなたと路加さんがベッドインする所を見られたかもね」

「何を馬鹿なことを言っているんだ!帰ってくるなり騒ぎ立てて、場を乱すつもりか?」将臣の声が鋭く響く。

息子の辰川脩太(たつかわ しゅうた)は憎々しげに亜夕美を睨みつけて言った。「ママ、また病気が出たの?」

ああ、これが私の息子だった。

一年前、路加とグルになって嘘の証言をし、父親である将臣とも結託し、母である私を刑務所へ送り込んだ息子だ。

無意味な争いはもうしたくなかった。

亜夕美は脩太に構わず、無表情で将臣に向けて手を差し出した。「一年前に渡した離婚届、もうサインしたでしょ」

将臣は一瞬言葉に詰まる。あの離婚届はとっくにゴミ箱に捨てていた。亜夕美に罪を着せた時、彼女は離婚する、と激しく騒ぎ立てたため、やむを得ず離婚に同意しただけだった。

将臣のことを心底愛していた亜夕美が、出所後最初にすることが離婚手続きとは、夢にも思わなかった。

傍らにいた路加は目をきらめかせた。亜夕美と将臣の間に割って入り、亜夕美の手を取って優しく言った。

「亜夕美さん、怒らないで。将臣が私との記念日を優先して、あなたを迎えに行けなかったわけじゃないのよ。わざとじゃないの。お疲れでしょう。何か食べさせてあげて……」

まるでこの家の女主人のような態度だった。

亜夕美は笑みを浮かべて。

路加の頬を平手打ちした。

周囲が反応する間もなく、さらに一回ビンタをお見舞いした。

将臣が慌てて路加を庇った。「亜夕美!気でも狂ったか!?」

「そうよ、狂ったのよ。一年前、路加が酒に酔って車を運転し、ひき逃げをしたとき、あなたたち親子が路加と共謀して代わりに私を刑務所に入らせようとしたとき、私は正気を失ったの」

将臣は言葉に詰まった。

亜夕美は冷笑した。「それとも、今のビンタで、また私を刑務所に戻すつもり?」

実は将臣は亜夕美に負い目を感じていた。一旦深呼吸して、怒りを抑えて言った。「償いはすると約束した。君に罪を着せたのは俺の判断だ。路加は関係ない。怒りは俺にぶつけろ。部外者を巻き込むな」

――は?「部外者」を巻き込むな?

将臣は亜夕美がこれ以上騒ぐことを恐れて、これ以上やりあうことを諦めた。「もういい!話は後だ。湯川!亜夕美を部屋に案内しろ!」

「奥様、まいりましょう」執事の湯川は先導するものの、亜夕美とは距離を置いて歩いていた。自分にも平手打ちをしてくるのを恐れていたのだ。ただ、湯川の目からは軽蔑の感情が滲み出ていた。

その昔、辰川家の大旦那が存命の時、将臣と路加が一緒になるのを反対し、路加を海外に追いやったりしなければ、将臣が一時の迷いで亜夕美を娶ることはなかっただろう。

亜夕美は当時、芸能界で多少名の知れた存在だったとはいえ、大舞台に立つことはない名ばかりの役者に過ぎなかった。

亜夕美は周囲の反応を見て場の空気を察し、口元を歪ませて踵を返した。

数歩歩いた後、ふと何かを思い出したように、足を止め、息子を見やった。

脩太は路加にぴったり寄り添い、将臣と瓜二つの小さな顔をしわくちゃにして、亜夕美を睨んでいた。

一年前、脩太は今日と同じように路加にぴったりとくっつき、無邪気な声でこう言った。「ママ、お願いだから刑務所に行って。俺とパパは路加おばさんと一緒にいたい!」

脩太は小さい頃から聡明で、彼女の誇りの息子だった。全てを彼に捧げたいと思っていた。しかし、脩太も父親や他の人々と同じように、彼女を恥と思って憎んでいた。

亜夕美の胸はギュッと締めつけられ、鼻の奥に酸っぱいものがこみ上げてきた。

亜夕美は結局、息子に何も言わず背を向けた。

夫も息子も、すでに路加のものになっていた。亜夕美にはもうどちらも不要なものだ。
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