LOGINリゾート施設の屋外に設けられた、婚約披露パーティーの会場。孝志の到着で、会場は一時、大いに沸き立った。無理もない。どこででも会えるような人物ではないのだ。せっかく同じ場に居合わせた以上、この機会を逃したくないと考える者は多い。折を見ては、誰かが話しかけようと近づいていく。最近の研究について聞き出せなくても、顔を覚えてもらうだけで十分な価値がある。だが、誰もが冷たくあしらわれた。先ほど青山と話していたときは、温和な笑顔を浮かべ、楽しそうに見えた老人が、彼らを前にするとまるで別人になった。穏やかどころか、近寄りがたいほど冷淡である。社交辞令さえ口にしない。大勢で囲んでも、孝志本人とは一言も話せなかった。教授が連れてきた学生たちがすぐに前へ出て、笑顔のまま二言三言で応対し、遠ざけてしまう。まるで近づけなかった。そうなると、もともと様子見に来ただけの招待客たちにも、別の考えが浮かび始める。小夜が長谷川家と決裂するとしても、それが利益をめぐる内輪揉めであれ、長谷川家から追い出された結果であれ、一方的に不利になるとは限らない。まだ見極める必要がありそうだ。一時は沸き立っていた会場も、次第に落ち着きを取り戻した。招待客がほぼ揃い、花嫁を呼ぶ声まで上がり始めた頃、花のアーチの向こうから、新たな一団が姿を現した。会場が、たちまちざわめく。人々は二人三人と囁きを交わしながら、一斉にそちらへ目を向けた。どの顔にも驚きが浮かび、会場は徐々に静まり、話し声も消えていく。花のアーチの下で、青山は近づいてくる一行を見つめ、わずかに眉を寄せた。隣で同じように呆然としていた奈々へ声をかける。「メイクルームへ行って、ここで何が起きているか、ささよに伝えてきて」「あ、はい!」奈々は慌てて答えた。青山は笑みを浮かべ、一行を迎えに出る。……小夜が急いで会場へ駆けつけると、そこはまた賑やかになっていた。小夜の姿に気づいた瞬間だけ、周囲は静まり、話し声も少し小さくなった。その一方で、いくつもの視線がさりげなく小夜へ向けられる。「みんな、どこにいるの?」招待客のことを気にする余裕はなかった。花のアーチの下まで来て辺りを見回したが、青山の姿はなく、奈々が話していた長谷川家の人々も見当たらない。「高宮様、こちら
それに、イギリスから戻った直後、彰からコルシオが間もなくやって来ると警告された。前後の出来事を逆にたどれば、答えは明らかだった。圭介が偽装死し、小夜を利用してコルシオの目を欺いたのと同じだ。今の小夜の行動もまた、圭介に何か隠し玉が残っていないか、コルシオが見極めるための判断材料になっている。小夜の動向は参考材料であると同時に、相手の出方を探るための試金石でもあった。一方は小夜を利用して相手の警戒を解こうとし、もう一方は小夜を見て、相手がまだ策を隠していないか判断する。小夜の知らないところで、両者の駆け引きを左右する風向計にされていたのだ。どいつもこいつも、最低だ!小夜は心の中で歯を食いしばった。だが、悪いことばかりでもない。そこまで自分を風向計にしたいのなら、こちらから一度だけ、進んで圭介に利用されてやればいい。今回の婚約披露パーティーこそ、小夜が打った一手だった。小夜と青山が婚約すれば、コルシオは完全に警戒を解き、国内へ入る決心をするだろう。それは、圭介の計画にとって都合がいい。同時に、圭介は絶対にパーティーを邪魔できない。手を出せばコルシオに疑われ、何もしなければ自分の利益になる。何より、圭介は常に利益を最優先する男だ。どちらを選ぶべきかは、本人にも分かっているはずだった。小夜は青山と婚約するだけではない。この場で長谷川家との決別を公にし、きっぱり縁を切るつもりだ。そうすれば、長谷川家とコルシオが争う場から抜け出せる。あとは当人同士で好きなだけ戦えばいい。小夜は、自分の穏やかな暮らしへ戻る。完璧な計画だった。もっとも、こうするほかないところまで追い詰められた結果でもある。コルシオが間もなくやって来るというのに、長谷川家はもう頼りにならない。次は自分をどんなことに利用するか、分かったものではなかった。樹と星文という二人の子供まで使い、自分を帰国させようとしたほどなのだ。もう長谷川家を信じることはできない。それでも、コルシオへの警戒は必要だ。だから、こうするしかなかった。この機会に、争いの外へ抜け出す。両者が戦い始め、互いのことで手一杯になれば、自分が巻き込まれさえしなければ、かえって安全になる。あとは樹を守ればいい。今回の樹の件についても、長谷川家は何もしなかった。ある意味
小夜の視線が、雪の首元へ落ちた。そこには、まだガーゼが巻かれている。雪はわずかに首を傾げ、小夜の落ち着き払った顔を見つめた。しばらくすると、急に眉間の力を抜き、きつく掴んでいた小夜の手首を放す。「だから、私を招待しなかったわけ?」小夜は意味が分からず眉をひそめたが、淡々と答えた。「好きに受け取ればいいわ」この女の常識外れな考えなど、理解したくもない。それより、小夜は掴まれていた手首を見下ろし、眉を寄せた。厄介だ。もともと色白で肌も弱いため、あの程度の力でもすでに赤くなり、うっすらと青みまで帯び始めている。間違いなく痣になる。これからパーティーに出なければならないのに、人に見られたら困る。本当に面倒だ。雪には構わず、アクセサリースタンドへ向かった。ドレスと同じ色合いの、絹花をあしらったリボンを探し、手首へ巻いて隠そうとする。その背後から、雪の声が飛んできた。「おい、婚約披露パーティーを中止しな」……リボンを探る手が止まった。小夜はゆっくり振り返り、無表情で雪を見る。「今、何て言ったの?」いつの間にか、雪はキャスター付きの椅子にどっかりと腰を下ろしていた。ひどく行儀の悪い座り方だ。小夜が振り返ると、雪は口からタバコを外し、椅子の肘掛けへ押しつけて火を消した。そして、何でもないことのように繰り返す。「婚約披露パーティーを中止しろって言ったのよ」「絶対に嫌」小夜は冷たく拒絶した。「あなたに何の関係があるの?」「このまま続けて、あんたに何の得があるの?最近、派手に動きすぎだって忠告したでしょう。あの狂人がいることを、本当に忘れたの?それとも、このパーティーが無事に終わると本気で思ってる?」あの狂人?圭介のことだろうか。小夜は少しも動揺せず、確信を込めて答えた。「それが何?あの人には、このパーティーを壊せない。そんなことをする勇気もないわ。私は確信してる」雪は片方の眉を上げた。「ずいぶん自信があるのね」「もちろん」小夜は続けた。「あなたがなぜここで騒いでいるのかは知らない。でも、長谷川と手を組んでいるなら、あの人がどうして今も姿を現さないのか、この婚約があの人にとって何を意味するのか、知らないはずがないでしょう?」そこでいったん言葉を切り、断言する。「長谷
芝生の会場では招待客が少しずつ集まり、咲き乱れる花の間でいくつもの輪を作って談笑しながら、開宴を待っていた。だが、メイクルームの中には、それとは正反対の緊張が走っている。かちり、と音がした。扉の鍵が、内側からかけられた。「どうしたの?私がいて、そんなに驚いた?」深い赤のスーツを着た雪が、気だるそうに扉へ寄りかかっていた。金属のシガレットケースから細いタバコを一本取り出し、口にくわえて火をつける。顔を上げて煙を吐き、薄笑いを浮かべながら、きらめくチュールドレスに身を包んだ小夜を眺めた。小さく笑う。「やっぱり、こういう日の女は一番綺麗ね」「何をしに来たの?」小夜は眉を寄せた。不意を突かれたように数歩下がり、メイク台へ寄りかかる。腕から垂れたピンクのチュールに隠しながら、片手をそっとテーブルの上へ伸ばした。すぐにスマホへ触れる。手探りで緊急連絡先を呼び出そうとした、そのときだった。ミントの混じったタバコの匂いが急に濃くなった。次の瞬間、横から伸びてきた手に押さえつけられ、小夜の手のひらはテーブルにぴたりとつく。スマホも脇へ払い落とされた。耳元で、雪が低く笑った。「何を焦ってるの。人が話しているときくらい、ちゃんと聞きなさいよ」小夜は眉間に皺を寄せ、吹きかけられた煙を嫌悪も露わに避けた。「あなたを招待した覚えはないわ。それに、離れて。タバコ臭いし、ドレスに火がついたらどうするの」値段の問題だけではない。今ここで灰を落とされたり、火で焦がされたりしても、代わりのドレスなど用意できない。これほどの仕立ての衣装は、ただ一着しかないのだ。何より、青山が自分のために選んだものだった。それにしても、タバコの匂いが本当に不快だった。「ちっ。本当に面倒な女」雪はタバコをくわえたまま、消そうともしない。不機嫌そうな小夜を見つめる目が細まり、瞳も声も冷えていった。「高宮。私たちの話は、まだ終わってないわよ。星文は今も病院で眠ったままなのに、あんたは何事もなかったみたいに婚約を祝ってる。よくそんな真似ができるわね。しかも、私にあれこれ要求までして!」その言葉が終わると同時に、大きな音が響いた。雪が小夜の手首を掴む力を強め、そのまま手前へ引いたのだ。メイク台に寄りかかっていた小夜の体が大きく
招待客たちは、一様に驚きの色を浮かべた。無理もない。一見すると、その老人は温厚で、威圧感など少しもない。だが実際には、国内のコンピュータ科学と宇宙工学の分野で絶大な影響力を持つ、科学アカデミー会員の神谷孝志(かみや たかし)教授だった。国家の重要な戦略研究プロジェクトで、何度も統括責任者を務めてきた人物である。とりわけ宇宙開発に関わる研究と技術革新では、名実ともに中心的な指導者であり、その功績は群を抜いていた。この分野で、孝志を知らない者はいない。そんな大物が、なぜここへ?しかも、ただの婚約披露パーティーに出席するために?孝志が、このような私的な集まりへ顔を出したことなどあっただろうか。普段は世界中を飛び回り、誰に招かれても時間が取れない人物だ。それが、今ここにいる。しかも、青山と親しげに話していた。青山がコンピュータ分野でどれほどの天才で、関係機関から高く評価されているとしても、神谷教授がわざわざ足を運ぶほどとは思えない。単に学界の先輩と後輩というだけでは説明がつかなかった。立場にも大きな隔たりがある。何より、二人は研究分野が違うはずだ。宇宙開発を支えるコンピュータ技術と人工知能は、同じものではない。いや、待て。孝志が最近取り組んでいる研究は……そこまで思い至り、招待客たちの表情が微妙に変わった。……周囲が何を考えていようと、青山自身も孝志の姿には驚いていた。だが顔には出さず、まずは礼儀正しく手を差し出す。「神谷先生。お越しになるとは存じ上げず、ご挨拶が……」ぱしん、と手を取られ、言葉を遮られた。孝志は青山の手をしっかりと握ると、不満そうに顔をしかめる。「どこで、そんな他人行儀な話し方を覚えたんだ。いつもどおり話せんのか」「……」青山は困ったように笑った。「……神谷おじい様、どうして来たんですか?」最近は忙しいはずではなかったのか。「君の先生のせいだよ。ティールのやつ、自分は来られないからと私に電話をかけてきてな。一番出来のいい教え子を射止めた相手がどんな女性なのか、代わりに見てこいとうるさいんだ」「……神谷おじい様」青山はますます困り果てた。「分かった、分かった。私自身も見ておきたかったんだよ」「……」孝志は声を立てて笑った。「君は相変わら
眠気の残る小夜は、メイク担当者の感嘆をぼんやりと聞き、反射的に答えた。「ありがとう」本人は、それほど真に受けていなかった。客へのお世辞だろうと思っただけだ。とはいえ、今日はめったにない祝いの日である。いろいろな意味で、喜ばしい一日だ。すべて終わったら、彼女たちにも十分な心付けを渡そう。「もう終わる?」このまま座っていたら、本当に眠ってしまいそうだった。「はい、もう少しです」薄めのメイクに決め、衣装まできちんと整えると、スタッフたちは部屋を出ていった。小夜はしばらく目を閉じてから、ゆっくりと立ち上がって背筋を伸ばした。鏡の前へ戻り、頭に載せたピンクと白のチュールの花冠を、両手でそっと直す。きちんと固定されている。何度か深呼吸をし、両手で頬を軽く叩いた。鏡の中の顔にいつもの生気が戻ったのを確認すると、小夜はようやく笑みを浮かべる。ピンクのチュールドレスの裾を持ち上げ、軽やかに身を翻した。ピンクとブルーのクリスタルをあしらった細いヒールが、小気味よい音を立てる。足首に巻かれた薄絹の飾りには淡いピンクの花が咲き、歩くたびに光を受けて揺らめいた。小夜は、そのまま扉の前まで歩いていく。婚約披露パーティーは、もうすぐ始まる。そろそろ外へ出なければならない。もう一度衣装を整え、ドアノブを握って扉を開こうとした。だが、その手に力を込めるより早く、扉が内側へ押し開かれた。小夜は反射的に数歩下がる。誰かが部屋へ入ってきた。そして、扉は再び閉ざされた。……帝都郊外のリゾート施設。芝生の上に設けられた屋外会場では、花で飾られた大きなアーチの両脇に、正装した神崎執事と奈々が立ち、次々に到着する招待客を迎えていた。青山もそこにいる。今回の婚約披露パーティーは、少し事情が特殊だった。婚約する二人のどちらにも、身内が出席していない。招待客の多くは各界の有力者で、中には誰もが名を知るほどの大物もいる。さらに、青山との縁を頼って、国内の学術・研究分野を代表する人物も大勢訪れていた。身内が応対できない以上、二人のうち少なくとも一人は、こうして自ら出迎えなければならない。これほどの客を招いておきながら、誰も迎えに立たなければ礼を欠く。本来、婚約披露だけでここまで大がかりにする必要はなかった。家族や友人に祝って







