Masuk「まだ見つからないの?」モニタールームで、小夜は必死に平静を保ちながら、目の前で次々と切り替わる監視映像を凝視していた。動く画面を長時間見続けていたため、その目は充血し、キーボードに置かれた指先も小刻みに震えていた。相手が周到に準備していた可能性を疑い、彼女は数日前までさかのぼって、リゾート施設全体の監視映像を洗い直していたのだ。それでも、何も見つからなかった。焦りを募らせた小夜は、隣で同じように画面を見つめている青山へ無意識に視線を向けた。青山は彼女の視線の意味を察し、静かに首を横に振った。「改ざんされた形跡はない」つまり、監視映像には一切手が加えられていないということだった。では、コルシオの手の者はどうやって侵入したというのか。「神崎、この数日間の車の出入り記録を調べてくれ」青山は突然パソコンを引き寄せ、監視映像の再生位置を巻き戻した。先に目をつけていたいくつかの場面を切り出し、リゾート施設所有の送迎車十数台と、普段使われている各種の業務用車両に印をつける。そして、客の送り出しを終えたばかりの神崎執事へ、その画像を即座に送信した。小夜もハッとした。先ほどは焦るあまり、外部からの強行突破か隠密な侵入ばかりを疑っていた。だが今日、このリゾート施設にはゲストだけでなく、内部スタッフや施設に出入りする業者の車両も数多く存在する。外部から侵入しなくとも、内部のスタッフや業者のなかに手の者が紛れ込んでいる可能性は十分にあるのだ。内部こそが、最も見落としやすい盲点だった。小夜の顔から、さっと血の気が引いた。婚約披露の会場をここにすると公表したのは、たった三日前のことだ。相手が本気で計画していたなら、この数日のうちに潜伏する時間は十分にあったはずだ。――くそっ、これじゃあ私がコルシオをここへ引き寄せたようなものじゃない!確かに、コルシオを早く国内へおびき出したかった。だが、こんな事態を引き起こすつもりなど、毛頭なかった!「自分を責めるな」青山は画面から目を離さないまま、空いた方の手で彼女の手をそっと握り、トントンと軽く叩いた。落ち着いた声で続けた。「長谷川家がここまで常軌を逸した真似をするとは、誰にも予想できなかった。そもそも、こちらは彼らを招いてすらいないんだから」もはや、これを計略と呼ぶこと
「……んっ」女の口から、くぐもった呻き声が漏れた。男は翡翠の瞳を伏せ、腕の中に抱いた女へ視線を落とした。女はゆっくりと瞼を開く。幼子のように澄んだ瞳は困惑に満ち、状況が呑み込めていないようだった。佳乃は、何が起きているのかまったく理解できなかった。なぜ突然意識を失ったのか。目を覚ました途端、息を呑むほどの美貌に圧倒され、自分が見知らぬ男の腕に抱かれていると気づくまでに、しばし時間を要した。いや、まったくの見知らぬ相手ではない。つい先ほど、一度顔を合わせているのだから。だが、いったい何が起きているというのか。頭の中はまだひどく混乱し、割れるように痛んでいた。「あなた……んっ……」佳乃は起き上がろうと身じろぎした。だが、動こうとした瞬間、後頭部を鈍器で殴られたような、あるいは無数の針で刺されたような激痛が走る。そのあまりの痛みに、額にはじわりと冷や汗が滲んだ。次の瞬間、ドクドクと脈打つこめかみを冷たい指先がそっと覆い、優しく揉みほぐした。男が顔を近づけると同時に、むせ返るほど濃厚な薔薇の香りが漂ってくる。その香りはあまりに濃密で、そして芳醇だった。不思議なことに、その香りを胸いっぱいに吸い込むと、頭を突き刺すような鋭い痛みがすっと和らいでいく。佳乃は深く息を吐き出し、力なく指を男の胸元に置いた。抗う気力もなく、そのまま相手に体を預けてしまう。……いい香り。「まだ痛むか?」耳元で、男の低い声がした。佳乃は首を横に振った。だが、首を振ろうとしたところで、不意に我に返った。「あなたは誰?私はどうしてここにいるの?雅臣は?」慌てて男の腕から逃れようと身をよじる。焦っていた彼女は、「雅臣」と口にした瞬間、自分を抱き寄せる男の翡翠の瞳が、ふっと暗く沈んだことには気づかなかった。当然ながら、逃げ出せるはずもない。細い腰をきつく抱きすくめられ、男の厚い胸板に力ずくで押しつけられる。あまりに濃密な香りに当てられ、視界が一瞬ぐらりと揺れた。「俺の天使よ、俺を忘れたのか?」――天使?香りのせいで思考が霞んでいた佳乃は、しばしの間を置いて、ようやく本能のままに声を絞り出した。「わ、私……あなたなんて知らない……雅臣、雅臣……んっ」その言葉を最後まで紡ぐ前に、強引に唇を塞がれていた。至近距離に迫った男
その責任転嫁の言葉を聞いて、小夜は耳を疑った。小夜の目は、たちまち真っ赤に充血した。今にも怒りを爆発させそうな小夜を見て、雅臣はすぐに口を挟み、怒りの矛先を逸らした。「あいつが言い出したことだ」あいつ、とは誰のことか。この場にいる三人には、言うまでもなく分かっていた。小夜の胸がぎゅっと詰まった。喉元までこみ上げた怒りが、吐き出すこともできずに引っかかる。――あの圭介のクソ野郎!あいつ、正気なの!?そのとき、雅臣は突然後ずさりし、掴まれていた胸ぐらを引き戻した。小夜が怒鳴り散らす前にモニタールームを出ていき、監視カメラの映像すら見ようとしなかった。まるで、この一言を告げるためだけに、ここで待っていたかのようだった。「まあまあ、深呼吸して」青山は小夜の背中をそっと撫で、穏やかな声で言い聞かせた。「心配しないで。もう人を外に出して探させている。この件は君のせいじゃないし、気に病む必要もない。長谷川家がどうしても来ると言い張った結果なんだから……」「まずは人探しよ。山荘の中だけでなく外も調べて。怪しい車両も確認してちょうだい」人を一人連れたまま、そう簡単に逃げ切れるはずがない。「分かった」青山は頷き、そばに控えていた神崎執事に向き直って告げた。「宴会は止めないで。騒ぎを起こさず、予定どおり招待客にはここに一泊してもらうよう手配して。車庫と出入口を見張って……」青山は次々と的確な指示を出した。小夜が焦りのあまり見落としていた点まで、すべて網羅されていた。「安心して」指示を終えると、青山は再びモニターを睨みつけている小夜のもとへ戻り、声をかけた。「雅臣さんがあれほどあっさり立ち去り、監視モニターさえ見ようとしなかったのは、事前に手はずが整っている証拠だ。あの人たちが佳乃さんを危険にさらすはずがない。雅臣さんの妻で、圭介の母親なんだから。決して無謀な真似はさせないはずだ」いくらなんでも、そこまで見通しが甘いわけではないだろう。「分かってる」小夜にも分かっていた。だが、不安は消えなかった。今回は本当に肝を冷やしたのだ。長谷川家が裏で何をするつもりなのか、まったく読めない。ついに佳乃まで巻き込まれてしまった。いや、佳乃は実際にはずっとこの騒動の渦中にいたのだ。それでも、これまでは大
夕日は、金と赤に燃えるような光を放っていた。ステンドグラスを通した色とりどりの光が、がらんとした室内をきらめきで満たしていた。だが、そこにはもう人影はなかった。男も女も、すでに姿を消していた。そのとき、ステンドグラスの窓が一枚、突然外から押し開けられた。そこから深い赤の服を着た人影が身軽に飛び込み、部屋の隅へ向かった。人影が足を止めると、深い赤のスラックスの裾には、色とりどりの染みが派手に飛び散っていた。彼女は腰をかがめた。室内に残された、たった一つのものを拾い上げた。一輪の黒薔薇だ。彼女は黒薔薇を手の中で弄びながら、空気に残る濃厚な香りを嗅いだ。指先で軽く鼻を覆い、しばらくして低く笑った。「ああ、あれが……コルシオってやつ?」――なかなか面白い男じゃない。……屋外の会場は、相変わらず賑わっていた。一方、モニタールームには息が詰まるような重苦しい沈黙が漂っていた。十数人が室内に詰め、疑わしい箇所がないか、監視カメラの映像を次々と切り替えながら必死に探していた。青山と雅臣も同じだった。画面が切り替わる音だけが響き、誰も口を開かなかった。やがて、張り詰めた静寂を破って勢いよく扉が開いた。小夜が入ってくるなり雅臣の胸ぐらを掴み、険しい顔で低く怒鳴りつけた。「あなたたち、いったい何を企んでいるの!」必死に怒りを抑え込んでいる。――来るな、帰れと何度も言ったのに!言うことを聞かないなら、せめて佳乃を守り切ればいいものを。それなのに、目の前で連れ去られるなんて!わざと見逃したのではないと、一体誰が信じるというの!「あなたは彼女のそばにいたんでしょう!どうして気づかなかったのよ……」小夜は怒りに目元を真っ赤にし、俯いて表情を見せない雅臣を睨みつけた。歯を食いしばり、声を押し殺すように言った。「彼女はあなたの妻よ。連れ去られたらどうなるか、分からないはずがないでしょう……あなたたち、正気なの!?」圭介と一緒に狂ってしまったの!?こんなときに佳乃を連れ去れる人間は、たった一人しかいない!コルシオは、もう来ているのだ!「あいつは狂人よ!」小夜は低く唸るように言った。「……分かっている」雅臣はようやく口を開いた。声はひどく掠れていた。ゆっくりと顔を上げる。端正な顔に感情は浮かんでいなか
中に足を踏み入れた佳乃は、思わず立ち止まった。外観は和風の造りだったが、内部は二階分が吹き抜けになっており、頭上の屋根まで見渡せた。ところが、室内はがらんとしていた。壁には扇形のステンドグラスの窓が二つ嵌め込まれているだけだった。沈みかけた夕日がステンドグラスに差し込み、七色の光を放っていた。何もない広い室内に広がるその光は、異様なほど美しく、ひときわ目を引いた。だが、その光以上に目を奪うものがあった。ステンドグラスの下に立つ、一人の男の姿だった。背中しか見えなかった。肩まで届く、金褐色の巻き髪。画家の目を持つ佳乃には、背中と骨格だけで相手の性別が分かった。男だ。それも、体つきも骨格も見事な異国の男だった。きっと、顔立ちも素晴らしいのだろう。佳乃は心の中でそう思った。邪魔をしてはいけないと、佳乃は入り口で立ち止まり、そっと顔を覗かせた。がらんとした室内に視線を巡らせた……何もない。本当に何もなく、薔薇の花は一輪も見当たらなかった。それなのに、香りはこれほどはっきり漂っていた。佳乃の視線は、再び男へ戻った。黒いロングコートをまとい、金褐色の巻き髪を肩に散らした男は、ステンドグラスの下で背を向け、沈みゆく夕日を眺めていた。夕日の光がその輪郭を金と赤に縁取り、優雅で謎めいた姿を浮かび上がらせていた。空気に満ちる香りは、次第に濃くなっていった。佳乃は少しぼうっとした。なぜか、男の背中をじっと見ていると、どこかで見たことがあるような気がしてきた……どこで見たのかしら?だが、彼女の記憶に、このような背中を持つ人物はいなかった。これほど美しい背中なら、一度見れば忘れるはずがなかった。佳乃は額に手を当てた。香りがますます濃くなり、少し眩暈がした。「入ってこないのか?」突然、低く、艶のあるハスキーな声が響いた。あまりにも馴れ馴れしい口調で、まるで二人がずっと昔から知り合いであるかのようだった。……いい声。佳乃はその馴れ馴れしさには気づかず、声の心地よさにばかり気を取られた。額に手を当てたまま、ゆっくりと顔を上げた。ステンドグラスの下にいた男は、いつの間にか振り返っていた。その背後から、橘色の夕日が差し込んでいた。あまりにも眩しかった。逆光で顔は見えず、佳乃は目を細めた。見えるのは、かろ
さらに言えば。ゲストたちの視線は、小夜の隣で穏やかな微笑みを浮かべる青山へと移った。誰もが内心、深く頷かざるを得なかった。小夜という女は、男を見る目だけは確かだ。どの男も、選りすぐりの逸材ではないか。長谷川家ほどの後ろ盾には及ばないにせよ、青山自身も並の男ではない。卓越した能力を持ち、将来性も計り知れない。何しろ、航空宇宙分野の重鎮である孝志までが、わざわざ足を運んだのだ。青山の後ろ盾も、決して侮れない。そう思うと、ゲストたちは一瞬、心を動かされた。自分の家の、まだ婚約していない娘たちにも、どうすればこんな男たちを選び、射止められるのか、小夜に教えを乞わせたいとさえ思った。だが、少し考えただけで、その考えを打ち消した。そもそも、小夜自身が一筋縄でいく相手ではない。ここに来ている者の多くは、これまで少なからず彼女と関わってきており、彼女が厄介な人物だと知っていた。せいぜい、かつての圭介よりは、越えてはならない一線をわきまえ、やり方がいくらか穏当なだけだ。一見すると物腰の柔らかな女だが、その手腕も気性も決して甘くない。彼女のように華々しくも波乱に満ちた人生を歩み、豊かな経験を積んでいなければ、とても真似できるものではなかった。自分たちの娘が、そう簡単に真似できるはずもない。そう考えると、そんな思いつきはすぐに消えた。それでも、今日ここへ様子見に来た客たちは、ひとつのことを思い知った。小夜が長谷川家と決裂したとしても、彼女は自分たちがうかつに敵に回せる相手ではない。胸の内の打算を、彼らは静かに引っ込めた。会場にいるのは、この業界で長年もまれてきた海千山千の者たちだ。腹の中でいくつもの思惑を巡らせながらも、小夜と青山が挨拶に回るたび、満面の笑みで「おめでとうございます」と祝福を贈った。芝生の会場は、すっかり和やかな空気に包まれていた。いくつもの波乱はあったものの、婚約披露パーティーは無事に始まった。一通り挨拶を終えると、小夜はゲストたちに、このリゾート施設でごゆっくりお過ごしくださいと伝えた。ここは一か月間貸し切ってあるため、パーティーが終わってもしばらく滞在できるのだ。その間、客たちには好きなように楽しんでもらえばいい。青山にひとこと断り、小夜は奥へ下がり、少し休んでから動きやすいドレスに着替えて戻る