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第041話

Author: 夜月 アヤメ
藤沢修は眉をひそめ、瞳に怒りの色がちらついた。

松本若子は呆然と地面に落ちた玉のブレスレットを見つめ、それが彼女と藤沢修の関係の破綻を象徴しているように感じた。もう二度と修復できないだろう。

彼女は黙って腰をかがめ、床に落ちたブレスレットを拾い上げ、すぐ近くのゴミ箱に無言で投げ入れ、そのまま去ろうとした。

しかし、藤沢修は抑えきれない怒りからか、急いで前に進み、一気に松本若子の手首を掴んだ。「どういうつもりだ?」

藤沢修の視点からは、松本若子が故意にブレスレットを割ったように見えた。

松本若子は、藤沢修の強すぎる力に手首を握られ、痛みが走った。

彼女は眉をひそめ、力を込めてその手を振りほどいた。

「......意味わからないわ」

彼が聞きたいのは翡翠のブレスレットのことなのだろう。

だけど――彼に怒る権利なんてあるの?

このブレスレットは、ただ桜井雅子の言葉を聞いただけで適当に選んだものにすぎない。

藤沢修が冷たい顔で何か言おうとした瞬間――

「お前たち、人に見られて笑い者になりたいのか?」

藤沢曜の低い声が割って入った。

「拡声器でも持ってきて、社員全員をここに集めてやろうか?」

その言葉に、藤沢修はようやく周囲の視線に気づいた。

何人かの社員が興味を引かれたのか、こちらをちらりと一瞥していた。

だが、彼らはすぐに気まずそうに目をそらし、足早にその場を離れていった。

この状況が広まれば、きっと多くの噂が飛び交うだろう。

藤沢修は深く息を吸い込み、怒りを抑え込んだ。そして、松本若子をじっと見つめながら静かに言った。

「家に帰ってから話す」

その言葉を受けて、藤沢曜がすかさず口を開いた。

「そうだな。帰るのは当然だ」

彼の鋭い視線が藤沢修を捉え、さらに続ける。

「今夜は、おばあさまと一緒に夕食だ。忘れずに本家へ戻れ」

その瞬間、藤沢曜の視線が桜井雅子へと移る。

その眼差しは冷たく、まるで刃のように鋭かった。

「余計な人間は連れてくるな。おばあさまを怒らせたいなら、別だけど」

「余計な人間」という言葉を、彼女ははっきりと強調した。

桜井雅子の顔色は一瞬にして凍りついた。

しかし、ここで反論するわけにはいかない。

唇をギュッと噛みしめながら、彼女はその言葉を飲み込むしかなかった。

藤沢曜が去った後、松本若子も一
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Comments (5)
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良香
修は雅子のどこに惚れたんかいな。
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竹ぱる
雅子にうんざりし出してる修笑う 自業自得だけどね。 中国の話は大体主人公がめっためたにされた後に後悔して自分の過ちに気づいた男主人が主人公の受けた仕打ちを追体験すると言っている人が居たので 若子がかわいそうであればあるほど修もざまぁ展開があると思って耐えながら読んでる
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蘇枋美郷
雅子の化けの皮がいつ剥がれるのか…逆に楽しみなんだがw
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