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第1059話

作者: 夜月 アヤメ
この三ヶ月、若子は何も言わずに耐えてきた。

西也と話すたびに、普通を装い、感情を押し殺してきた。

でも―今はもう限界だった。

「若子......!」

西也が何か言いかけた瞬間、若子が振り返って叫んだ。

「お願いだからもう止めて!これ以上、私を引き止めないで、西也......頼むから!」

西也の拳が、ぎゅっと強く握りしめられる。

でも彼は、それ以上何も言わなかった。

若子は踵を返し、歩き出した。

だが、数歩も進まないうちに―

「パンッ!」

鋭い破裂音が背後から響いた。

彼女の心臓が大きく跳ね上がる。

―これは......銃声!?

振り返ると、西也の胸元から鮮やかな赤が溢れていた。

彼はよろめくように数歩後退し、そのまま「ドサッ」と音を立てて地面に崩れ落ちた。

若子は唇を押さえ、茫然とその場に立ち尽くす。

「西也......!?」

ようやく我に返り、駆け寄った。

震える手で西也の身体を抱き起こし、必死に流血を止めようとする。

「......なにやってんのよ......西也......!」

床には、落ちた拳銃。

彼の口元はどんどん青ざめていく。

「......ごめん、若子......俺が......悪かった」

「これは......藤沢への償いだ。俺がやったことへの......せめてもの、贖罪だ」

目尻から流れる涙。

西也は、か細く若子の手を握った。

「若子......お前、何度も......後悔したんじゃないか......なんで俺を、助けたんだって......

だからさ......もう......後悔しなくていい。俺が......死ねば、いいんだよ」

「―ダメッ!死んじゃダメだ!!」

若子は叫んだ。

「誰か!!お願い、誰か来て!!」

家の使用人たちは、悲鳴を聞いて慌てて駆け込んできた。

床に倒れ、血まみれになった西也の姿を見て、全員が青ざめた。

「ぼーっとしてないで!早く車を用意して!!」

......

病院。

西也は手術を受け、一命を取りとめた。

そして翌日の昼、ようやくゆっくりと目を開けた。

目の前にいたのは、若子。

彼女はベッドの傍らに座っていて、その目には深い疲れが滲んでいた。

眠気に耐えきれず、椅子で何度かうとうとしていたが、それでも一度も席を離れなかった。

西也の目に、喜びが浮
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コメント (4)
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シマエナガlove
この件で若子が折れるなら 口だけで離婚言ってただけになる 怖くて近寄りたくないなら 怪我してようが死にそうだろうが 強行突破で離婚に持ち込む それか離婚訴訟でアメリカの事件を話す
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hayelow488
舞台が病院ばかり続きますね。 若子、今のうちに、引っ越せばいいのに。 でも、命を人質にするなんて、西也、狂ってます。おじさんと花に介入してもらえばいいのに。 西也父と修母に知られなければ、近親婚という決め手がある。 満を持して、ここでバラさなければ!
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ayako
ド、ドロドロだ…貴重な4話の更新が全て西也の言い訳に使われてしまった…B国に戻ってどんな話になるのか少し期待していたのにこんなドロドロ展開に4話も使われるなんてーー(涙) 若子、西也が意識ない間に暁連れて逃げちゃえば良かったのに、なんで律儀に付き添いとかしてるの??そりゃあ西也だって期待しちゃうでしょ。(まあ、若子の性格からして傷付いた人を放って逃げるとかしないか…)それとも花か叔父さんが西也のお見舞いに来たら助けを求める、みたいな展開になるのかな?
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