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第1060話

Author: 夜月 アヤメ
若子は疲れ切った目でじっと彼を見つめていた。

しばらくの沈黙の後、ぽつりと問いかけた。

「ねえ......正直に答えて。B国に帰ったのって、アメリカで捕まるのが怖かったからじゃないの?」

もう、誤魔化せないと悟った西也は、ゆっくりと目を伏せて答えた。

「......ああ、そうだ。俺は、藤沢が警察に通報するんじゃないかって思って......怖くなって逃げ帰った。

でも、あのときは本当に......一時の感情に流されたんだ。殺すつもりなんてなかったんだ」

けれど若子にとっては―それが衝動だったのか、本気だったのか、もはやどうでもよかった。

心も体も限界だった。もう、西也と一緒に生きていく未来は想像できなかった。

それでも。

―あの一発。

自分の胸に向けたあの銃口。

死を覚悟したその行動が、彼女の心に重くのしかかっていた。

苦しくて、恐ろしくて、どうしようもなく哀しかった。

少しの沈黙のあと、若子はまた口を開いた。

「......じゃあ、ひとつだけ聞く。どうして、警察に通報される前にタイミングよく帰国できたの?誰かが知らせてくれたんでしょ?」

西也は数秒黙り込み、それからゆっくりと答えた。

「......藤沢の側にいる誰かを金で買ったんだ。そいつが情報を流してくれた」

「誰?誰を買収したの?」

「......ボディーガードのひとりだ。今は金を渡して逃がした。あのまま彼のそばにいたら、いずれバレるからな」

若子はその答えに、どこか引っかかりを覚えた。

「......じゃあ、通報の話を教えたのは山田さんじゃないの?」

山田という名前が出た瞬間―

ベッドの中の西也の指が、わずかに動いた。

そう―実際に情報を流したのは侑子だった。

でもそれを、若子には言えなかった。

別に、侑子をかばいたいわけじゃない。

ただ、もし若子がそれを知ってしまえば―きっと修に話してしまう。

それだけは、どうしても避けたかった。

もしこのことを修が知れば、きっと侑子とは別れるだろう―

そう考えた西也は、真相を若子に話すことをやめた。

適当なボディーガードの名を出しておけばいい。侑子は、修のそばにいる「切り札」なのだから。

あの女さえいれば、若子が修と再び近づくのを―少なくとも、ある程度は食い止められる。

「冗談だろ?彼女なわけないじゃん。どう
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Mga Comments (1)
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hayelow488
修に動機はあなた、というなら若子にも同じこと。嘘つきの言葉は疑うべきだよ。 あーぁ、侑子の罪は、まだ発覚しないのか。 もううんざりです。
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