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第1070話

Author: 夜月 アヤメ
若子は西也の家を出て、息子を連れてホテルに泊まった。

―もう、あの人と同じ屋根の下では暮らせない。

ホテルの部屋、ソファに腰掛けて子どもを抱きしめながら、若子の胸の奥には、どうしようもない苦しさが詰まっていた。

「暁、これからは二人っきりだよ......男なんて、みんな嘘つきで信用できないから、あんたは大きくなっても、あんな風になっちゃダメよ。優柔不断で、嘘をつくような人には絶対」

「ママ―」ふいに、腕の中の赤ちゃんが小さな声を発した。

まだはっきりとしない言葉。でも、若子にはちゃんと伝わった。

「......今、ママって言ったの?」

子どもがニコッと笑い、小さな口をとがらせて、もう一度「ママ」と呼んだ。

涙が、こらえきれずに溢れ出す。

「ありがとう、暁......ママを呼んでくれて」

後悔したことは、山ほどある。でも―この子を産んだことだけは、一度も後悔したことがなかった。

「ママね、絶対に暁をちゃんと守るから」

......

翌日、若子は石田華の家を訪ねた。

おばあさんに暁を会わせたくて―

けれど、玄関まで来たところで、リビングから楽しげな声が聞こえてきた。

おばあさんの笑い声。しかも、隣には侑子が座っていた。

ふたりで談笑していて、まるでテレビドラマみたいな光景だった。

「ほんと、あんたって子は......おばあさんをからかうのが好きなんだから」

「だって、笑ってるおばあさんが好きなんだもん」

侑子の明るくて甘い声に、華はすっかりご機嫌だった。

その様子を見て、若子は思わず立ち止まった。暁を抱いたまま、しばらく動けなかった。

やっとの思いでリビングに足を踏み入れたとき―

「おばあさん」

声をかけると、華は振り向いた。若子の顔を見て、一瞬だけ固まり、それからこう言った。

「......あなた、どなた?」

執事がそっと前に出て、言った。

「大奥様、この方は松本様です」

「松本......どの松本だい?」華が首をかしげた。

執事は軽くため息をついて、若子をちらりと見やりながら、目で合図を送ってきた。

家に入る前、彼はこう教えてくれていた―侑子と修も帰国していて、この家に来ていると。それから、おばあさんの認知症がひどくなっていることも。

ある程度、覚悟はしていた。それでも、目の前の現実に、若子の心は凍りつい
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