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第1078話

Author: 夜月 アヤメ
「......お前っ」

高峯は一歩前に出て、成之に詰め寄ろうとした。だが、その鋭い視線と冷たい空気に気圧され、目的を思い出して踏みとどまる。

彼は黙ってソファへ腰を下ろすと、静かに切り出した。

「帳簿を調べたのは......お前か?」

成之は肩をすくめ、まるでどうでもいいことのように答えた。

「なんだ?お前の帳簿って、そんなに見せられないものだったのか?抜き打ち検査は合法だ。何か文句でも?」

「わざとだな......俺が、お前の妹と離婚したからって、私怨で報復してるんじゃないだろうな。離婚はあいつが納得して決めたことだ。俺はあいつに何もしてない。信じられないなら本人に聞け!こんな真似、卑劣すぎるぞ!」

「卑劣、ね......」

その言葉に、成之は鼻で笑うと、ゆっくりと椅子の背にもたれた。

「お前が俺に『卑劣』なんて言葉を使う資格があると思ってるのか?妹の件だって、本当ならとっくに落とし前をつけさせてた。けど―あいつが馬鹿みたいに庇ってたんだよ。『高峯を潰すなんてやめて』ってさ」

高峯の眉間がさらに深く寄る。

「......じゃあ、なんで今になって動いた?お前の目的は何だ......いくら欲しい?」

「賄賂?」

成之は軽蔑するように鼻を鳴らす。

「お前、俺がその程度の金に困ってると思ってんのか?」

「だったら何が目的だ。理由くらいあるだろ」

―正直、帳簿の中身はまずい。

もし事前に通達があれば、証拠になるものはすべて消せたはずだ。

だが今回は完全な奇襲。逃げ道がない。

下手をすれば......牢獄行きだ。

成之は悠々と椅子にもたれ、鋭い視線を真っすぐに向けた。

「お前、伊藤光莉と......どこまで関係ある?」

「......っ」

その名前が出た瞬間、高峯の顔色が変わる。

「......なんで、その名前が出てくる」

「最近、伊藤さんにちょっとしたトラブルがあったみたいだな―お前が原因らしいが?」

その言葉に、高峯の顔がみるみる険しくなる。

「......お前、彼女とどういう関係だ?」

成之はゆったりと笑みを浮かべながら言い返した。

「お前が想像してるほど親しくはないさ―ただ、お前と比べたらマシだ。お前の『親密さ』なんて、無理やり押しつけただけだろ。伊藤さ
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