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第1103話

作者: 夜月 アヤメ
「光莉はもう、署名しました。曜さん、あなたもサインしてください」

曜は信じられなかった。しかし、書面に目を落とすと―そこには確かに、光莉の筆跡があった。

「そんな......そんなはずが......」

バサッ―!

曜は激しく感情を爆発させ、手にしていた離婚届を破り捨てた。

まるでそれすら、成之にとっては想定内だったかのような、微かな沈黙が走る。

「そんな戯言、信じるものかっ!」

曜が怒鳴り、勢いよく立ち上がる。

「俺は彼女に会う!お前が居場所を言わないなら、ただじゃおかない。どこにいるんだ、今すぐ言え!」

「お父さん、やめてください」

若子が立ち上がる。「まずは落ち着いてください、話せばわかりますから」

「話す?今さら何を話すっていうんだ!」

曜は怒りに任せて、若子の腕を振り払った。

バランスを崩した若子は、そのままよろめいて―後ろのソファに倒れ込んだ。

「父さん、何してるんだ!」

修が怒気を込めて声を張る。「若子は何も悪くないのに、なんでぶつけるんだ!」

修はすぐさま若子のもとに駆け寄る。

「若子、大丈夫か?」

若子は首を振って、「大丈夫、平気」とだけ呟いた。

それから、改めて成之に向き直る。

「村崎さん、離婚のことは......やっぱりお二人が会って直接話すべきです。あなたが代理で届けるようなものじゃありません」

成之は軽く頷いた。「おっしゃる通りです。ただ、彼女は今、会いたくないと言っています。でも電話で話すことならできるはずです。繋ぎますね」

彼はポケットからスマホを取り出し、画面をタップして発信。

間もなく、光莉が応答した。

成之はすぐにスピーカーをオンにする。

「光莉、スピーカーにしてある。君から話してくれ。みんな、僕の言葉を信じてくれなくてさ」

すると、曜が勢いよくスマホを奪い取った。

「光莉、どういうことだ?本当なのか?」

電話越しに、彼女の静かな声が響いた。

「署名して。私はもう、あんたと一緒にはいられない。新しい恋人ができたの。私たちはとっくに終わってたんだよ」

「光莉......お願いだ。直接話そう。会ってくれ。お前は今、どこにいるんだ......?」

「今は、あんたに会いたくないの。会えば、きっとまたあんたが感情的になるってわかってるから。そんな状態じゃ、ちゃんと話せない。もうこれ
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コメント (3)
goodnovel comment avatar
hayelow488
修ったら、若子を誘って、ちゃっかりしてますね!若子は家族だもんね。 で、侑子はどうしましたか?まだ恋人ですか? 一番肝心なこと、どうなってますか〜? 何でこんなに長いことスルーなんですかー? 光莉誘拐事件は、修達に隠し事を明らかにするためのエピソードかと思って、我慢してきましたが、まさか、成之母が異常で、光莉が離婚して、成之とは複雑な関係になって終わり・・・ではないですよね!?まさか!まさか! もし、ただのサイドストーリーなら、せっかく若子たちが盛り上がってたのに、後にして欲しかった。
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barairose88
大人たちは皆、自分達の言動や嘘、曖昧にしておいた点を棚上げ、どれだけ波紋を広げているのか…まったく理解していない。 光莉も大概だと思いますが、成之も相当自己中です。 ただ大人達が互いに誹謗の中、修が冷静に状況を把握し、解決へとリードしていく様は嬉しく、好感度がアップです。
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シマエナガlove
親の恋愛で昔から修が犠牲になってるのに 離婚しても母子言うけど 愛情かけて育ててないのに いいように言うよな 成之 犯罪者を匿えば 信頼関係無くなるけど わかってんのかな 怪我完治したら 光莉から離れていくな もう親の恋愛関係とかいらないから そろそろ修の話に戻して
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