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第1150話

Author: 夜月 アヤメ
若子は千景をベッドに横たえさせると、毛布を引っ張って優しくかけてやった。

「しっかり休んで。ここにどれだけいても大丈夫だから、とにかくまずは傷を治して」

彼女の声は、どこか安心してほしいという思いに満ちていた。

「冴島さん、さっき玄関前で会ったとき、どのくらい待ってたの?」

千景はふっと笑った。

「......そんなに長くないよ」

けど―実際には何時間も、ずっと待ち続けていた。

それでも、彼女の邪魔になりたくなかった。ただ、それだけだった。

「でも、なんで来る前に連絡くれなかったの?一言くれたら、もっと早く帰ってこれたのに」

「......本当は、ちゃんと傷が治ってから来ようと思ってた。でも時間がかかりそうでさ。どうしてもこの話だけは早く伝えたくて......心配だったんだ。君のそばに、変な奴がいるんじゃないかって」

その言葉に、若子は一瞬黙り込んだ。

「......でも、誰かなんて全然心当たりない。そうだ、前に修が私に『胃がんになった』って嘘ついてきたことがあって......でもそれを証明する検査結果の画像がメールで送られてきたんだ。誰が送ってきたのか、未だに分からなくて」

「そのメール、まだある?」

千景の目が鋭くなった。

「あるよ。ちょっと待ってて」

若子は立ち上がり、テーブルの上のスマホを手に取って画面を操作した。

しばらくして戻ってくると、そのメールを開いて千景にスマホを渡した。

千景は数秒間、じっと画面を見つめた後、眉をわずかに寄せた。

「......この発信者、俺が調べてみるよ。もしかしたら、何か手がかりが見つかるかもしれない」

「うん、お願い。私も気になってたの。あのメールが誰から送られてきたのか、どうして私のスマホに届いたのか......今、冴島さんの話を聞いてて思ったんだけど、あのメール、もしかしたらその人と関係あるのかも」

もしそれが事実なら、少なくとも修の疑いは晴れるかもしれない。

千景は「ああ」と短く答えた。

「若子、誰のことも簡単に信じるな。どんな相手でも、少しは疑う気持ちを持っててほしい。俺のことも、だ。いいな?」

「わかった。そうする」

若子はそれ以上何も言わず、ただ小さく頷いた。

そのとき、スマホの着信音が室内に響いた。

千景が画面をちらりと見やると、表示された名前は「藤沢修」だっ
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Comments (2)
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シマエナガlove
ヴィンセント泊めるのはダメじゃん 怪我してても 自分に好意あるのわかって泊めるとか 散々修の事いろいろ言ってたのに 自分は良いとがバカとしか言いようない 修と若子は永遠に縁切ったほうがいいのでは お互い別々の相手見つけて 幸せな生活送ったら良い
goodnovel comment avatar
hayelow488
どうせこの会話もノラに筒抜けなんだろうな。 どうしたらノラの裏をかけるのか? 千景の声にすぐ反応する修に、負けるな!パパ!とエールを送りたい。
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