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第1153話

Author: 夜月 アヤメ
修が部屋に入ってきたとき、若子は彼と目を合わせることなくすれ違い、そのまま棚へ向かった。

彼女は体温計を取り出すと、ベッドへ戻って千景にそれを渡した。

数分後、体温計を手に取って確認した若子の顔に、明らかな動揺が浮かぶ。

「四十度もあるじゃない......!」

「冴島さん、熱出てる......病院行こう。今すぐに」

若子は彼を抱き起こそうとするが、千景がその手首を掴んだ。

「病院はダメだ。俺は平気だから、少し寝れば治る」

「ダメだよ、この高熱じゃ傷口も炎症起こしてるはず。放っておいたら危ない」

「本当に平気だって。心配しないで。ここに解熱剤とかある?」

その様子を見ていた修は、深く息を吸い、感情を抑えるように目を閉じた。

「医者を呼ぼう。俺が知ってる信頼できる人間がいる。ここまで来てもらう」

若子は振り返って、真剣に尋ねた。

「......その人、本当に口外しない?」

「保証する。機密扱いに慣れてる。一言も外に漏らさない」

彼女は千景の顔をもう一度見た。

「お願い、冴島さん......来てもらおう。あなたが倒れたら、私......」

若子の不安そうな瞳に、千景はゆっくりと頷いた。

「......分かった。任せる」

彼は修のことを信用していなかったが、若子のことは信じていた。

「少し待ってて」

若子は布団を整え、千景にかけ直すと、修のところへ歩み寄った。

「......お願いする」

修は頷き、ポケットからスマホを取り出すと、その場で番号を押して通話を始めた。

相手にいくつかの指示を伝え、住所を告げる。

通話を終えると、修は言った。

「三十分以内に来る」

「修......冴島さんにもし何かあったら、それは私自身に何かあったのと同じことだよ」

若子のその言葉は、明確な「警告」だった。

「......俺を疑ってるのか?まさか、俺が彼を殺そうとしたって思ってるのか?」

「そうじゃないの?修、彼がB国に来てから―あんた、こっそり会ったことある?」

若子の問いに、修は冷たく答えた。

「ない」

「じゃあ、冴島さんのこの怪我......あんたがやったんじゃないかって、疑ってるけど。まだ確信はないから、ちゃんと聞いておきたかったの」

修の拳がぎゅっと握りしめられる。

「もし俺がやったなら、今ここで医者呼んでる意味は?余
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