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第1214話

Author: 夜月 アヤメ
「じゃあ、若子。お前はいつになったら、自分の周りにいる人間の本性に気づくんだ?」

修が鋭く言い返す。

「遠藤なんて、表向きは好青年ぶってるけど、中身は全部ウソだらけ。冴島も同じだ。手を血で染めてきた男で、敵だらけ。どっちも、いつ爆発してもおかしくない時限爆弾だ。そんな奴らが、お前に災いをもたらさないわけがない」

「じゃあ聞くけど」

若子の声には、冷ややかな笑いが混じっていた。

「私に災いをもたらしたのは誰?あんたが精神的に壊したこと、私は一生忘れられない」

修はわずかに顔を歪めて、苦笑いを浮かべる。

「じゃあ、どうすればいい?俺が死ねば、償いになるのか?」

「違う。私が望んでるのは、それじゃない。ただ、もう二度と今の生活に踏み込んでこないでほしい。それだけ」

若子は視線を外し、淡々と言い放つ。

「これからの私がどうなろうと、それはあんたには関係ない。もう、おばあさんが亡くなって、私たちをつなぐものは何もなくなった」

「そうか」

修は拳を握りしめながら言った。

「それが望みなら、分かった。これからはできるだけ距離を置く。邪魔もしない。だって―もう、俺たちには何も残ってないからな」

目を赤く染めた修は背を向け、無言で部屋を出ていった。

扉が閉まる音が響いた瞬間、修の体はぐらりと揺れた。壁に手をつかなければ、倒れ込んでいたかもしれない。

胸を押さえ、心臓が引き裂かれるような痛みに顔をしかめながら、階段を下りていく。

そしてふと顔を上げると―目に入ったのは、千景が暁を高く持ち上げて笑っている姿だった。暁は無邪気に笑いながら、こう呼んでいた。

「パパ!」

その言葉が耳に届いた瞬間、修の胸の傷に塩をぶちまけられたような痛みが走った。

この子は、一体何人の「パパ」を持っている?

拳を握りしめた修の胸の奥に、嫉妬という名の業火が燃え上がる。

怒りにも似た感情―でも彼は分かっていた。

その怒りの正体は、暁が何人「パパ」と呼ぼうと、自分はその中に含まれない、という現実だった。

思い出す。あのとき、抱き上げた暁が、自分を「パパ」と呼んだ一瞬。

まるで、自分が本当に父親になれたような気がしてしまった、あの夢のような瞬間を―

いや待って、暁は本当に遠藤の子どもなのか?それなのに、どうしてこの子が若子と一緒に暮らしてて......あいつは何も
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