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第1262話

Author: 夜月 アヤメ
暁は小さな手をぶんぶん振り回しながら、楽しそうに笑っていた。

「パパっ」

そう言うなり、ぽすんと修の胸に飛び込んできた。

その無邪気な笑顔があまりにも眩しくて、修の心はぐっと締めつけられる。

彼はそっと手を伸ばし、小さな背中をやさしくトントンと叩いた。

「暁......前にも言ったろ?俺は『藤沢おじさん』。『パパ』じゃなくて、『おじさん』だよ」

けれど―

「パパ、パパ!」

何度も呼ばれて、修の鼻がツンと熱くなった。

言葉が続かなくなり、どうしても涙がこぼれてしまう。

「......どうして、言うこと聞かないんだ......俺は......」

言いかけて、やめた。

「パパ」じゃない―そう言いたかった。

けれど、たった今、呼ばれてみて気づいた。

本当は、彼も「パパ」と呼ばれたかったのだ。

そのとき―

「暁?」

若子が薬と水を持って戻ってきた。

修は反射的に目を閉じ、寝たふりをした。

若子は歩み寄り、修に寄りかかっている息子を抱き上げた。

「ダメよ、彼を押しつぶしちゃうわ。今、病気なんだからね」

そして、修をそっと起こし、薬を口に含ませ、水を飲ませて飲み込ませる。

冷えたタオルを額に優しく乗せたあと、もう一度暁のほうへと体を向けた。

子どもはあくびをひとつして、ふにゃりとベッドに倒れこむ。

もう、すっかり眠たそうだ。

若子はベッドの反対側に回り、寝返りを打った息子の姿勢を整えて、毛布をかけてあげる。

「今夜は......彼のそばで寝てあげて」

そう囁くように言って、彼女はそっとベッドから離れた。

......

翌朝。

修が目を開けると、若子がちょうど子どものおむつを替えているところだった。

彼女はこちらに気づくと、自然とやわらかい笑顔を見せた。

「起きたのね。あとで熱を測りましょう、ちゃんと下がったか確認しないと」

手早くおむつを替えた若子は、引き出しから使い捨ての体温計を取り出し、修の口に差し込んだ。

「くわえててね。あとで取りに来るから」

若子はそう言って部屋を出ていった。

修は体温計を口にくわえたまま、隣の暁をちらりと見た。

暁はぱあっと明るい笑顔で彼を見上げ、キラキラした瞳でこう呼んだ。

「パパっ」

「暁......」

修が思わず反応して口を開けると、体温計がぼとんと布団に落ちた。

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