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第1417話

Author: 夜月 アヤメ
「若子、何してるんだ?」

西也の目は今にも彼女に吸い寄せられそうだった。

若子は上半身を起こして長い髪をかき上げる。「嫌なら着替えるけど?」

ベッドから降りようとした瞬間、西也が手首を掴んだ。「待って」

若子はにっこりとも、皮肉っぽくも見える笑顔で見つめる。「なに?」

「こういう格好、好きだよ」

声がひどくかすれている。「今日はなんで、そんな服を?」

「なんとなく着たかったの。それにいろいろ考えたのよ」

「ふうん?」

西也はベッドに座ったまま、ヘッドボードに寄りかかりながらじっと彼女を見つめる。「何を考えてた?」

彼の指先が、そっと彼女の黒いキャミソールの肩紐をずらす。

「いろいろあって、もうこうなった以上、せめて自分だけは幸せになりたいって思うの。

もしあんたが、もう修や子どもたちに危害を加えないって約束してくれるなら、私はなんでもする。あんたの望む通りにする」

その従順な様子に、西也は夢を見ているような気分だった。彼の手がそっと彼女の頬を包み込む。「急にこんなに素直になって、なんだか戸惑うよ」

「悪いほうがよかった?それとも、私から仕掛けてほしい?」

若子は尋ねた。

西也の口元がゆるみ、彼女を見つめる目は熱を帯び、今にも飲み込んでしまいそうなほどだった。

「じゃあ、どんなふうに『仕掛けてくれる』のか、見せてくれよ」

彼は期待に満ちた表情で、彼女の次の行動を待っていた。

いままで「仕掛けた」ことは何度かあったけれど、それは脅されて、仕方なくやっただけ。

でも今日は違う。自分から―

彼女は本当に心から、自分を受け入れようとしているのだろうか?

若子はベッドの上で膝をつき、体を前に滑らせて彼の膝の上に座る。

手のひらを男の肩に当て、その筋肉をなぞるように、ゆっくりと下へ―

西也の身体はしなやかで、筋肉は引き締まり、触れた瞬間、胸筋がピクリと動いた。若子の手のひらが熱くなる。

でも彼女は手を引っ込めず、そのまま唇を重ねた。

夜は甘美で、部屋の中は熱気がうねった。

そのとき、突然、男の悲鳴が夜を切り裂き、屋敷じゅうに響き渡った。

「バシッ!」

若子は平手打ちされ、ベッドから床に叩き落とされた。

「このクソ女が!」

西也はベッドの下の彼女に向かって、狂ったように叫んだ。

ドアが叩き割られ、ボディーガードたちが駆
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