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第1442話

Author: 夜月 アヤメ
数日後―

修は若子と暁を連れて、みんなでキャンプに出かけた。静かな場所を選び、周囲はボディーガードがしっかり見張っている。

ここは本当に景色が素晴らしい。遠くにはいくつも重なる山並み、周囲には緑の植物が一面に広がり、少し先には澄んだ小川が流れている。どこを見ても清らかで自然な風景ばかり。

「修、まずはテントを建てよう」

今夜はここでキャンプをする予定。夜には満天の星が見える最高の場所だ。

「分かった。じゃあ人を呼んで組み立ててもらうよ」

「修」若子が前に出て言う。「私も一緒にテント張りたい。ボディーガードは呼ばなくていいよ」

「でも、けっこう大変だよ。俺がやるから、お前は向こうで座ってて」

「大丈夫、できるよ。ふたりでテント張ろう」若子はもう一度そう言った。

修はうなずいた。「じゃあ、一緒にやろう」

修はしゃがんでバッグからテントを取り出し、ふたりで組み立てを始めた。

青い空にはうっすらと白い雲がかかり、静かな草原にはやわらかな風が吹いて、草の葉がサラサラと音を立てていた。

修と若子は草の上にテントを広げ、布をきれいに伸ばす。

若子はテントポールを持ち、指定された場所に差し込んでいく。慣れない手つきだけど、一生懸命だった。微笑みながら修と目を合わせる。その光景はふたりにとって、かけがえのない思い出になった。

修は細かいところにまで気を配り、細いポールの角度や位置を慎重に調整する。手際よくバックルやファスナーを留め、確実に仕上げていく。

暁は少し離れた草地で楽しそうに遊んでいた。手には風船を持ち、明るい笑顔で風を追いかけている。まるでこのキャンプの主人公みたいだった。

子どもの笑い声が、この美しい空と緑の世界に響き渡り、キャンプのひとときをいっそう温かく、楽しいものにしていた。

テントの設営が終わり、布団や枕もすべて準備が整った。

修と若子はテントの中に座り、外で草に座る暁を見ていた。暁は手で小さな草を撫でながら、太陽みたいに明るい笑顔を浮かべていた。

ふたりとも、子どもが草の上で転がることを少しも気にしていなかった。むしろ、それが自然とのふれあいであり、過度に守るよりよほど大事だと思っていた。

「若子、ここ好き?」

若子は青空を見上げて、微笑みながら返す。「あなたは?ここ、気に入った?」

修は「うん、すごく気に入った」と答
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