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第323話

Author: 夜月 アヤメ
「また若子を困らせたんですか?やっぱりあなたと一緒にいるとロクなことがない。まさか一晩中、あなたの仕事を押しつけたんじゃないでしょうね?なぜそんなことをするんですか?意地悪な姑になるのがそんなに楽しいんですか?」息子の苛立ちに満ちた指摘を受けて、伊藤光莉はどこ吹く風という顔で平然と返した。

「意地悪な姑って何よ?言葉に気をつけなさい。今や彼女は私の娘みたいなものなのよ。母親が娘に仕事を教えるのに、何がいけないの?あの箱いっぱいの書類をね、彼女は昨日の午後から徹夜で見てるんだから、私はうちの娘がこんなに頑張れることに感心してるわ」

「絶対あなたのせいでしょ?今からそっちに行く。彼女をこれ以上困らせないでくれ!」

「来てどうするのよ?また大げさにして、彼女を板挟みにするつもり?」藤沢修の口調は冷たく厳しかった。

「あなたが困らせるのを見過ごせって?行って彼女を連れ戻す」

「どうしてそれが私のせいだと言えるの?彼女が自分で頼んでこの資料を持って行ったのよ。私が無理やりやらせたわけじゃない。信じられないなら彼女に聞いてみれば?それに、昨夜は私がわざわざ夕飯まで作ってあげたのよ」

光莉は指先で爪をいじりながら、少しばかり皮肉っぽい口調で答えた。

「そうか、夕飯まで?じゃあ、一晩中起きさせて、彼女の身体が弱いことを忘れていたのか?もし体調を崩したらどう責任を取るつもりだ?」

「何よ、責任なんて取るわよ!」光莉は眉をひそめて、少し本気で苛立った様子だった。「もし彼女が病気になったら、私がちゃんと世話してあげるわよ。治療費も出すわ。まるで彼女がまだあなたの妻であるかのように心配してるけど、いったい何のつもりなの?」

「お前......」修の声は怒りに震えた。

「私はこれから朝ごはんを食べるから。あなたが来るならどうぞ、来たら徹底的に言い合いでもしましょうか?あなたの“前妻”に母子関係がどれだけ険悪かを見せてあげるといいわね。彼女、あなたのために私たちの仲を取り持とうとしてるけど、やれやれ、可哀想にね」

そう言って光莉はため息をつき、さっさと電話を切った。

なんだか上機嫌の彼女は鼻歌を口ずさみながらリンゴを片手にキッチンへ向かい、朝ごはんの準備を始めた。

こんな風に過ごす毎日も、なんだか急に楽しくなってきた気がした。

......

松本若子は目をこすりな
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