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第377話

Author: 夜月 アヤメ
若子は慌てふためきながら、数秒かけて深呼吸をした後、恐る恐るカーテンの隙間を少しだけ開け、下を覗いた。すると、修はまだそこに立っていて、まるで彼女を見つけたかのように顔を上げている。

若子は驚きで体が固まり、怯えた小鹿のようにカーテンをすぐさま閉じた。

彼、上がってくるつもり?

胸がざわめく思いで考えを巡らせた若子は、意を決してスマホを手に取り、修の番号を押した。

彼女は修の番号をブロックしているため、修からの電話はかかってこないが、こちらから発信することはできる。ただ、もし修が彼女の番号をブロックしていたら、それも叶わない。

緊張しながら待つと、しばらくしてスマホから着信音が響く。修が彼女をブロックしていないことが分かり、若子は小さく息を吐いた。

十数秒後、低く重い声が聞こえてきた。「もしもし」

「修、あんたって本当にストーカーだね。なんで私の家までついてくるのよ!」

「お前の家って、本当にここなのか?」修が静かに問いかけてくる。

「どこに住むかは私が決めるの。私が住んでいる場所が私の家よ。それで十分でしょ?それなのに、なんであんたがついてくるの?」

「別に理由なんてない。ただ、気がついたらここに来ていただけだ」修の声は淡々としていて、動揺の気配など微塵もなかった。「お前が嫌なら、すぐに帰る」

「帰ってよ!さっさと帰って、二度と来ないで!私、あんたなんか見たくない!」

「それが、お前が俺をブロックした理由なのか?」修の声には少し掠れた響きがあった。「お前はもう二度と俺を見たくないんだな。離婚しても解放される気はしない?俺が消えないと、お前は満足できないのか?」

若子の心の奥底から湧き上がった強烈な悲しみが、脳内を駆け巡る。視界がどんどんぼやけていき、目の前の灯りすらも霞んで見えなくなった。

「修......」若子は喉の奥から声を絞り出すように言った。「あなたが桜井さんのために離婚を切り出したその瞬間から、私たちはお互いの世界から消えるべきだったのよ。これからは、あなたはあなたの人生を、私は私の人生を生きていくべきだわ」

「ただの他人として干渉せずに?」修の声にはどこか信じられないという響きがあった。

彼女がこれまでにも何度も口にしてきた言葉であるにもかかわらず。

若子は苦しそうに目を閉じた。「そうよ」

「......ふっ」修が短
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