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第427話

Author: 夜月 アヤメ
紀子の視線が若子に向けられる。その瞳には何とも言えない笑みが浮かび、若子はどこか居心地の悪さを覚えた。

それでも、彼女は礼儀正しく微笑みを返す。この日が西也の母親と初めて顔を合わせる日だったからだ。

紀子はとても若々しく見える。手入れが行き届いており、その美貌と気品は一目でわかるものだった。

「西也がこんなに整った外見なのも、両親譲りなのだろう」と、若子は心の中で感嘆する。

「悪くないわね」紀子が穏やかな声で口を開いた。「それで、あなたたち、いつ結婚するの?」

結婚という言葉を耳にした瞬間、若子の心臓は跳ね上がった。彼女はぎこちなく笑みを浮かべながら答える。「ええと、西也と私は今、結婚のことをじっくり相談していて......」

「相談?何をだ?」話の途中で高峯が遮る。

若子は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに作り笑いを浮かべて続けた。「結婚というのは大きな決断ですから。もちろん慎重に話し合いをして、それから......」

「だが、お前たちは本気で愛し合っているんだろう?」高峯が再び彼女の言葉を遮る。「本気ならば、こんな夜中にわざわざ説明に来る理由は、早く結婚したいからじゃないのか?」

「父さん......」西也が不安そうに父親を見やりながら口を挟む。「若子の言いたいのは......」

西也が不安そうに父親を見やりながら口を挟む。「若子の言いたいのは......」

「俺が話している最中だ。黙っていろ」

高峯が眉をひそめると、その威圧感に西也は言葉をのみ込む。それでも何かを言おうとする西也に、若子がそっと袖を引き、首を横に振った。

「お父さん、どうぞお話を続けてください」

彼女の声は慎重で、相手に疑念を抱かせまいと気を張っていた。

高峯は顎を少し上げ、堂々と告げる。 「これだけはっきりと説明してきたのだ。無駄な時間をかける必要はないだろう。明日の朝一番で結婚届を出して正式に夫婦となるのだ」

「えっ......?」若子の頭の中が真っ白になる。「明日の朝......結婚届を?」

若子は、話がこんなにも早く進むとは思ってもいなかった。少しは時間を稼げるはずだと思っていたのに。

「そうだ」 高峯は威厳たっぷりに続ける。「お前たち、もう関係を認めたのだろう?ならば何を待つ必要がある?」

「でも、父さん......」 西也が遮るように口を開く。「
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