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第769話

Author: 夜月 アヤメ
「復縁」―

その言葉を聞いた瞬間、若子は動きを止めた。

そして、すぐそばにいた西也の表情がわずかに険しくなる。

今さら何を言い出すんだ、この女は―

こんな状況になってもなお、光莉は若子を修と復縁させようとしているのか?

藤沢家は、一体どこまで彼女を傷つければ気が済むんだ?

それに、彼らは知っているはずだ。

若子は今、西也の妻だということを。

その夫である自分の目の前で、平然と「復縁」なんて話を持ち出すなんて......

―なんて悪意に満ちた女だろう。

光莉は、じっと若子の答えを待っていた。

若子はふと、隣に座る西也を見つめる。

彼女は約束した。

彼と、離婚はしないと。

小さく息を吐き出しながら、静かに答える。

「子どもは子ども、結婚は結婚です。私はもう、修とは復縁しません。

私は今、西也の妻です。

それに......修はこの子を望んでいません」

「どうしてそう言い切れるの?」

光莉は、すぐさま問い詰める。

「彼がそう言ったの?」

「昨夜、彼のところへ行きました」

若子の声は、どこか淡々としていた。

「部屋の前で、たくさんのことを伝えました。

もし気が変わったなら、今日の午前十時までに電話してほしい、と。

けれど―彼は、一度も連絡をくれませんでした。

これは、彼が『この子を望んでいない』ということの証明です」

光莉の胸に、焦りが募る。

口を開きかけた瞬間―

西也の鋭い視線が彼女に突き刺さる。

この女......まさか、修が昨夜そこにいなかったことを話すつもりか?

藤沢家の人間は、なぜこうも邪魔ばかりするのか―

だが、彼はすぐに表情を消した。

何も気づいていないかのように、ただ静かに彼女を見つめ続ける。

しかし、彼の脳裏には、光莉の顔をしっかりと刻みつけた。

この女が、どれほど自分と若子の関係を邪魔しようとしているのか。

―必ず、復讐してやる。

光莉は西也を見つめた。

その瞳には、言葉にできないほど複雑な感情が滲んでいた。

若子は、沈黙している光莉を見つめた。

「お母さん?何か言いたいことがあったのでは?」

光莉は、ぐっと唇を噛みしめる。

「若子......もし本当に、修がこの子を望んでいないのなら...
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