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夫の初恋が帰国。身代わりの私は対テロ部隊へ
夫の初恋が帰国。身代わりの私は対テロ部隊へ
Penulis: ハル

第1話

Penulis: ハル
「隊長!この度認識番号を引き継ぎ、国際対テロ特殊部隊として任務に参加することを申請させていただきます!」

広い会議室に村上怜奈(むらかみ れいな)の声が響く。目の前には亡き兄・藤原蓮(ふじわら れん)の戦友たちが制服姿で並び、胸部の部隊章や国旗が輝いて見えた。

隊長は、蓮の認識番号が刻まれたプレートを怜奈に渡す際、少し手を震わせていた。

「村上、本当にこの道を行くのか?」かすれた声で隊長が問う。「君のお兄さんは……」

「覚悟はできています。あの時、兄が成し遂げられなかったことを、今、私が最後までやり抜くつもりです!」

壁の国旗を見つめながら、怜奈は幼い頃に蓮から敬礼を教わった記憶がフラッシュバックする。

蓮はいつも言っていた。「怜奈、もう少し手を高く上げるんだ」と。

隊長は背を向けて涙を拭う。「いいだろう。ようこそ、国際対テロ特殊部隊へ。2週間後のX国への派遣、君も同行してくれ!」

怜奈は大きく頷き、警察署から出ると、ちょうどスマホが鳴った。村上家本家の執事からの電話だ。

「怜奈様、お戻りください!海斗様が大旦那様に呼び出されて……酷くしつけられてます」

一瞬の迷いの後、怜奈はタクシーを拾い、村上家本邸へと急いだ。

別室のドアを開けると、村上勲(むらかみ いさお)が持つ竹刀が村上海斗(むらかみ かいと)の背中を容赦なく叩いていた。

バシッ――

静かな空間に響く竹刀を振り下ろす音はやけに耳についた。

海斗は正座のまま背筋をピンと伸ばし、背中で竹刀が振り下ろされるのを受け止めるが、声をひとつも上げなかった。

「内緒であの岩崎家の小娘を連れ戻すなど、お前の亡き両親に合わせる顔があるのか!?」勲は声を震わせ、再び竹刀を振り上げる。「長年経ってもまだあの女が忘れられんのか?」

海斗は沈黙を貫いた。

「返事をしろ!」勲は激昂し、さらにもう一発食らわせた。「まだ忘れていないんだな!?」

海斗はそれでも無言を続けた。

一方、ドアの前で固まる怜奈は、指先が掌に食い込むほど強く拳を握りしめていた。

海斗の背中を叩かれる乾いた音が、そのまま怜奈の胸にも響き、彼女の息を詰まらせた。

海斗は最後まで何も語らなかった。

その沈黙こそが、どんな言葉よりも残酷だった。

否定しないということは、認めざるを得ない事実だからだ。

こうして打撃が止むことはなく、海斗はついに耐えきれず、前のめりに倒れ込んで気を失った。

怒りに震えながら、勲は倒れた海斗を指差した。「病院へ運べ!」

ほどなくして、病室で、怜奈は海斗の手当てをしていた。

薬を含ませた綿棒で傷口に触れるたび、痛みで筋肉が強張っていったが、海斗はまだ目を覚まさないのだ。

蒼白な海斗の顔を見て、ずっと昔の記憶が蘇る。

かつて、怜奈は幼い頃に両親を亡くし、兄の蓮と二人で生きてきた。

国際対テロ特殊部隊の蓮はずっと海外に駐在していた。怜奈が彼の帰国を待ちわびていたある日、訃報が届いた。

現地での事故に巻き込まれ、彼は勲をかばって命を落としたのだ。

責任を感じた勲によって、当時まだ学生だった怜奈は村上家へと引き取られた。

引き取られたばかりの頃、怜奈は毎晩蓮を思い出しては泣いていた。

海斗と初めて会ったのも、そんな夜だった。

庭で影に隠れて泣いていたとき、帰宅途中の海斗が足を止め、蹲る怜奈にハンカチを差し出した。

「泣くな」と彼は言った。「今日からここは、君の家だ」

あの日、月明かりに照らされた彼の目元が優しく見えた。

その時から、怜奈は海斗が好きだった。

でも、怜奈は彼が自分のことをただの妹のようにしか見ていないことを知っていた。

海斗は初恋の人である岩崎杏(いわさき あん)にずっと想いを寄せているのだった。

これまで、海斗は杏に対してずっと過保護なほど優しく接してきた、だから誰もが海斗と杏は結婚すると思っていた。

怜奈もそう思っていた。あの雪山の惨劇が起きるまでは……

海斗と杏の両親たちがスキーへ出かけた折、雪崩が発生した。その際、杏の両親は咄嗟に海斗の両親を盾にし、自分たちだけ生き残ろうとしたのだ。

こうして、助け出された時、海斗の両親はすでに冷たくなった亡骸となっていたのだった。

それ以来、勲は海斗と杏が関わることを徹底的に禁じた。

海斗もその命令に従った。

そして、すぐさま勲は、岩崎一家を海外へ追放した。

一方海斗は何事もないかのように振る舞っていたが、実際には毎晩酒に溺れていた。

ある日、泥酔した彼は杏の名前を呼びながら、怜奈の寝室に入り込んだことがある。

そして、事情を知って激怒した勲に無理やり詰められ、二人は結婚することになった。

それからというもの、夜の営みはあるが、海斗がずっと杏を忘れられないでいることも、怜奈は分かっていた。

怜奈も何とかして海斗を振り向かせようと努力もした。

だが、杏の思い出に浸る海斗の姿を見るたび、気持ちが次第に冷めていくのだった。

今回も、そうだ。

なぜ海斗があそこまで厳しく叱責されるのか、怜奈は知っている。

杏が海外で苦労しているのを聞きつけ、海斗は秘密裏に彼女を連れ戻し、生活の面倒を見ていたのだ。

そのことに、勲よりずっと早く怜奈は気付いていた。

異常を感じて後をつけてみると、海斗が杏のために自ら台所に立ち、庭に花を植える様子を……彼女は見てしまったからだ。

その瞬間怜奈は、海斗が自分を好きになることは二度とないのだと悟った。

だからこそ、去ろうと決めたのだ。

蓮がかつていた場所に足を運びたい。そこに、蓮の医者である元の婚約者がいたことも聞いている。

蓮が帰国したのは、結婚式の準備のためでもあった。

今回の任務が最後だ、そう決めて婚約者との再会を夢見ていたのだ。

だが、蓮は二度と帰らなかった。

だから怜奈は、蓮が愛した人に会ってみたい、蓮が突き進めなかった道を、代わりに成し遂げたいと思った。

病室では、海斗が苦しそうに寝言で誰かの名前を呼んでいた。

「杏……」

怜奈は傍らに座り、空中に止まった指先で、海斗の眉間に刻まれたしわをそっと撫でた。

ここ数年間、怜奈が目にしてきたのは、いつも何かを想い詰めて、眉間にしわを寄せる海斗だった。

海斗が決して自分に無関心だったわけではないことは分かっている。

自分の好みは完璧に把握し、雷が鳴るときはいつも怯える自分を守ってくれた。そして、飲み会帰りにもいつもお菓子を買ってきてくれていた。

けれど、自分といる時間、海斗は幸せではなかったのだ。

一分一秒が、彼にとって苦しい時間だったのだろう。

幸い、この愛のない結婚生活から、海斗はもうすぐ解放される。

そのとき、病室のドアが勢いよく開かれた。

涙を浮かべた杏が「海斗!」と叫んで駆け込んでくる。

慌てていたのだろう。杏はそこにいる怜奈に気づかなかったようだった。

彼女は怜奈を乱暴に押し除けると、海斗の胸元へと飛び込んだ。

一方、押された怜奈はよろめいた反動で頭が壁に打ち付けられた衝撃で、出血してしまい血が髪をつたって流れたのだった。

だが、杏は怜奈への謝罪はおろか、視線すら送らなかった。

怜奈はふらつきながら立ち上がり、眠り続ける海斗の寝顔を見て思う。

きっと、海斗が目を覚まして一番最初に目にしたいのは、自分の姿じゃないのだと。

そう思って、怜奈は無言で病室を立ち去り、ナースステーションで怪我の手当てを受けた。

そしてあてもなく外をさまよった後、海斗が多分お腹を空かしているのだろうと思い、軽食をいくつか持ち帰った。

そして、再び病室に戻り、そっと覗き込んだ怜奈の目に映ったのは――

ベッドサイドで海斗にすがりついて眠る杏の姿だった。

そして海斗は、目覚めたばかりの身体を起こし、杏の髪先に何度もそっと口づけを繰り返していた。
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