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第4話

Author: ハル
そう思ったが、怜奈は視線を落とし、何も言わなかった。

海斗もそれ以上何も釈明せず、飲み終えたコップを受け取ると、怜奈の布団をかけ直した。

その動きは優しく、触れた指先から懐かしい温もりが伝わってきた。

怜奈の胸に、ふと昔の記憶がよみがえる。

初めての生理で泣き出した時、海斗は耳を赤らめて優しく教えてくれた。ひどいインフルエンザで高熱が続いた時も、海斗は感染のリスクを厭わず、3日間ずっと看病してくれたのだ。

海斗は誰よりも優しく、だからその優しさに甘えた怜奈は、時が経てばきっと彼にも愛してもらえると信じていた。

その想いに浸りながら、怜奈はそっと目を閉じ、なぜか胸の奥がずきずきと痛むのを感じた。

病室には、点滴の音が規則正しく響いていた。

その時――

ピロン。

海斗のスマホが光った。

一件、また一件……

ひっきりなしに届くメッセージで、画面が明滅し続ける。

怜奈が目を開けると、海斗が眉をひそめてスマホを見ていた。彼は数秒迷った末、結局返信をせずに画面を消した。

だが数秒もしないうちに、またスマホが光る。

通知欄には、立て続けに杏の名前が表示された。

怜奈は口元を歪め、小さく呟いた。「杏さんのことが心配なら、行ってあげて」

すると、海斗は険しい表情になり、淡々と告げた。「杏は安定しているし、ただの我儘だ。今は、君を看病しなきゃいけないんだから」

そう言われ、怜奈は無言で彼を見つめた。

そんなことを言っても、彼はやっぱりスマホを見てしまうのだ。

結局杏のことが気になって仕方ないのに。

だが、怜奈は問い詰めず、ただ優しく微笑んだ。「わかった」

すると、海斗はより一層深く眉を寄せて言った。「誤解するな。杏の親がしたことに対して、村上家が許すことなんて一生ないんだ」

そう言い終えた瞬間、病室のドアが勢いよく開いた。

入口に立つ杏の目は真っ赤に腫れていた。「やっぱり、私のことなんて許せないの?」

彼女は震える声で叫んだ。「なら、なぜ私の命なんて救ったのよ!」

そう言い放つと、杏は踵を返して駆け出した。

それを見て、海斗は顔色を一変させて、慌てて後を追って飛び出していった。

怜奈も一瞬呆然としたが、すぐさま手の甲の点滴を引き抜き、よろめきながら後を追った。

辿り着いた先は屋上で、強風が吹き荒れていた。

杏はフェンスの半分を乗り越え、長い髪を乱しながら今にも落下しそうな状態だった。

海斗が声を荒げて怒鳴りつけた。「杏!今すぐ降りろ!」

しかし、振り返った杏は、涙で顔を濡らしていた。「降りてどうするの?あなたはこんなにも私を憎んでいるんだし、どうせもう、怜奈しか見ていないんでしょ?」

嗚咽しながら、彼女は叫ぶように訴えた。「ねえ、かつてあれほど愛し合ったことを忘れたの?どうしてこうなっちゃったのよ……あの事件だって、私が悪いわけじゃない!あなたが他の女を選ぶなら、私はもう生きる必要なんてないわ!」

そう言って、杏は勢いよく飛び降りようとした。

そこへ海斗は間一髪で駆け寄り、彼女の手首を強く掴んだ。「違うんだ!」

彼は鬼気迫る表情で杏を見つめ、声を殺して言った。「俺とおじいさんの間には、交換条件があるんだ!

俺が怜奈と一緒にいることで、君を国内にいさせると言われていたんだ」

頭の中でガンと音がした。

それを聞いた、屋上の入り口に立ちすくむ怜奈は激しい衝撃に震えた。

これで、やっとわかった。

海斗がどうして自分と一緒にいるようになったのかを。

全ては、杏を国内に留めておくためだったのだ。

杏は呆然とし、涙に濡れた顔で問いかける。「じゃあ……私をまだ愛してるの?」

海斗はしばらく黙り込んだ。

彼がもう答えないんだろうと、怜奈がそう思った時だった。

杏がさらに身を投げ出そうとするのを見て、海斗が必死で彼女を抱きとめた。「愛してるよ!くそっ、最初からずっと、君だけを愛してたよ!それでいいだろ?」

それを聞いて、杏は声を上げて泣き、海斗のネクタイを引き寄せ、その唇を強く重ねた。

拒むことはなく、海斗もすべてを捨てたように杏の後頭部を押さえ、激しく応え始めた。

二人はまるでこの数年間の空白を、一気に埋め合わせるように。

一方、離れた場所に立つ怜奈は体がみるみる冷えていくのを感じた。

二人がキスを交わし、海斗が狂ったように杏を抱きしめて、あんな風に貪るほどにキスをしている姿を見ていると、相手を骨の髄まで愛していなければできないことだろうと感じるのだった。

怜奈はいつも、海斗の自分へのキスがひどく優しくて理性的だと思っていた。しかし、今ふとそれは性格の問題ではなく、ただ愛していないからなのだと気づかされてしまったのだ。

もっと早く、気づいていればよかった。

そう思って、怜奈は踵を返し、ゆっくりと、力なく立ち去った。

そして、病室に戻ると、消毒薬の匂いがひどく鼻についた。

怜奈はスマホを手に取り、勲の連絡先を見つめて、震える指で押した。

「おじいさん」怜奈の声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。「海斗と離婚しようと思ってます」

すると、受話器越しに、茶碗を落としたような音が響いた。「あいつ、一体何をしたんだ!?」

「いいえ」怜奈は首を振り、目を赤く腫らしながら言った。「私たちは……夫婦としてあまりにも不釣り合いです。

海斗は優しすぎてくれます。でも、そこには愛がないんです。

私の兄が亡くなった後、おじいさんが私を迎えに来てくれた時、何か一つ願いを叶えてくれるとお約束くださいましたよね?」

そこまで言って、深く息を吸い込むと、堪えていた涙がついにこぼれ落ちた。

「今その願いを言ってもいいですか?

私たちの離婚に同意してください」

その時だった。病室のドアが荒々しく開け放たれた。

海斗がドアの向こうから、じっと怜奈を見つめていた。

「何の同意だ?」
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