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第5話

Auteur: ハル
すると、怜奈は慌ててスマホの受話口を手で覆い、ドアから急に姿を見せた海斗を見上げた。

「別に……なんでもないわ」彼女は取り繕うように、精一杯の笑みを浮かべて答えた。「おじいさんに電話して、様子を伺ってただけ」

海斗はひどく疲れ切った様子だった。乱れた前髪に、少しはだけたシャツの襟元。その首筋には、爪で引っかいたような微かな赤い傷が残っていた。

幸い、彼もそれ以上追及はしなかった。短く「そうか」とだけ返すと、「急ぎの用がある。数日は顔を出せない」と言い残した。

怜奈が黙って頷くと、海斗はその背中を向けて立ち去った。

そして彼の姿が廊下の突き当たりで見えなくなってようやく、怜奈は握りしめていたスマホから指を離した。

すると、受話器の向こうで、勲が深い溜息を漏らす。「怜奈……海斗は、お前を失ったことを後悔することになるだろう」

その言葉に怜奈の目頭が熱くなり、胸が詰まった。「おじいさん……離婚のこと……どうしても、私から伝えたいんです。

どうか、まだ海斗には内緒にしていてください。お願いできますか?」

しばらくの沈黙の後、勲の声には年老いた者の無念と疲労が滲んでいた。「俺にも……もうあやつを止める術がない。

離婚を決めたのなら……そうしなさい」途切れ途切れの声で、彼は続けた。「ただ、俺はお前に……残りの人生を幸せに過ごしてほしいんだ」

怜奈は下唇を噛み締め、堪えていた涙を溢れさせた。

「はい……約束します。

おじいさん、どうかご安心ください……」

退院後、怜奈は黙々と荷造りを始めた。

海斗が家に戻ることは一度もなかった。

その代わり、杏のインスタは連日更新されていた。

【今日見た夕日は、海斗が『18歳の頃と同じくらい綺麗だ』って言ってくれた風景そのもの】

投稿された写真には、海斗の背中が写っていた。夕陽を浴びた横顔は、あまりにも優しそうに見えた。

そして別の投稿ではこう書いてあった。【海斗が、『治療を頑張ろう。俺が願いを込めて祈願してくるから』って言ってくれた】

それに添えられた写真の中の海斗は、真剣な眼差しで祈願していた。

さらに別の投稿ではこう書いてあった。【眠れない夜は、明け方3時まで海斗が寄り添ってくれた】

……

怜奈は指先を震わせながら、次々とそれらを見ながらスクロールしていった。

そして慣れなきゃと、自分に言い聞かせた。

しかし、それでも胸を抉られるかのように痛くて、息が詰まるのを感じずにはいられなかった。

そんな中、静寂を一本の電話が引き裂いた。

「怜奈ちゃん!すぐに病院に来い!海斗に事故があった!」電話越しに海斗の友人は焦った声で切迫した状況を告げた。

すると、怜奈は思わずドキッとして、ジャケットを羽織って外へ飛び出した。

病院の廊下は、消毒薬の鼻をつく臭いと、生臭い血の気配が混ざり合っていた。

足もとをふらつかせながら救命救急に辿り着くと、突きつけられたのは手術同意書だった。

「ご家族のサインが必要です!」医師の焦った声が響く。

そう言われ、怜奈の手は震え、まともにペンも握れなくなった。

「どういうことなの!?」怜奈は、廊下に立つ海斗の友人を振り向いた。

すると、誰もが怒りを込めた、鋭い視線を端の方でシクシク泣く杏へと向けた。

「こいつに聞いてくれ!」誰かが吐き捨てるように言った。

すると、泣きじゃくる杏が、ようやく真相を断片的に語った。

実は、夜中急に流れ星を見に山に行きたいと言い出した杏を、海斗が車で連れ出したのだ。

そして、その道中で連鎖的な交通事故に巻き込まれた。

咄嗟の瞬間に杏を庇った海斗は、激しい衝撃を受けて意識不明に陥っていた。

「お前のせいで、海斗はどれだけ死に目を見てきたと思ってるんだ!」友人たちの激しい叱責が飛ぶ。

「小さい頃からあれほど海斗に愛され、守られてきたくせに!

7年前のお前の誕生日の時だってそうだ!彼は酷い熱をだしてもお前を迎えに行って、それで交通事故にあって肋骨を折ったんだぞ!

18の時だってそうだ!スノボに行きたいとお前が無理を言って、行った先でお前を守ろうとした海斗が崖から転落しかけたろ!

それで今回もまた……」

「いい加減にしてください!」医師の叫びがその言葉を遮った。「今患者は出血多量で予断を許さない状況なんです!血液バンクにも備蓄がありません!O型は誰ですか?」

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