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第107話

Author: かおる
映像の中で、翔太の苛立ちを含んだ声が響き続けていた。

「彼女なんて、ただの取り柄のない専業主婦だよ。

料理くらいしかできないのに、どこがそんなに偉いんだ?

そんなことなら、うちの田口さんだってできるさ

そんなにいいって思うなら、このお母さんをお前にくれてやるよ。

僕はいらない。

清子おばさんの方が百倍も優れてるんだから、あんな恥ずかしい母親なんかごめんだ!」

先ほどまで翔太を礼儀正しい子と見ていた先生たちも、さすがに眉をひそめた。

視線には微妙な色が混じり、翔太を見る目が変わっていく。

翔太は口を開きかけたが、これ以上は言い訳できない。

事実を突きつけられ、言葉が喉で止まり、顔を真っ赤にして星を見つめるしかなかった。

星の長い睫毛は伏せられ、感情は読み取れない。

やがて映像は揺れ、そこで途切れた。

会議室に重苦しい沈黙が落ちる。

ただ一人、清子の瞳だけが微かに輝いた。

――そうよ。

この親子がいがみ合えばいがみ合うほど、関係が冷え切れば冷え切るほど、彼女にとっては好都合。

星は投影を切り、冷ややかに言った。

「怜くんの携帯からは何も出てこなかったわね。

では、私たちはこれで失礼します」

そう告げると、怜の手を取り、出口へと向かう。

怜は一言も漏らさず、大人しく彼女の傍らを歩いた。

その健気な姿に、胸が痛むほどだった。

教師たちはただ二人の背中を見送り、目には深い同情を浮かべる。

――ひとりは母を持たず、もうひとりは夫と子に拒まれている。

なんと哀れなことか。

星と怜が扉に手をかけたその時。

「待て」

低く冷ややかな男の声が背後から響いた。

星は足を止め、振り返る。

「まだ何か?」

その声音は淡々としていた。

怒りも嘆きもなく、まるで局外者のように冷ややか。

雅臣の声は深くて低い。

「二つの映像、あまりにも出来すぎていると思わないか」

「出来すぎてるって?」

鋭い眼差しが、星の隣に立つ怜へと向けられる。

「彼の携帯に入っていたのは、翔太に不利な映像ばかり。

特に最後の一本は、意図的に翔太を陥れているようにしか思えない」

星の瞳がすっと細まった。

「つまり......怜くんが仕組んだとでも?」

「違うのか?」

その言葉に、場の空気が凍りつく。

星はあきれたように雅臣を見据えた。

「あ
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U Tomi
みっともないゲスなクズな男だわ。恥ずかしいー、不倫旦那。 社会的地位は落とせなくても人間性をピッチ不倫女と共に沈めてほしい。 サクサクと進めてほしい!
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