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第122話

Author: かおる
翔太は視線を揺らし、星と目を合わせようとしなかった。

「......ぼ、僕、ケーキにナッツが入ってるなんて知らなかったんだ」

星はさらに問い詰める。

「たとえそれが知らなかったとしても、あなたは乳糖不耐症でしょう?

ケーキを食べられないことぐらい、わかってるはずよ」

翔太はむっとしたように口をとがらせた。

「ちょっと一口食べただけだよ」

「その一口で、危うく助からなかったのよ」

母の言葉に、一瞬覚えた感謝の気持ちが、たちまち苛立ちと反発に変わる。

「お母さんと清子おばさんが食べられるのに、どうして僕だけ駄目なんだ?

お母さんがいつもこれは駄目、あれも駄目って止めるから、余計に気になって、食べたくなるんだ!」

星は眉をひそめる。

「私はあなたの体を心配して――」

「僕の体を心配、だって?」

翔太は彼女の言葉を遮った。

「お母さんはいつも僕のことが心配だと言いながら、結局は僕をコントロールしたいだけなんだ!

朝から晩まであなたのためって言葉ばかり。

でも僕が本当に欲しいものは、お母さんにはわかってない!」

星は息をのむように翔太を見つめた。

「それは......誰かに言わされたの?

それとも本当に、そう思ってるの?」

翔太の胸がどくんと跳ねた。

「――清子おばさんが言っていた。

人は誰でも平等で、自由で、尊重されるべきだって。

けれどお母さんは、僕を少しも尊重してくれないし、食べたいものをいつも禁止される。

理由は僕のためだというけれど、本当は違う。

お母さんは僕をマザコン男に仕立てて、何でも従わせたいだけなんだ。

そして僕を利用して、父さんの気を引こうとしている――」

翔太は無理に平静を装い、言い切った。

「......僕は、本当にそう思ってる」

その瞬間、星の胸に冷水を浴びせられたような感覚が走った。

募っていた不安も、罪悪感も、未練も――一気に凍りつく。

「じゃあ教えて」

彼女は静かに問いかける。

「あなたが欲しいものは何?」

翔太は考える間もなく、言葉を畳みかけた。

「僕が何をしても、お母さんは無条件で応援してくれること」

「僕の行動を強制したり、口出ししたりしないこと」

「自由と尊重を与えて、子ども扱いしないこと」

「産んで育てたからって、母親だからって、縛らないこと」

「アドバイ
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