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第1344話

Penulis: かおる
怜央は、ふと自分の誕生日のことを思い出した。例年なら、明日香や優芽利と過ごしていたはずだ。だが今年は――入院中のまま、意識もなく過ぎていった。

以前なら、たとえ出張で誕生日当日に会えなくても、後日、明日香と優芽利が必ず「埋め合わせ」をしてくれた。少なくとも、明日香の気持ちは全てが嘘ではなかった。

けれど今年は、明日香も優芽利も、誰一人としてその話を口にしなかった。

理由は、言われるまでもない。明日香、そして仁志。この二人の存在によって、優芽利の心はもう彼から離れていた。

優芽利は実の妹だ。自分が彼女に対して後ろめたい立場であることなど、怜央も分かっている。だから、祝ってもらえなくても受け入れられる。

――だが、明日香は違う。

怜央の脳裏に、あの日の光景が鮮明によみがえる。瀕死の状態で手術室へ運ばれたその時、明日香は、仁志とデートをしていた。

自分の仇とも言える男と、平然と食事をしていたのだ。それは、彼女が自分を切り捨てたという何より明確な意思表示だった。

――価値を失えば、切り捨てられる。自分は、ただの使い捨ての駒だ。

胸の奥が焼けるように痛み、息を吸うたび、心臓の奥
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    奏はちらりと隣の彼女を見て言った。「じゃあ逆に聞くけど――金に困ってないのに、なんで仁志は星のそばに残ってるんだ?今回だって、翔太と星を助けるためにノール家の連中に殺されかけた。それ以前にも、星の仇を取るために何度も怜央に噛みついてる。怜央の腕を切り落としたのも、仁志だ。これだけのことをやっておいて、ただの上下関係とか、仲のいい友だちで済むと思うか?」彩香は声を落とした。「……まあ、確かに。仁志が星のためにしてきたことは多いけど、星だって負けてないよね。星が誰かにここまで心を砕いたの、見たことある?仁志の誕生日を全部まとめて祝うなんて、普通じゃないよ。しかも全部、手作りだし……雅臣だって、あんな扱い受けてないでしょ?」彩香は軽く肩をすくめた。「星はあんなに魅力的なんだから、仁志が惹かれるのも自然だと思うけどな。今日のことだってそう。仁志じゃなくても、誰だって心を掴まれて動けなくなる。それだけ星には、人を惹きつける力があるってこと――」そこまで言って、彩香の声がふっと止まった。自分でも違和感に気づいたのだ。――仁志が星を好きなのは分かる。でも、星のほうも……気にかけすぎてない?前に星が航平の世話をしていたとき、「一人だと気まずいから」って理由で自分を残した。なのに今回は――仁志が拉致されたのに、彩香には一言も知らせなかった。その差は、あまりに大きい。彩香は小さく呟いた。「まさか……星……?」奏は静かに答える。「雲井家の問題が片付くまでは、星は感情に深入りしないと思う。それに、彼女は一度大きく傷ついてる。簡単に誰かを好きになるはずがない」けれど――フロントガラスに映る奏の横顔には、かすかに不安の影が滲んでいた。感情なんて、理屈で制御できるものじゃない。人に惹かれにくい人ほど、一度惹かれたら深く沈む。星は、まだ本当の恋を知らない。恋がどんなものなのか――きっと、まだ分かっていないのだ。雲井家に戻ると、仁志は両手いっぱいに大きな紙袋を提げていた。今日は本来、星の誕生日だというのに、どう見ても彼がもらった贈り物の方が多い。一人で持つには、ぎりぎりの量だ。星は無理をさせまいと、自分のプレゼントは自分で持った。二人が仁志の部屋の前を通りかかったとき、仁志がふと声をかける。「星野さん、ちょっと待ってくだ

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    仁志は、星の前まで歩み寄ると――いきなり、彼女を強く抱きしめた。星は目を見開き、一瞬、どうしていいか分からなかった。耳元で、いつもとは違う掠れた低い声が響く。「……星野さん、ありがとうございます」力の加減が利かないのか、その抱きしめる力はあまりにも強い。まるで、彼女を自分の中に閉じ込めようとするみたいだった。星ははっきりと感じた。乱れた鼓動。荒い息。わずかに震える体。顔は見えなくても、胸の奥から溢れるものを抑えきれていないのが分かる。確かに、行為としては少し踏み込みすぎている。だがその場にいた誰も、それを「甘い空気」だとは受け取らなかった。こんな贈り物を受け取ったなら、誰だってこうなる。むしろ、仁志以上に取り乱す人間だっているはずだ。本来、今日は星の誕生日だった。けれど、いま一番注目を集めているのは――仁志。星は自分の誕生日を口実に、仁志の誕生日を祝っている。その心遣いは、もはや羨ましいほどだった。雅臣と影斗は黙ったまま、ただその光景を見ていた。どちらの顔にも笑みはない。そして――遠くから双眼鏡で覗いていた怜央でさえ、なぜか胸の奥がざらつくような不快感を覚えていた。怜央は無意識のうちに、手の中の双眼鏡を握りしめる。ギリ、と嫌な音が鳴り、レンズがきしむ。今にもひびが入りそうだった。――自分だって、明日香に対して。仁志が星に向ける想いと、そう変わらないはずだ。なのに、なぜ。仁志にあって、自分にないものがある?考えた瞬間、怜央はスマートフォンを取り上げた。「明日香。誕生日の埋め合わせをしたい」短く、それだけを告げて通話を切った。誕生日会が終わり、それぞれが帰路につく。星と仁志は一緒に庄園へ戻り、奏は彩香を家まで送ることになった。夜の道は真っ黒で、窓の外を街灯の光が流れていく。ハンドルを握る奏の隣で、彩香はご機嫌に鼻歌を歌っていた。しばらくして、奏が口を開く。「星と仁志って、いつからあんなに仲がいいんだ?」彩香は当然のように言った。「最初から、あんな感じだよ?」奏は遠回しをやめ、率直に言う。「でもさ……あれ、もう友だちの域を超えてない?」彩香は肩をすくめる。「そもそも普通の友だちじゃないでしょ。仁志は星のボディガードなんだから。命懸けで守ってるのよ?他の人より近くなるのは当然」少し考えて、彩香は

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    怜央は、ふと自分の誕生日のことを思い出した。例年なら、明日香や優芽利と過ごしていたはずだ。だが今年は――入院中のまま、意識もなく過ぎていった。以前なら、たとえ出張で誕生日当日に会えなくても、後日、明日香と優芽利が必ず「埋め合わせ」をしてくれた。少なくとも、明日香の気持ちは全てが嘘ではなかった。けれど今年は、明日香も優芽利も、誰一人としてその話を口にしなかった。理由は、言われるまでもない。明日香、そして仁志。この二人の存在によって、優芽利の心はもう彼から離れていた。優芽利は実の妹だ。自分が彼女に対して後ろめたい立場であることなど、怜央も分かっている。だから、祝ってもらえなくても受け入れられる。――だが、明日香は違う。怜央の脳裏に、あの日の光景が鮮明によみがえる。瀕死の状態で手術室へ運ばれたその時、明日香は、仁志とデートをしていた。自分の仇とも言える男と、平然と食事をしていたのだ。それは、彼女が自分を切り捨てたという何より明確な意思表示だった。――価値を失えば、切り捨てられる。自分は、ただの使い捨ての駒だ。胸の奥が焼けるように痛み、息を吸うたび、心臓の奥に炎が走る。明日香と自分は、似た者同士だ。彼女が見捨てることなど、想定の範囲だった。いや、最初から分かっていたはずだ。当時は何とも思わなかった。なのに――なぜ今になって、喉に骨が刺さったような違和感を覚えるのか。たかが誕生日だ。これまで気にしたことなど一度もない。いつからだろう。こんな取るに足らないことを気にするようになったのは。怜央は双眼鏡を下ろそうとした。だが、なぜか身体が動かない。高性能なレンズの先では、贈り物のひとつひとつの細部まではっきり見えた。中には一目で手作りと分かるものもある。しかも、間違いなく自分の手で作ったものだ。実用的なものもあれば、精巧な工芸品もある。怜央の視線は、星と千羽鶴が詰められた二つの瓶に留まった。――あれも、星の手作りか。内心、鼻で笑いながらも、正直に認めざるを得なかった。その小物の一つ一つが、驚くほど完成度が高い。怜央は、これまで明日香からもらった贈り物を思い出す。ネクタイ、メンズ香水、財布。どれも高価で、実用的だった。ふと、自分の手首に目を落とす。そこには腕時計。――それは、明日香が初めて誕生日を

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    しかも今回は、仁志が星と翔太を救っている。仁志は皆からの贈り物を笑顔で受け取り、一つ一つ、丁寧に礼を述べた。彩香が仁志のそばへ寄り、片目をくいっとつむって意味ありげに笑う。「行こ、仁志。星が用意したプレゼント、見に行こ。今回はね、特別なんだから」仁志が星を見ると、彼女はいつも通り穏やかに微笑んでいる。雅臣と影斗は互いに視線を交わし、星が何を用意したのか、同じように気になっていた。彩香の足が、とある部屋の前で止まる。振り返って、仁志に言った。「仁志、開けて」促されて前に出た仁志がドアを開ける。中は、暖色のイルミネーションが柔らかく灯っていた。飾りつけは温かく、どこかロマンチック。だが何より目を奪うのは、床一面に揺れる無数のキャンドルだ。その灯りの脇に、二十個以上のギフトボックスが整然と並ぶ。それぞれに数字――「1」から「27」。仁志の足がそこで止まった。彩香が横で説明する。「仁志、星は知ってるの。あなた、今まで誕生日らしい誕生日、ほとんど過ごしてこなかったでしょ。だから――生まれてから今までの分、まとめて祝ってあげる。高価なものじゃないけど、ぜんぶ星の手作りよ」その瞬間、仁志だけじゃない。ついて来た面々も、言葉を失った。星がどれほど仁志に心を砕いたか――一目でわかる。雅臣と影斗は黙ったまま、部屋を埋める箱を見つめる。表情の底は読めない。純粋に目を輝かせているのは、翔太と怜だけだ。仁志を急かす声が弾む。部屋の照明は落とされたまま。明るさは足りず、床のキャンドルだけが揺れる朧な光をつくる。仁志は長いまつ毛を伏せ、光の届かない陰に立った。その表情はよく見えない。翔太と怜に促され、「1」の箱の前にしゃがみ、包みを開ける。中は小さな金の錠前。凝った意匠の表面には「仁志」の字が刻まれている。二つ目の箱には、手で結んだ平安結び。三つ目は、仁志をモデルにしたQ版フィギュア。星の選んだ品は、年齢ごとの仁志に似合うもので、今手にしても古臭くない。選び抜かれたことが、ひと目で分かる。十個目に差しかかった頃、仁志の手がふるえはじめた。この手は、数え切れない血を知っている。ナイフを握っても、銃を握っても、ふるえたことはない。それなのに今、指は言うことをきかず、目の前の箱をどうしても開けられない。意思では止められない、そんな震え

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    仁志の名が頭をよぎった瞬間、影斗の口元の笑みがすっと薄れた――確かに。航平より、仁志のほうが遥かに厄介だ。前回、自分が嵌められた件に、仁志の手が絡んでいるのでは――そんな疑いすらよぎる。そのとき、頭上の照明がふっと落ちた。闇の中に、ほのかな灯り。彫像のように整った横顔が、暖色のキャンドルに縁取られる。揺らぐ炎がまつ毛の影をつくり、光と陰の狭間に男の輪郭だけが浮かぶ。まるで深い水底に沈む星のようだった。男は、星へ静かに微笑んだ。その一瞬、世界の音がすっと引いていく。「星野さん、誕生日おめでとうございます」星の瞳に、抗いがたい美貌が映り込む。思わず息が詰まり、鼓動がひと拍、乱れた気がした。――次の瞬間、天井の照明が一気に点き、「パン、パン!」とクラッカーの音が弾ける。色とりどりの紙吹雪がふわりと舞い落ちる。いつの間にか怜と翔太が、星のすぐそばに立っていた。手にはクラッカー。まるで小さなフラワーボーイだ。言うまでもなく、この役を任せたのは仁志である。自分の息子が、自分を助けるどころか、堂々と恋敵の演出に加担している。雅臣と影斗の胸中は、どうにも複雑だった。一方、彩香だけは空気を読まず、にこにこと言う。「やるじゃない。ちゃんと星にサプライズ用意してさ。星がいつも優しくしてる甲斐があるわね」そう言って、わざと真顔を作った。「――仁志、私、あんたに嫉妬しちゃう」星が笑ってたしなめる。「彩香、もう。仁志をからかわないで」彩香は二人を指さし、面白がって煽る。「ちょっと冗談言っただけで、そんなに庇う?あんたたち……なんか怪しいわね?」――けれど、笑ったのは彼女だけだった。彩香「???」笑顔がそのまま固まり、気まずそうに言い直す。「えっと……冗談、冗談」幸い、翔太と怜に大人の機微は通じない。二人は星の周りに集まり、「お願い事して!」とはしゃいだ。星は本当は、願い事なんて信じない。毎年願ってきたことは、清子の出現で粉々に砕け散ったからだ。それでも――これだけ多くの人が祝ってくれている。場を壊すわけにはいかない。星は微笑んでそっと目を閉じ、願いをひとつだけ胸に浮かべる。そして目を開け、キャンドルを吹き消した。そのあと、彼女はケーキを切り分け、皆に配る。賑やかで温かな誕生日会は、そのまま続いた。終わりが近

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    星は笑って言う。「病院には介護士さんもいたし、仁志の友人たちも手伝ってくれた。だから思ったほど大変じゃなかったの。むしろ時間ができて、絵も描けたし」ちょうど今日、澄玲のところの人が星の絵を受け取りに来た。入院中に二枚。それに、仁志が怪我をする前、家で時間つぶしに描いた一枚。合わせて三枚、相手に渡した。誕生日当日。彩香と奏に加え、しばらく顔を見なかった影斗も、怜を連れてやって来た。影斗の眉間には影が落ち、厄介な悩みを抱えているのが一目でわかる。それでも星の顔を見るなり、口元だけはわずかに緩んだ。影斗がプレゼントを差し出す。「星ちゃん、誕生日おめでとう」隣の怜も、両手で包みを差し出す。「星野おばさん、お誕生日おめでとう」星は笑って受け取った。「ふたりとも、ありがとう」影斗の沈んだ様子に気づき、星は声を落とす。「影斗、どうしたの?おばあさまの容体、悪化した?葛西先生はいまM国にいるけど、診てもらう?」影斗は首を振る。「違う。祖母は今のところ安定してる」祖母ではないとなれば――雪美の件だ。星は以前、影斗のために動いていた。だが仁志が怪我をしてからは、意識のすべてが彼に向き、その件は一旦止まっていた。星がさらに何か言おうとした時、雅臣が翔太を連れてやって来る。雅臣と翔太もそれぞれプレゼントを差し出した。「星、誕生日おめでとう」「ママ、お誕生日おめでとう」傍らの怜に気づいた翔太は、唇を少し尖らせる。けれど、結局何も言わなかった。しばらくして、凛と澄玲も到着。瑛と晴子は公演のため不在で、プレゼントは澄玲が預かってきたという。主役の星は、彩香・凛・澄玲に囲まれて談笑していた。一方、雅臣と影斗。以前に少々行き違いはあったが、深い確執はない。二人は途切れ途切れに、ビジネスの話を交わしていた。ふと影斗が、何か思い出したように言う。「航平は?今日は来てないのか?つい最近までM国にいただろ。そんな早く戻れるとは思えないが」雅臣の目がわずかに険しくなり、影斗を一瞥する。影斗は意味ありげに笑った。「それにな。ずっと気になってた。お前の親友の航平、いつから星ちゃんとあんなに親しくなった?」雅臣が低く問う。「いつ気づいた」互いに頭が切れる。何を指しているか、言わなくても伝わる。影斗ははぐらかさない。「M国に来る頻

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