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第147話

作者: かおる
母の真剣な表情を見て、翔太の胸に不吉な予感が広がった。

雅臣も異変を察し、その端正な顔が陰を帯びる。

「星、おまえ、何をするつもりだ」

星は夫の言葉を無視し、翔太に視線を向けた。

「このところ私は家に戻っていなかったわね。

それは、もう全部の荷物を整理して持ち出したから。

だから――もうここに帰ることはない。

伝えておくわ。

私とあなたのパパは離婚するの。

翔太、あなたの親権はパパに渡す。

これからはパパと一緒に暮らすのよ」

翔太は呆然とした。

「......離婚?」

五歳の彼にも、「離婚」という言葉の意味は理解できる。

星はうなずき、さらに言葉を続けようとした。

だが、その声を鋭く遮る者がいた。

雅臣だ。

眉間に怒りを刻み、低い声を吐き出す。

「星!

よりによって子どもの前で言う必要があるのか!」

星は冷笑する。

「子どもの前で言ってはいけない理由は?

翔太には知る権利があるわ。

あなたの息子は、この前まで自由、平等、尊重とかって口にしていたでしょう?

それに――私に清子へ頭を下げさせ、恥をかかせたとき、あなたは息子の前で遠慮なんてした
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