تسجيل الدخول仲を裂こうとしている、ね。ええ、その通りよ。わざわざあの二人を心地よくさせてやる必要なんて、どこにもないでしょう。……その夜。風呂を終え、そろそろ眠ろうかと思ったとき、突然携帯が震えた。夜が手に取ると、画面に表示されていたのは鈴からの着信だった。彼女は数秒だけ画面を見つめ、それでも通話を取った。だが、何か言うより先に、受話口の向こうから甘く湿った喘ぎ声が流れてきた。男と女の声だった。その瞬間、夜はすべてを察した。胃の奥がひっくり返るような嫌悪がこみ上げる。すぐに切ろうとした、そのとき。向こうの鈴が、通話がつながったことに気づいたのか、甘えるような声で言った。「正道さん、夜さんってすごく綺麗で、雰囲気もあって……本当に少しも心が動かないの?」正道の呼吸は乱れ、声も掠れていた。「鈴、あいつがどれほど美しかろうと、俺の心の中ではお前の1万分の1にも及ばない」鈴はまだ不安そうだった。「でも……」「でも、じゃない」正道はその言葉を断ち切った。「もう調べた。俺とあいつは最初から政略結婚だった。俺は最初からあいつを愛していない。俺にとって大事なのは、お前だけだ」鈴は言う。「信じられない」正道は低く答えた。「なら、今すぐ行動で証明してやる」そのあとに続いたのは、到底言葉にできないような音だった。夜は吐き気で、本当に吐きそうになった。それでも、彼女は通話を切らなかった。こみ上げる嫌悪を無理やり押し込み、鈴と正道の会話をすべて録音した。鈴がいつ電話を切ったのか、夜は知らない。録音を始めたあとは、もうその通話に意識を向けなかったからだ。一時間ほど本を読んでから、ふと携帯に目をやると、すでに通話は終わっていた。夜の唇に、冷たい笑みが浮かぶ。本来なら、鈴のような不快な女にかまうつもりはなかった。男の浮気の多くは、女に原因があるのではない。問題なのは、そういう男だということだ。今日、鈴がいなくても、明日には別の誰かが現れるだけだ。それに、鈴がどれほど腹黒かろうと、実際に正道の命を救ったことだけは事実だった。だから最初、正道が鈴を漁村から連れ戻したとき、夜は止めなかった。今のように正道と険悪になってからも、鈴が裏であざとい小細工をしていても、彼女は鈴を本気で潰す気にはな
鈴の瞳に、たちまち涙が滲んだ。「夜さん、どれだけ説明しても、きっと信じてもらえないと思う。でも……私たちの漁村はすごく貧しくて、外とも隔絶されていたの。本当に、あの捜索広告もニュースも見ていなかったの」夜の視線が、鈴の顔に落ちた。この女は、たしかに少しばかり見栄えがよかった。漁村から正道と戻ってきてから、彼に隠されるように丁重に囲われてきたせいで、もう田舎の土臭さはどこにもない。環境への馴染みも驚くほど早かった。夜は言った。「当時は見ていなかった。そこは、一応信じてあげる。でも、今はもう知ったわよね?なら、純粋で善良な鈴なら、どうすべきかは分かっているはずよね?」鈴は無意識に唇を噛み、声を落とした。「夜さん、私と正道さんは、本気で愛し合っているの……お二人に過去があることは分かっている。でも、過去はもう過去のことよ。もし正道さんがあなたを選ぶなら、私はもう二度と、お二人の生活を邪魔しない。でも今、正道さんはあなたと一緒にいたいと思っていない」鈴は真っすぐ夜を見た。「夜さん、お二人の結婚は、最初から政略結婚だったんですよね。そこに愛情なんてなかったはずです」夜は問い返した。「愛情がなかった?どうして、私たちに愛情がなかったと分かるの?」鈴は答えた。「もし正道さんが本当にそこまで夜さんを愛していたなら、たとえ記憶を失っても、あなたを忘れるはずがない。仮に忘れたとしても、ほかの誰かを愛したりはしないはずよ。夜さんも、そう思いませんか?」夜は数秒だけ考え込み、それから小さく笑った。「たしかに、一理あるかもしれないわね」鈴は誠実そうな顔で言った。「夜さんほどの人なら、どんな男性だって選べるはず。どうして、愛してくれない相手にそこまで執着するの?もし……もし財産を少し多めに分けてほしいだけなら、私から正道さんに、財産を多めに分けるよう頼んでみます。夜さんは一人で子どもたちを何年も育ててきたんですもの。正道さんだって、その苦労は分かってくれるはずよ」夜は笑みを浮かべた。「その言い方だと、まるであなたが正道の正式な妻で、彼が何でもあなたの言うことを聞くみたいね」鈴は慌てて言い訳した。「夜さん、違うんです。そういう意味では……」夜は遮るように言った。「あなたのためなら、会社も、親も
正道に権力を奪われ、追いやられたのは、たしかに彼への負い目があったからだ。彼には命を救われた恩がある。彼が自分の会社を取り戻したいなら、くれてやればいい。それで、自分は彼に対して何も負わなくなる。だが、権力を奪い返したからといって、雲井グループが正道ひとりのものになるわけではない。ようやく安定した会社を、たった一人の女のために正道がかき回すことなど、株主たちが許すはずもない。正道は嫌悪を隠さず言い放った。「鈴の言う通りだ。やはりお前は、腹の底の読めない女だな」その言葉は、夜の胸に鋭く刺さった。それでも彼女の笑みは、なおも静かだった。「分かっているなら、それでいいわ。権力を手にしたからって、何をしても許されると思わないことね」正道の顔がみるみる陰っていくのを見て、夜は自分の狙いが当たったと知った。彼女は立ち上がると、そっと正道の頬に手を添えた。声は限りなく甘く、情を含んでいる。だが、その目は骨の髄まで凍らせるように冷たかった。彼女は囁く。「正道、あまり私を怒らせないほうがいいわ。あなたたちを潰す方法なんて、いくらでもあるんだから」正道は彼女の手首を掴んだ。視線は氷のように冷えきっている。顔を寄せるその仕草は、傍から見れば親密そのものだった。けれど互いの目には、冷たさと嫌悪しかなかった。彼は彼女の目を見据え、一語ずつ噛みしめるように言った。「夜。俺に付け入る隙を見せるなよ」夜は気にも留めないように微笑んだ。彼には守るものがある。だが彼女には、ない。子どもたちのことなら――あの子たちは彼の子でもある。もし彼が鈴のために、子どもたちを傷つけるような真似をしたなら、そのときは――そのときは、正道にも、最愛のものを失う痛みを骨の髄まで思い知らせてやれる。「あなたたち……何をしているの?」そのとき、入口のほうから聞き覚えのある女の声が響いた。夜と正道は同時に振り向く。真っ白なワンピースを着た鈴が、いつの間にか戸口に立っていた。信じられないといったように目を見開き、涙を滲ませ、顔にはこの世の終わりのような痛ましい表情を浮かべている。まるで、自分の夫の浮気現場を目の当たりにしたかのような悲しみぶりだった。正道の顔色が変わり、すぐに夜から手を放して、鈴のもとへ急いだ。
正道の黒い瞳が、すっと冷えた。声もまた、凍りつくほど冷たかった。「……俺を脅すのか?」夜は淡々と答えた。「正道。手にする権力が大きいほど、背負う責任も重くなるものよ」彼女は顔を上げ、正道を見つめた。その笑みは柔らかく、しとやかだった。けれど吐き出す言葉は、一つひとつが氷の刃のように、寸分違わず彼の急所を刺していく。「雲井グループのトップが、公然と不倫し、愛人と連れ立っている。そんな話が世に出れば、あなたの想い人は世間から袋叩きにされるでしょうね。誰もあなたたちの不義の恋なんて支持しないわ。雲井グループの株価も、あなたのスキャンダルで下がるでしょう。株主の誰ひとりとして、あなたと鈴が一緒になることを支持しない。ぜひ見てみたいわ。あなたが、鈴のために世界中を敵に回す姿が、どれほど感動的なのか」正道は笑った。「忘れるな、夜。俺は雲井グループに何の愛着もない。会社が潰れようが、破綻しようが、俺には関係ない。聞いた話じゃ、俺がいなかった数年、お前が必死に雲井グループを支えていたそうじゃないか。俺よりも、お前のほうが、心血を注いだ会社を台無しにされたくないんじゃないのか?」そう言って、彼は夜の目を見つめた。口元には、悪意のにじんだ笑みが浮かぶ。「残念だったな。今の雲井グループは、もうお前の思い通りにはならない。お前はただ、滅んでいくのを見ているしかないんだ」夜はテーブルに置かれたグラスを手に取り、静かにひと口飲んだ。椅子に身を預けるその姿に、男に捨てられた惨めさは微塵もない。権力を奪われてもなお、人の上に立つ者の威厳をまとっていた。正道の脅しに動じる様子もない。彼の言葉を聞いて、夜もまた微笑んだ。「雲井グループが潰れるなら、それはそれで結構よ。あなたが地位も権力も失ったあとなら、あなたたちなど、蟻をひねり潰すようにたやすく始末できるもの。正道。まさか私が、あなたの想い人みたいに、漁村育ちで後ろ盾のないただの女だとでも思ってるの?」夜は、星野家の正真正銘の令嬢だ。星野家にもかつて、飛ぶ鳥を落とすほど栄えた時代があった。正道と結婚した当時も、両家は同格の名家同士の縁談だった。ただ、星野家は極端な男尊女卑の家だった。家業を娘に継がせることなど、最初からあり得なかった。しかも
今の正道が抱いているのは、彼女への深い憎しみだけだ。彼にとって彼女は、真実の愛を邪魔する悪人でしかない。この瞬間から、夜はようやく正道への思いを手放し始めた。彼女は、離婚に同意した。だが、そのことを知った正道の父――雲井老当主は、激しく反対した。正道は妻である夜をないがしろにできても、実の父である雲井老当主の意向まで無視することはできなかった。失踪の一件で、雲井老当主は大きな打撃を受けていた。この数年で身体は目に見えて衰え、雲井グループに問題が起きても、もはや陣頭指揮を執ることすらできない。医師の診断では、余命は半年ほど。雲井老当主の体調を考え、正道も離婚の話をひとまず先送りするしかなかった。ところが鈴は、どこから聞きつけたのか、雲井老当主の入院を知って病院へ見舞いに行った。そこで何を話したのかは分からない。だが、その夜のうちに雲井老当主は救命処置室へ運び込まれた。そして、助からなかった。病院の廊下で、夜は冷めた目でその光景を見ていた。鈴は目を真っ赤に泣き腫らし、正道の胸の中で嗚咽している。まるで、亡くなったのが自分の実の父親であるかのように、悲嘆と自責に暮れていた。そんな鈴を、正道はひどく優しく、根気よく慰めている。「鈴、この件はお前のせいじゃない。自分を責めるな」鈴はしゃくりあげながら言った。「正道さん、私、本当に雲井老当主にひどいことなんて言ってないわ……あの時、病室には老当主の補佐の方もいたもの……信じられないなら、その人に聞いてもいいの。私は本当に、何も……」正道の声は低かった。「分かってる。お前のせいじゃない」彼が辛抱強くなだめるうちに、鈴は少しずつ落ち着きを取り戻していった。もちろん夜も、鈴と雲井老当主が会った件は調べている。確かに、鈴はひどいことを口にしたわけではない。だが、雲井老当主にとって、鈴という存在そのものが原罪だった。鈴が正道をあれほど長く隠していなければ、雲井グループは危機に陥らず、破綻寸前にまで追い込まれることもなかった。雲井老夫人も、息子を失った悲しみで世を去らずに済んだ。彼自身の身体だって、あれほど急速に衰えることはなかっただろう。夜と子どもたちも、何年もの間、夫と父を失わずに済んだはずだ。鈴のあの、いかにも気弱で哀れ
「夜、もう約束しただろう。これから先、彼女とは会わない。いっさい関わりも持たない。でも、どうあっても子どもに罪はない。その子の身体には、俺の血も流れている。雲井家は、子どもひとり養えないほど落ちぶれてはいない。だから、その子を雲井家に引き取って育てたい」ぼんやりと目を開けたとき、夜は見知らぬようでいて、どこか見覚えのある人影を目にした。若く端正な男の顔が、視界に映る。男はなおも言う。「お前が鈴を嫌っているのは分かってる。でも、彼女は俺の命を救ってくれたんだ。この件が済んだら、もう二度と鈴とは会わないと約束する」あまりにも聞き覚えのある言葉だった。鈴が交通事故で死んだあの日。正道が、自分と鈴の間に子どもが生まれたことを告げた、そのときの言葉ではないか。でも、自分はもう死んだはずでは?どうして、また雲井家にいるの?目の前の正道も、まだ若い頃の姿のままだ。これまでのすべては、ただの夢だったのだろうか。けれど夢だというのなら、どうして今目の前にある光景は、あの夢とまったく同じなのか。夜が呆然と彼を見つめたまま黙っているのを見て、正道は少しだけ声を和らげた。「夜、このことをお前がずっと受け入れられないのは分かってる。でも保証する。記憶を取り戻してからは、俺はもう二度と鈴に触れていない」記憶が、ゆっくりと戻ってくる。思考も少しずつ落ち着いていく。20年も前のことだというのに、この時期の記憶は今も鮮明だった。そしてこの瞬間、夜はようやく確信した。――自分は、人生をやり直すために過去へ戻ってきたのだ。鈴が交通事故に遭った、その日に戻ってきたのだと。正道が記憶を取り戻したのは、一年前。記憶を取り戻す前、彼女と正道の夫婦関係は、離婚寸前まで冷え切っていた。正道は、彼女を助けたせいで落水し、記憶を失った。九死に一生を得て、生き延びたのだ。だから夜は、彼に対して大きな負い目と罪悪感を抱いていた。たとえ正道が戻ってきて権力を奪い、自分を追いやったとしても、彼女は文句を言わなかった。彼に命を救ってもらった借りがあると思っていたから。だが、正道が権力を取り戻したあと、最初に一掃したのは、彼女が雲井グループに築いていた側近たちだった。会社が危機に陥ったときも逃げず、最後まで雲井グ







