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第613話

Author: かおる
星は即座に反応した。

ハンドルを強く切り、車体を立て直す。

危うく歩道の花壇に突っ込むところだった。

「.......っ」

息を整える間もなく、バックミラーの奥で再び光が揺れた。

朝陽の車が、まるで暴走した獣のように、再びこちらへ突っ込んでくる――

星の瞳が鋭く細められ、表情が一瞬で冷えた。

......ブレーキが壊れた?

いいえ、違う。

あの動き――明らかに意図的だ。

失速した車をぶつけて止めるつもりなのかもしれない。

だが、朝陽の腕を知っている。

彼はかつてプロのレーサーだった。

ブレーキが利かない程度で制御を失うような人間ではない。

それでもなお、こちらに突っ込んでくるのなら――

殺す気ね。

血の気が引くような怒りが胸を駆け抜けた。

あまりの理不尽さに、指先まで震える。

星は歯を食いしばり、アクセルを思い切り踏み込んだ。

エンジンが唸りを上げ、車体が地を蹴って飛び出す。

――その瞬間、後方からの衝撃が空を切る。

危機一髪で、朝陽の車との衝突を回避した。

危うい。

だが、まだ終わっていない。

彼女の車も特別仕様だ。

彩香と奏が手を加えた、反応速度と安定性に優れたチューニングカー。

もし普通の市販車だったなら、すでに横転して命はなかっただろう。

助手席の雅臣も、ただならぬ空気に顔をしかめた。

「......あいつ、何をしてる?」

星は表情ひとつ動かさずに答える。

「見て分からない?

私を殺す気よ」

「お前と朝陽の間に、何の因縁があるのか?」

「ないわ」

星は短く言い切った。

「だから、あなたは信じないの。

どうせ、私の言葉なんて」

「そういう意味じゃ――」

「もういい」

彼女は冷たく遮った。

「誰を信じようと勝手よ」

言葉の余韻が消える前に、再び車体が激しく揺さぶられた。

「っ!」

またぶつけてきた。

しかし、星は即座に切り返し、車間を取る。

わずかに距離を開けたが、次の瞬間には、またしても背後に影が迫る。

――まるで吸い付くようだ。

雅臣もその走りに気づいた。

「......あの男、只者じゃない」

かつてレースに出ていた雅臣には分かる。

朝陽のハンドルさばきは完璧だった。

一切の無駄も恐れもない。

それでも、星の車は必死に逃げる。

彼は思わず横目で彼女を見た
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クズ過ぎる 本気で葛西家の男共に消えて欲しい
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