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第3話

Author: スウちゃん
「そういうわけじゃないよ」花織はグラスを持ち上げ、軽く揺らしながら小さく笑った。「昨日の夜、正樹が私を家まで送ってくれたとき、本人から聞いただけ」

「へえ、今でも頻繁に会ってるんだ。さすが、子供の頃から一緒に育った仲だよね」

誰かが笑いながら玲奈を見る。

「それにしても、玲奈は懐が広いよな。正樹と花織の関係を昔から知ってるし、全然気にしてないんだろ?これが他の奥さんだったら大変だぞ。正樹が昔、毎日のように花織を追いかけ回してたなんて知ったら、嫉妬で大騒ぎするんじゃないか?」

「何言ってるんだよ」別の誰かが笑って割って入る。「今の玲奈は社長夫人だぞ。家庭が円満、夫婦仲も良好。そもそも正樹と玲奈をくっつけたのは花織だったんだから、玲奈が花織に嫉妬するわけないだろ?

それに、花織が本気で正樹と付き合いたかったなら、とっくにそうしてるって。だって、みんなも知ってるだろ?正樹は昔から花織の言うことだけは聞くし、ずっと一途だったじゃん」

その言葉を聞いて、花織はますます得意げな表情になった。

「そうね、あの頃は本当に楽しかった。私が『玲奈を口説いてよ』って言ったら、正樹はその通りにするし。プロポーズだって、私が何度も背中を押したから、『ずっと恋人のままじゃ世間体が悪いよね』って思い始めて、踏み切ったみたい」

花織はくすりと笑った。

「事情を知らない人が見たら、私が正樹に無理やり結婚を迫ったみたいよね」

その瞬間、玲奈の胸が強く締めつけられた。

自分が傍で支え続けていたから、正樹がプロポーズしてくれたんだと、ずっと信じていた。

けれど違った。自分たちの結婚でさえ、花織が背中を押したから実現したのだ。

胸の奥に、何か重たいものが詰まったようで、うまく息ができない。

部屋では、みんなが楽しそうに話を続けている。けれど、玲奈はこれ以上その場にいられなくなった。

何も言わずに立ち上がり、逃げるようにトイレへ向かった。

気持ちを落ち着かせてから部屋へ戻ると、みんなはゲームを始めていた。

ちょうど花織が負けたところだった。罰ゲームとして、カードを引かされた。

引いたカードは――「真実」。カードに書かれた質問に正直に答えるというルールだ。

誰かがカードの質問を読み上げる。

「あなたの人生で、一番長くあなたを想い続けている人は誰ですか?その人について具体的に話してください」

その言葉を聞いた瞬間、玲奈のまつ毛がかすかに震えた。そして、そっと視線を逸らす。

花織は昔を懐かしむように笑いながら、ゆっくりと口を開いた。

「そうね……一番長いのは、あの人かな。彼、7歳の頃から、ずっと私のことを追いかけてきたの。今じゃ、もう20年近くになるんじゃない?

まだ十代の頃にはね、一族でお嫁さんにしか渡さないっていう指輪まで、私にくれたの。『俺が好きなのはお前だけ』って言ってくれた。

私に恋人ができたって知るたびに、昼も夜も構わず飲んでたっけ。そのせいで、胃まで悪くしたのよ。

それにね、私が海外へ留学していた頃なんて、毎週のように飛行機に乗って会いに来てくれた。私が好きなお菓子やスイーツをたくさん持ってきてくれて、ずっとそばにいてくれたの」

一つ、また一つ。

花織の口から語られる「その人」の話を聞くたびに、玲奈の胸の奥で何かが大きく揺れた。

――一族でお嫁さんにしか渡さない指輪。

結婚するとき、正樹の母親が言っていた。「一族で代々受け継がれる指輪を玲奈に渡しなさい」と。けれど正樹は、どこか気まずそうに「無くした」と答えた。

それから、正樹は、時々ひどく酔った状態で帰ってきた。理由を聞くと、決まって「接待」だと答えた。玲奈は何も追及せず、ただ二日酔いで苦しむ正樹を看病した。

さらには、大切な記念日になるたび、正樹は決まって海外出張へ行った。玲奈は何も疑わず、スーツケースを用意して荷物を詰め、正樹が好きだと言っていたお菓子や、仕事の合間につまめるものまで買い込んでいた。

そうして、玲奈がこの結婚にすべてを捧げていた頃、正樹はずっと花織を追い続けていた。

それなのに、玲奈は何も知らなかった。

胸が痛い。息をすることさえ苦しくなる。

そんな玲奈をよそに、話を聞き終えた同級生たちは興奮したように声を上げた。

「花織、その人って結局誰なの?私たちも知ってる人?」

「そこまで一途に想われたら、さすがに花織も心が動いたんじゃない?もし付き合うことになったなら、絶対紹介してよ!」

みんなが口々に尋ねる。

花織は、意味ありげに玲奈へ視線を向けた。その唇に、薄い笑みが浮かぶ。

「いいよ。来月には連れてくるね」

花織がそう言った直後だった。

ガチャリ、と個室の扉が開く。

「誰を紹介するって?来月になるのか?」

笑いながら入ってきたのは、正樹だった。

「花織、用事ってもう終わった?今日、一緒にコンサートに行く約束……」

その視線が玲奈を捉えた瞬間、正樹の声が、ぴたりと止まった。目の奥に、驚きと戸惑いが浮かぶ。

「……玲奈?なんでここに?」

玲奈の脳裏に、今朝のことが蘇った。正樹は玲奈を店の近くまで送ったあと、こう言っていた。

――今日は夜中まで残業になりそうだから、待たなくていいと。

「残業」というのは、花織とコンサートへ行くことだったのか?

玲奈は苦笑し、正樹の視線をまっすぐ受け止める。「見ての通り、大学の同窓会に来てるの」

「……そうか」正樹は、何度か頷いた。

気まずそうに話題を変える。

「じゃあちょうどいい。帰り、俺が送るよ」

玲奈はスマホを取り出し、配車アプリを開いた。

「いい、タクシーで帰るから。正樹は花織とコンサートに行っておいて」

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