Short
夫を賭けた勝負に、私は負けた

夫を賭けた勝負に、私は負けた

By:  スウちゃんCompleted
Language: Japanese
goodnovel4goodnovel
25Chapters
360views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

須賀玲奈(すが れな)の夫・正樹(まさき)には、長年、心から想い続けている女性がいた。 その女性の名は、水野花織(みずの かおり)。 長いあいだ海外で暮らしていた彼女だが、ある日、ようやく帰ってきた。 そして、帰国して真っ先にしたことは――玲奈に一つの「賭け」を持ちかけることだった。 その賭けの内容は、こうだ。 正樹が花織と玲奈、どちらか一人のそばにいなければならない場面で、9回、花織を選んだなら――その時は、玲奈が正樹と離婚し、彼を花織に譲る。 玲奈は、その賭けを受け入れた。

View More

Latest chapter

More Chapters
No Comments
25 Chapters
第1話
とうとう、9回目がやってきた。花織から「今すぐ来てほしい」という電話がかかってきただけで、正樹は玲奈を人通りの少ない郊外に置いていこうとした。「悪い、玲奈。ちょっと急用ができたんだ。ここで降りてもらって、タクシー拾って帰ってくれる?」悪びれる様子もなく、正樹はそう言った。外では、激しい雨が降り続いている。そして、玲奈はまだ生理中。彼女が何か答えるより前に、正樹は傘を取り出し、その手に押しつける。一刻も早く花織のもとへ行きたい。その気持ちが、隠しきれないほど顔に出ていた。「家に着いたら、連絡してくれ」それだけ言うと、正樹は玲奈を車から降ろした。そしてカーナビに花織の家の住所を入力する。それを見た玲奈は、胸の奥がずきりと痛んだ。正樹が運転するスポーツカーは雨の中を走り去っていく。斜めに降りつける雨が、あっという間に玲奈のスカートの裾を濡らした。冷たい夜風が容赦なく頬を打ち、身体の芯まで凍えそうになる。タクシーを捕まえることができず、玲奈は、ただひとり歩き続けた。雨の中を歩けば歩くほど、靴擦れがひどくなっていく。気づけば、足元は血で赤く染まっていた。数時間後、玲奈はようやく、家の近くへたどり着いた。生理ナプキンの交換ができず、スカートにも血が滲んでいたことに気づく。玲奈は痛む下腹部を押さえながら、その場に崩れ落ちた。息をするだけでも苦しい。雨のせいで視界が滲む。その向こうから、ひとりの女性が傘を差して歩いてくる。花織だった。玲奈の前まで来ると、花織は満足そうに微笑んだ。「あら、辛そうね。私の賭けを受けたこと、後悔してるんじゃない?まあ、玲奈のことだもの。きっと、どこかで期待してたんでしょ?長い間正樹と一緒に暮らしてきたんだから、少しくらいは自分のことを気遣ってくれるんじゃないかって。でも、残念だったわね。正樹にとって、一番大切なのはいつだって私よ。あなたが私に敵うはずなんて、ないもの」玲奈はふらつきながら、ゆっくりと立ち上がった。だが、その真っ青な顔に、悲しみも怒りもなかった。「……これで9回目だね。あなたの勝ちだよ。約束どおり、私は正樹と離婚する」それだけ告げると、玲奈はふらつく足で歩き出した。雨が降り続く中、家へ向かって歩いていく。その道すがら、過去のことが、次々と胸の
Read more
第2話
それを聞いた正樹は、珍しく興味を持った。詳しく見ようとしたが、花織が先にその書類を玲奈へ差し出し、席を立った。「じゃあ私はこれで。おやすみ」正樹の興味は、あっという間に花織のほうへ向いた。「送っていくよ」しかし、花織は首を横に振った。そして、意味ありげな視線を玲奈へ向ける。「ううん、大丈夫。玲奈と一緒にいてあげて……もう時間もあまり残ってないしね」「時間がない?」正樹は眉をひそめた。その言葉の意味を問いただそうとしたが、花織はもう扉を開けた。正樹は反射的に車のキーを手に取った。「玲奈、花織を送ってくる。すぐ戻るから」それだけ言い残して、花織の後を追う。バタン――扉が閉まった。部屋に入ってから出ていくまで、正樹は一度も玲奈を見なかった。しかし、玲奈はもう慣れていた。こんなことで傷つくこともない。彼女は静かに離婚届をしまい、寝室に入った。明かりを消し、布団に入ると、ゆっくりと目を閉じる。やがて、玲奈は眠りに落ちていった。それから30分ほど経った頃、玄関のほうから物音がした。しばらくして、部屋の明かりがつく。玲奈が眠たげに目を開けると、正樹が引き出しを開け、コンドームの箱をいくつかしまっているところだった。そのまま正樹は玲奈のもとへ来ると、彼女を抱き寄せた。耳元に、温かな吐息がかかる。「前は毎晩、俺が帰ってくるまで起きて待ってくれてただろ?今日は、ずいぶん早く寝たな」――それは、もう昔のこと。これから先は、二度としない。玲奈は胸の内でそう呟きながら、適当な理由を口にした。「生理だから、ちょっと具合が悪くて」郊外で玲奈を置き去りにしたことを思い出したのか、正樹は申し訳なさそうに言う。「……ごめん。生理のこと、忘れてた」玲奈は、静かに問い返した。「覚えてたら……私を置いていかなかった?」その問いに、正樹は言葉に詰まった。部屋には、しばらく沈黙が落ちた。やがて正樹が、低い声で言い訳する。「本当にごめん。今日、花織が足を捻ったんだ。あいつは小さい頃から痛がりだったから、つい焦っちゃって……約束する。もう二度と、こんなことはしない」――これで、もう9回目なのに?玲奈の目に、自嘲するような笑みが浮かぶ。「うん、分かった」似たようなことはもう二度と
Read more
第3話
「そういうわけじゃないよ」花織はグラスを持ち上げ、軽く揺らしながら小さく笑った。「昨日の夜、正樹が私を家まで送ってくれたとき、本人から聞いただけ」「へえ、今でも頻繁に会ってるんだ。さすが、子供の頃から一緒に育った仲だよね」誰かが笑いながら玲奈を見る。「それにしても、玲奈は懐が広いよな。正樹と花織の関係を昔から知ってるし、全然気にしてないんだろ?これが他の奥さんだったら大変だぞ。正樹が昔、毎日のように花織を追いかけ回してたなんて知ったら、嫉妬で大騒ぎするんじゃないか?」「何言ってるんだよ」別の誰かが笑って割って入る。「今の玲奈は社長夫人だぞ。家庭が円満、夫婦仲も良好。そもそも正樹と玲奈をくっつけたのは花織だったんだから、玲奈が花織に嫉妬するわけないだろ?それに、花織が本気で正樹と付き合いたかったなら、とっくにそうしてるって。だって、みんなも知ってるだろ?正樹は昔から花織の言うことだけは聞くし、ずっと一途だったじゃん」その言葉を聞いて、花織はますます得意げな表情になった。「そうね、あの頃は本当に楽しかった。私が『玲奈を口説いてよ』って言ったら、正樹はその通りにするし。プロポーズだって、私が何度も背中を押したから、『ずっと恋人のままじゃ世間体が悪いよね』って思い始めて、踏み切ったみたい」花織はくすりと笑った。「事情を知らない人が見たら、私が正樹に無理やり結婚を迫ったみたいよね」その瞬間、玲奈の胸が強く締めつけられた。自分が傍で支え続けていたから、正樹がプロポーズしてくれたんだと、ずっと信じていた。けれど違った。自分たちの結婚でさえ、花織が背中を押したから実現したのだ。胸の奥に、何か重たいものが詰まったようで、うまく息ができない。部屋では、みんなが楽しそうに話を続けている。けれど、玲奈はこれ以上その場にいられなくなった。何も言わずに立ち上がり、逃げるようにトイレへ向かった。気持ちを落ち着かせてから部屋へ戻ると、みんなはゲームを始めていた。ちょうど花織が負けたところだった。罰ゲームとして、カードを引かされた。引いたカードは――「真実」。カードに書かれた質問に正直に答えるというルールだ。誰かがカードの質問を読み上げる。「あなたの人生で、一番長くあなたを想い続けている人は誰ですか?その人について具体的
Read more
第4話
玲奈がカバンを手に、店の外へ出た。道路脇まで歩いたところで、後ろから花織が追いかけてきた。「玲奈、怒ったの?」花織は玲奈の手を掴んだ。「だったら、コンサートのチケットを譲るよ。あなたたち、あと1ヶ月しか残ってないんだから、最後の思い出くらい作っておけば?別れてから後悔しても遅いからね」玲奈は、掴まれた手を静かに引き抜いた。そして、数歩と後ろへ下がる。その顔に、もう感情らしいものは浮かんでいなかった。「いらない。離婚したら、全部忘れるから。正樹と作りたい思い出も、もうないし」「そんなこと言わないでよ。確かに、正樹とあなたが付き合い始めたのは、私が無理に背中を押したからだけど、あなたが正樹の面倒を見てくれたおかげで、私も少し楽になった部分はあるし。正樹に愛してもらえないのは仕方がないけど、せめて、幸せな結婚生活の思い出くらいは残したら?私だって、そのくらいの手助けをしたい。冷たい人間だって思われたくないからね」花織は、いかにも心配しているような顔で玲奈を慰めながら、再びその手を掴んだ。2人はその場でもみ合うようになり、迫ってくる車の存在に気づかなかった。けたたましいクラクションが鳴り響く。振り向いたときには、もう避ける時間など残されていなかった。「花織!」咄嗟に駆け出した正樹が、花織を抱きかかえるようにして道路脇へ引き寄せる。その一方で――玲奈の身体は、車に激しく撥ね飛ばされ、そのまま地面へ叩きつけられる。ドンッ――!凄まじい衝撃音が響いた。玲奈の口からも、鼻からも、鮮血が溢れ出す。赤い血は地面に広がり、やがて小さな水たまりのようになった。全身の骨がばらばらになったようだった。手足の先まで激痛が駆け抜け、身体が痙攣する。痛い。息もできないほど、痛い。視界が滲み、意識が少しずつ遠のいていく。そんな中、玲奈の目に最後に映ったのは――怯えきった花織を、正樹が必死になだめている姿だった。そして――玲奈の意識は、闇の中へ沈んでいった。どれほど時間が経ったのだろう。全身を走る鈍い痛みに、玲奈はゆっくりと目を開けた。どうやら、自分は病院にいるらしい。ぼんやりと目を動かすと、すぐそばに正樹の顔があった。ひどく心配そうな表情を浮かべている。「玲奈、気分はどうだ?数日間、ずっと意識が
Read more
第5話
正樹が突然現れるとは思っていなかった。玲奈も一瞬、言葉を失ったが、すぐに平静を取り戻した。「……友達が最近離婚したって話だよ」玲奈の表情があまりにも淡々としていたからだろう。正樹も、それ以上深く考えなかった。「そうか。それより、今日退院だよね?最近、新しいプロジェクトが動いてて、残業続きだったんだ。あまり顔を出せなくて、ごめん……」平気で嘘をつく正樹を見つめ、玲奈は目を細めた。「忙しいなら、無理して来なくていいよ。自分の面倒くらいできるから」それは本心だった。けれど正樹には、玲奈が怒っているように聞こえたらしい。「本当にごめん。でも、仕事もだいぶ片付いたから、これからは一緒にいてあげられるよ」そう言って、正樹は退院の手続きを済ませると、玲奈を連れて家へ帰った。その後、正樹は「退院祝いだ」と言って、秘書にいくつものブランドバッグを用意させた。「好きなものを選んでいいよ」目の前に並べられた高価なバッグを見ても、玲奈の表情は変わらなかった。「……いらない」淡々と断る玲奈に、正樹は少し困ったような顔をした。「なら、別のものを用意させるよ。何が欲しい?アクセサリー?洋服?……いや、どれも用意しよう。きっと、気に入るものがあるから」そこまで言われても、玲奈の心には何の波も立たなかった。3年間。正樹は記念日や誕生日、クリスマスになるたび、大量のプレゼントを贈ってきた。同じようなロゴ。似たようなデザイン。気づけばクローゼットはそれらで埋め尽くされ、まるで高級ブランド品の倉庫のようになっていた。あの頃の玲奈は、それも正樹の愛情だと思っていた。自分の好みとは少し違っていても、正樹が選んでくれたものなら喜んで受け取った。けれど――今日になって、ようやく分かった。正樹は、自分が何を好きなのかすら知らない。知ろうとしたこともない。ただ、値段の張るものを選んでおけば、間違いはないと思っていただけなのだ。だから玲奈は、今度こそはっきりと言った。「何もいらない。これからは、こういうものを送ってくれなくていいし、正樹も、気を遣わなくていいから」こう言われたのは初めてだ。正樹の胸の奥に、得体の知れない不安が広がっていく。「いや、でも……玲奈は俺の家族だ。家族にプレゼントを贈るくらい、当たり前じゃないか。何を
Read more
第6話
正樹は険しい顔でレーシングスーツを拾い上げた。「……その勝負、受けるよ」その言葉に、周囲にいた仲間たちの顔色が変わる。「正樹、やめろって!あいつは何年もレースをやってるんだぞ。お前は一度もサーキットを走ったことがないのに、勝てるわけない!」「そうだよ。もう結婚してるんだろ?花織のために、そこまで命を張る必要があるのか?もし本当に何かあったら、玲奈はどうするんだよ!」口々に止められても、正樹はまるで聞く耳を持たなかった。「玲奈」という名前すら、聞こえていないかのように、正樹はただ、少し離れた場所に立つ花織へ視線を向けた。そして、まっすぐに言い切る。「俺は負けない。花織が欲しがってる刺激くらい、俺だって与えてやれる」その声は、みんなの胸に響くほど力強かった。玲奈の瞳が、かすかに揺れる。気づけば、固く拳を握りしめていた。そのとき、正樹の仲間たちが玲奈の姿に気づいた。正樹を説得してほしいと言って、玲奈を準備室に連れて行こうとする。準備室の前まで来ると、玲奈の胸は激しく波打っていた。レースのことなど、何も分からない。それでも――正樹に勝ち目がないことだけは、分かっていた。何年もレースを続けてきた男と、いきなり命懸けの勝負をするのだ。下手をすれば、二度と生きて帰ってこられないかもしれない。玲奈は、もう正樹と別れると決めている。この先、どんなことがあっても、振り返るつもりはない。それでも――目の前で正樹が命を懸けようとしているのを、ただ黙って見ていることはできなかった。玲奈はしばらく迷った。やがて意を決すると、ゆっくりと手を上げる。扉を開けようとした、その瞬間――内側から扉が開き、花織が姿を現した。玲奈を見るなり、花織の目に意味ありげな笑みが浮かぶ。「正樹を止めに来たのなら、やめたほうがいいよ。正樹があなたの言うことなんて、聞くわけないもの」花織は、どこか楽しそうに笑った。「正樹がどれだけ私のことが好きなのか、知ってる?昔ね、私が急に『家出したい』って言ったことがあったの。正樹は何の迷いもなく、私について飛行機に乗ったのよ。連れ戻されたときだって、父親から厳しい罰を受けても、私のことをいっさい話さなかった。高校の頃だって、私のところにたくさんのラブレターが届いてた。それをね、正樹は
Read more
第7話
曲がりくねったサーキットを、2台のレーシングカーが激しく競り合っていた。抜きつ抜かれつ、互いに一歩も譲らない。玲奈は観客席から、モニターに映し出された2台の速度を見つめていた。正樹の車は、常に最高速度を叩き出している。それでも、速度を上げたり落としたりしながら、まるで余裕を失わない駿を引き離すことができない。レースに詳しくない玲奈にも分かった。駿は、まだ本気を出していない。余裕綽々のまま、わざと正樹を煽っているのだ。けれど正樹は、それに乗ることなく、ひたすら前だけを見ていた。そして最終ラップ。正樹は、アクセルを限界まで踏み込んだ。それでも――駿の車との距離を大きく縮めることができなかった。駿は、コーナーへ入るたびにあえて外側のラインを選び、正樹との距離を縮めてくる。まるで、いつでも追い抜けると言わんばかりに。あまりにも露骨な挑発に、観客席からため息が漏れる。「もう無理だろ」「正樹じゃ勝てないって……」誰もが、勝負は決まったと思った。玲奈も静かにバッグを手に取った。ここにいる理由はないと思ったからだ。席を立ち、その場を離れようとした――そのとき。背後から、耳をつんざくような絶叫が上がった。玲奈は思わず振り返る。最後のコーナーで、正樹の黒い車がまるで狂ったような勢いで、駿の車へ突っ込んでいた。駿は衝突を避けるため、ハンドルを大きく切り、白い車体がコースを飛び出す。その隙を突いて、正樹はアクセルを踏み抜き、ゴールへ駆け抜けた。だが、速度を落としきれず、そのままガードレールへ激突し――車体が横転し、何度も地面を転がった。フロント部分は無残に潰れ、次の瞬間には炎まで上がった。観客席から、一斉に息を呑む音が漏れた。まさか、正樹は勝つためにここまでやるなんて。そのとき、さっきまでどこか退屈そうにしていた花織が、悲鳴を上げながらコースへ駆け込んでいった。炎上した車から、血まみれになった正樹がふらつきながら降りてくる。それでも倒れることなく、花織のもとへ歩いていった。そして、その肩を抱くようにして駿の車の前まで花織を連れていく。正樹は高く片手を掲げた。勝者だけが見せる、誇らしげなポーズだ。「宮川、お前の負けだ。もう一生、花織に近づくな!」玲奈は、遠くからその姿を
Read more
第8話
翌日の夕方。「今日はちょっとしたサプライズを用意した」と言って、正樹は玲奈を連れ出した。着いたのは、とある高級レストランだった。店員に案内され、2人はそのまま最上階の個室へ向かう。扉が開いた瞬間――玲奈は、わずかに目を見開いた。部屋いっぱいに飾られた花。テーブルを彩るキャンドル。正樹は満足そうに微笑みながら、玲奈のために椅子を引いた。「どう?素敵だろ」玲奈は数秒、何も言えなかった。やがて黙って椅子に腰を下ろす。正樹はメニューを手に取ると、玲奈の好きな料理ばかりを注文していった。料理が運ばれてくると、今度はサラダを取り分けたり、水を注いだりと、玲奈の世話を焼いた。その夜、正樹はいつになく饒舌だった。会話が途切れないよう話題を探し、2人が付き合い始めた頃の思い出まで持ち出してくる。「覚えてるか?付き合い始めたばかりの頃、お前は毎日俺の講義についてきてただろ?先生が不思議になって、『違う専攻の彼女を連れてくる学生なんて初めて見た』って言ったこともあったよな」玲奈は、正樹を不思議そうに見つめた。今日の彼は、少し変わっている。「正樹……今日、どうしたの?」「あ……最近、玲奈があまり元気なさそうだったから。少しでも元気になってくれたらと思ってさ。あ、もう1つのサプライズはそろそろかも」そう言って、腕時計を見ると、立ち上がって窓際のカーテンを開けた。玲奈もつられて窓の外へ視線を向ける。その直後だった。ドンッ――!夜空に大きな音が響いた。次々と打ち上げられた花火が、鮮やかな光を散らしていく。大きなハート型の花火を見つめ、玲奈はその場に立ち尽くした。「……これ、正樹が?」そう尋ねたとき、個室の扉が勢いよく開いた。花織が大勢の友人を引き連れて入ってくる。その中には、インスタントカメラを手にした人までいた。「カシャッ」、「カシャッ」と、玲奈と正樹の姿を何枚も撮っていく。「玲奈、今日のデートはどう?」花織は満面の笑みを浮かべた。「満足してくれた?サプライズも、私が一生懸命考えたのよ。やっぱりドキドキした?」その得意げな声を聞いた瞬間、玲奈の顔が強張った。ゆっくりと隣を振り返り、正樹を見る。そして、もう一度尋ねた。今度は、声がわずかに震えていた。「……今日のデート、正樹が用意し
Read more
第9話
大勢に囲まれ、楽しげに笑う花織を見ているうちに、玲奈はとうとう耐えられなくなった。静かに席を立ち、そのまま階段へ向かう。だが、まだ階下へ降りきらないうちに、後ろから花織の声が追いかけてきた。「もう帰るの?せっかく今日みたいなロマンチックなキャンドルディナーで、あなたの恋を終えることができたんだから、素直に喜べばいいのに。さっき撮ってもらった写真も、記念にあげるわ」そう言って、花織は撮ったばかりの写真を玲奈に差し出した。玲奈は、写真に視線を落とす。満開のハート型の花火を背景に、正樹が玲奈の肩を抱いている。写真だけを見れば、仲睦まじい夫婦そのものだった。けれど――玲奈は、見逃さなかった。正樹が見つめていたのは、カメラではない。その視線の先にいたのは――花織だった。玲奈は、写真を受け取らなかった。ただ目の前の花織を見つめ、疲れ切った声で尋ねる。「……どうして、こんなことをするの?離婚届を出して、正樹をあなたに譲るって、もう決めたのに」「あら、つまらなかった?」花織は、少し意外そうに目を瞬かせる。「てっきり、玲奈が喜んでくれると思って、色々と手配したんだけどね。嫌だったのなら、もうしないわ」そして、花織は小さく笑った。「どうせ、これからはもう、こんなことをする機会もないんだし」そう言って踵を返した、そのときだった。頭上で、何かが軋む音がした。シャンデリアが、ぐらりと揺れる。次の瞬間――数十キロはあろうかという巨大なシャンデリアが、2人めがけて落下してきた。玲奈は咄嗟に、両腕を頭上へかざした。その瞬間――正樹が駆け込んできた。轟音とともにシャンデリアが床へ叩きつけられる。凄まじい衝撃に、玲奈の身体が弾き飛ばされた。手首から肩、首筋、背中にかけて、重いシャンデリアがのしかかる。「……っ!」息が詰まった。全身を突き抜けるような激痛に、声すらまともに出せない。堪えようとしても、涙が次々と頬を伝っていく。それでも玲奈は、震える手を必死に伸ばした。誰かに助けを求めなければ――そう思った、その時。「正樹……!」花織の泣き声が響いた。玲奈は、ゆっくりと顔を上げる。その視界に飛び込んできたのは――血だらけになった正樹だった。正樹は、花織を庇っていた。自分の身体を
Read more
第10話
柔らかく明るい照明が、ステージに立つ花織を包んでいた。まるで彼女だけに光が降り注いでいるようだった。どこからともなく吹き込んだ風が、花織の髪をそっと揺らす。花織は正樹を見つめた。その瞳には、深い愛情が滲んでいる。そして、彼女は静かに語り始めた。「小さい頃から、正樹は私の人生を照らしてくれる太陽みたいな存在だった。いつもそばにいてくれて、何も言わずに私を守ってくれた。正樹と一緒に作った思い出は、私にとって、どれも星みたいにきらきら輝いている。今まで、私はあなたがくれた温もりが当たり前なんだと思ってた。でも今になって、ようやく分かった。正樹が心から私を想ってくれていたからこそ、今日まで私を守り、居場所を作って待っててくれたんだなって」その言葉を聞いても、正樹の頭は真っ白だった。何が起きているのか、まだ理解できていない。しかしその間、花織はもうステージを降りていた。マイクを手にしたまま正樹の前まで歩いてくると、そっと彼の手を握る。「私は今まで、たくさんの景色を見てきた。でも――一番美しいのは、やっぱりあなたと見た景色だった。たくさんの言葉も聞いてきた。その中で、一番私の心を温めてくれたのは、いつも正樹がかけてくれた言葉だった。だから、もう正樹を待たせたくない。これからは私も、正樹の隣を歩きたい。一緒に四季を感じて、いろんな場所へ行って、様々な景色を見ていきたい。これから先の人生を――私と一緒に歩いてくれる?」花織は、正樹を見つめたまま、さらに言葉を重ねる。「玲奈と結婚してからも、正樹はずっと私を追いかけてきた。私がどこへ行ってもついてきて、私が何をしていても、いつもそばにいてくれた。正樹が本気で私を愛してくれていることは、ちゃんと分かってる。だから私も、正樹と肩を並べて、一緒に生きていくって決めた」そして、少し照れたように首を傾げる。「正樹、この告白こそ――私が用意したサプライズで、正樹への誕生日プレゼントよ」正樹は、その場に立ち尽くしていた。あまりにも突然のことに、何がどうなっているのか、頭が追いつかない。「……正樹?」正樹が黙ったままなので、きっと嬉しさのあまり言葉を失っているのだと思い、花織はそっと声をかけた。しかし、正樹の頭の中には、いくつもの疑問が浮かんでいた。聞きたいことは
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status