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7話

Autor: Amy
last update Fecha de publicación: 2026-09-25 20:26:45

「本邸へ戻ったら、圭吾の歯ブラシを出すわ」

四十九日の会食を終え、寺の廊下を歩きながら、祥子は執事の相馬に言った。

先ほど話していた病院長は、もう別の参列者に挨拶をしている。

「湊くんのも、残してあるはずよ」

相馬は足を止めた。祥子はそのまま進みかけ、振り返った。

「聞こえた?」

「はい。ただ、若菜さまにはお知らせになるのでしょうか」

祥子は答えず、バッグの口を押さえた。中には、会食の席から持ち帰った湊の席札がある。

名を印刷して待っていた椅子は、最後まで空いたままだった。

「先に知らせたら、若菜さんは湊くんを連れて来なくなる。結果を見てから話すわ」

その言葉で、相馬にも何を調べるつもりか分かった。

ふたりの歯ブラシを、若菜に知らせず鑑定に出すのだ。

「湊さまは、まだ小さいお子さまです」

「分かっているわ」

祥子の声が一段低くなった。

「だから、あの子に聞く前に確かめたいの」

本邸へ戻ると、祥子は着替えもせず二階へ上がった。

圭吾が帰ってきたときに使っていた洗面所の棚を開ける。

洗面台には水滴ひとつなく、使う人のいなくなった黒い歯ブラシだけが、コップに立ててあった。

祥子はそれを取ろうとして、手を止めた。

「これを使っていたのは、圭吾ですか」

相馬が尋ねると、祥子は顔を上げなかった。

「ええ。捨てないでと、私が言ったの」

圭吾が亡くなってから、祥子はそのコップにも触らせていなかった。

今は自分で歯ブラシを抜き、相馬へ差し出す。

相馬は新しい袋を開き、柄に手を触れないよう受け取った。

湊の歯ブラシは、廊下を挟んだ客用の洗面所にあった。

子どもの手でも届く低い棚に、青い柄の一本が残されている。

「これも、前に湊くんが使ったものよ」

祥子は相馬が別の袋へ入れるまで、その場を離れなかった。

袋にそれぞれ名前を記すと、相馬は念のため確かめた。

「圭吾さまの物と、湊さまの物。お預かりしました」

「うん」

「結果は、奥さまだけにお渡しすればよろしいですか」

「ええ。まず私が見るわ」

相馬が袋を持ち上げると、祥子の目が黒い歯ブラシを追った。

圭吾がまた泊まりに来ることはない。それでも、捨てさせることだけはできなかった。

息子が使った物を残しておくためだったはずなのに、今はそれで、息子の家庭を疑おうとしている。

「……終わったら、返してもらって」

祥子はそう言い、相馬から顔を背けた。

相馬はそれ以上言わなかった。

祥子の命令どおり二本を持って部屋を出た。

……

数日後、鑑定報告書が本邸へ届いた。

相馬が小応接室へ入ると、祥子は窓際に立っていた。

庭へ続く長いガラス戸は閉まり、午後の日差しが空いたソファの背に落ちている。

圭吾がここで湊を膝に乗せていたことを、相馬は覚えていた。

「鑑定報告書が届きました」

祥子は相馬から白い封筒を受け取ると、すぐに封を切った。

中の紙を取り出し、最初の行から下へと祥子の視線が移っていく。

相馬のいる位置からは、文字が見えなかった。

一枚を読み終えると、祥子は裏面を確かめた。もう一度表へ返し、今度はゆっくり読んだ。

「圭吾の歯ブラシは、あの棚にあったものね」

「はい。奥さまが選ばれた物を、その場でお預かりしました。湊さまの物も同じです」

祥子は報告書をテーブルへ伏せた。指先を置いたまま、しばらく窓のほうを向いている。

相馬は「結果はいかがでしたか」とは聞けなかった。

祥子は用紙を伏せたまま、相馬を見なかった。

「英明さんを呼んで」

祥子が振り返った。

「お義姉さんも。四十九日で、最初に湊を疑った人だから」

英明の兄の妻のことだった。兄は家を任せるには力量が足りないとされ、弟の英明が跡を継いだ。

伯母はそれを今も不満に思っている。

会長夫人として振る舞う祥子に、何かと張り合ってきたことを、相馬も知っていた。

「承知しました」

「若菜さんにも明日の午前、本邸へ来てもらって」

「はい」

祥子は伏せた紙の端をそろえた。

「四十九日の席でお義姉さんが何を言ったか、あなたも聞いたでしょう。私にだけ説明されても、あの人たちの疑いは消えないわ」

相馬は返事を控えた。報告書を読むだけなら、若菜をひとりで呼べば済む。

祥子はそれを選ばず、圭吾の父と伯母を同じ席へ集めようとしている。

相馬は伏せられた紙を見た。祥子はまだ指を離さない。

「湊さまは、いかがいたしましょう」

「呼ばないわ。若菜さんひとりで来てもらって」

祥子は伏せた報告書へ目を落とした。

「圭吾と湊くんのことで話がある、と伝えて。今度は、電話やメッセージだけで済ませないでほしいの」

相馬が電話をかけると、若菜は用件を聞いてから尋ねた。

「祥子さんと、私だけですか」

「会長ご夫妻と、圭吾さまの伯母さまです」

「……湊も連れてくるように言われていますか」

「いいえ。若菜さまだけで、と」

返事までに、少し間があった。

「分かりました。明日の午前に伺います」

英明と伯母への連絡も済ませ、相馬は小応接室へ戻った。

「若菜さまは、明日の午前にいらっしゃいます」

相馬が伝えると、祥子は報告書を手元へ引き寄せた。

「家族の前で、この結果を若菜さん本人に読んでもらうわ」

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